時代背景や登場人物のモデルについて
本文を読んで読者様が感じられたことがすべて。
本文以外で作者が語っていることはすべて余談に過ぎませんので、あくまでご参考までに。
この物語のあと古墳時代に入っていきますが、吉備地方(現在の岡山県)には、大和王権があった場所(現在の奈良県や大阪府)に残された古墳と同じくらい大きな古墳が残されています。
みなさんに馴染みがあるハニワも、吉備地方の特殊器台や特殊壺というものが原型といわれています。そのことからも、吉備はヤマト王権設立にも大きな影響力を持っていたのではないかと考えられています。
その一方で、備中国一宮の吉備津神社に伝わる『吉備津宮縁起』には、
・「桃太郎」のモデルと伝えられる吉備津彦命
なる人物が、
・「鬼」の温羅
を退治した伝説が載っています。
(岡山では毎年、温羅化粧と呼ばれる特殊なメイクをして踊るお祭り「うらじゃ」が開催されており、鬼の温羅は馴染み深いです)
この吉備津彦命というのが、
・孝霊天皇[フトニですね]の皇子である五十狭芹彦命
です。
その時お供したのが、
・犬飼健命
・留霊臣命
・楽々森彦命(猿田彦命)
であり、ウメ以外はこちらの伝説から名前を借りています。
(何人かの読者様から、タケルは「ヤマトタケル」のことかと思ったというご感想をいただきましたが、タケルのモデルは犬飼健命なのでした)
大和と吉備。協力関係にあった一方で、攻め入る話も残っていたり――実際にある巨大古墳や非現実的な伝説の裏には何があったのだろう、と思いをめぐらせてできたのがこの物語でした。
もちろん、ワカタケやモモソヒメにもモデルがいて、イサセリと同じく孝霊天皇の子である
・倭迹迹日百襲姫命
・稚武彦命
です。
百襲姫命は、三輪山の神との神婚譚や箸墓古墳(奈良県桜井市)伝承で知られる、巫女的な女性。あの有名な「卑弥呼」なのではないかという人もいますが、これらはすべてイサセリたちの物語の後の時代の話ですので、本作では特に言及せずボヤかしています。
稚武彦命も、地域によっては『桃太郎』のモデルとなった人物のひとりとされています。こちらは「なぜ吉備津彦命と稚武彦命、それぞれ『桃太郎』のモデルとなっているのだろう?」と考え、それなら一緒に吉備へ行く物語にしてしまおう、と物語の中に取り入れました。
ただ、父である孝霊天皇自体が「欠史八代」の1人と言われており、実在が怪しまれている人なんですよね。他の天皇に比べて、あまりにも『古事記』『日本書紀』で書かれている量が少ないせいで……。しかしながら、最近では実在したという説も強いらしく、本当のことは分かりません。なにしろ、ろくに文献が残っていない時代ですから。
もし孝霊天皇がいなかったとなると、子であるイサセリたちの存在も怪しくなってくるんですが、そこは実在していただろうという設定で書いています。
そもそも、本作は史実に基づいた歴史小説ではなく、様々な文献に登場する名前や弥生という時代を借りて創作した時代小説のため、多めに見ていただければと思います。
文献といえば、イズモ族のフルネについても、『日本書紀』に登場する出雲振根の伝承をもとにしています。弟が勝手に神宝を渡してしまい、それに怒った振根が弟を斬り殺したという。こちらも「なんでそんなことになったんだろう」と想像を膨らませ、本作での物語として昇華しました。
こうやってツラツラ書き連ねていくと、見知った事柄をつぎはぎして書いたことがわかりますね。古代史に詳しい方が読めば、「おいおい……」と突っ込まれてしまうかも?
ただ、あくまで小説なので! 創作が第一なので!
モデルの人物から離れ、物語の中で「ひとりの生きる人」となったイサセリたちのことを心に留めておいていただければ、作者としてこの上なく幸せです。




