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呪われた土地


 私がツクモリに嫁いで二日目の朝。ツクモリ様の言動に小さくない反発を覚えた私は、眠ることなく朝を迎えてやろうとした。だが、身体はその気持ちに付いてきてくれなかった。本当に気がつく間もなく時間が消えていて、自分が眠ってしまったことをぼんやりと自覚した。そして、意識が現実に浮き上がってきたその瞬間、私は喀血していた。

 

「ゴ、フッ! ァガ……っ!? ……えぁ?」


 初めは、びちゃびちゃと手を濡らすそれが何なのか、よくわからなかった。口腔と鼻腔が赤錆の匂いに染まり、喉が燃えるように痛む。痰が喉奥で何かと絡みついて、息ができなくなる。なんとか気道を確保しようと、もう何度も何度も深く咳き込む。ここまできて、やっと自分の状況を理解した。


 ーー血を、吐いている?


 だが、その理由がわからない。何もわからない。痛い、痛い、痛い。ただただ、痛い。


 ーーいたい。いたいいたいいたいいたいいたい痛い痛い痛い痛い痛い痛い。苦しい苦しい苦しい。苦しい。苦しい。怖い怖い怖いこわい。お願い。お願い、誰か。誰か。


 誰か、助けて。声にならない叫びを発したか発せなかったか、扉が乱暴に開いた音がした。いや、したと思いたかっただけかもしれない。私は力を失い、血の海に頬から落ちた。















 己が起こした愚行があまりに恥ずかしく、私は顔を上げることができなかった。喉の痛みも、肌の痒みも、私がなぜ窓を開け放って寝ていたかを説明させられることに比べれば、取るに足らないことだった。


「つまり、お館様の言動や態度に反発して、張らなくて良い意地を張って、窓を開け放ったのですね」


「……」


 無言で頷く。


「それで呪粉に喉をやられて、朝から喀血したと」


「ぅ……」


「はぁ……。もちろん、今回のことは、シズク様にきちんとご説明を差し上げなかった我々の責任です。私を含め、この屋敷の者全員が正式な処罰を受けます。ですが、お館様の無意味な嫌味や挑発、嫌がらせにムキになって対抗しようとしたシズク様にも、落ち度はあります」


 全てイズモさんの仰る通りだ。昨晩、いい歳した大人の私は、十も歳下の少女の言葉に踊らされた。冷静さを失い、真っ向から口喧嘩をした挙句、最後は居なくなった背中にすらムキになった。


「良いですか。お館様はお子様なのです。年齢ではなく、人間性の観点から見て、です。あのお方の悪戯や揶揄いは適当に受け流さなくてはなりません。今後はそのようにして下さいませ」


「……」


 こんな正論を言われては、もう頷くしかない。喋ることができない私は、昨晩の状況を全て文章に起こさせられた。それは口で言う何倍も恥ずかしいことだった。筆を走らせて出来上がる一つ一つの文字が、己が愚かさを強烈に突き付けてくるのだ。


「……」


 ごめんなさいと言うこともできず、恥ずかしさばかりが強くなる。


「このお風呂も、あと半刻は入っていただきますので」


 イズモさんがもう一度溜め息を吐きつつ言う。そう。豪勢なことに、私は温かい湯船に肩まで浸かりながらイズモさんのお話を聞いているのだ。それも、石鹸の白泡がブクブクと浮いてくる特殊仕様の浴槽の中で。


「では、もう一度最初から、今朝シズク様のお体に起こったことを説明させていただきます」


「は……。……」


 返事をしようとした途中で黙った。今日はもう喋るなと言われている。


「呪獣が吐き出す息は、ただ臭いというだけではありません。奴らの身体は全てが毒。我々にとって有害です。呪獣が呼吸することで飛散する呪い。これを呪粉と呼びます」


 呪粉は実際に物質として空中に飛散している。飛散量は呪獣が出現し始める深夜から明け方にかけての時間帯が最も多い。呪獣は基本的に日の入りから約五時間後に出現し始め、日の出の二時間前くらいから徐々に消滅していく。そして太陽に照らされることでその数を一気に減らし、やっと人間が外に出られる環境になるのだ。

 だが、私はそんなことも知らずに、最も呪粉が増える時間帯に窓を開け放っていた。その結果、眠っている間に呪粉を吸い込み、喉を含む気管支をやられ、また、全身の肌を赤く腫れさせた。まだ呪粉に慣れておらず、抵抗力が低い状態だったことも悪い方に働いた。身体を治すためには、しばらく安静にしていなくてはならないらしい。


「ツクモリの屋敷では、日が沈む前に全ての扉や窓を閉め、室内に呪粉が入ってこないようにします。そして朝になったらひたすら掃除と洗濯。衣服や寝具はもちろん、カーテンを含む窓周りの掃除も細心の注意を払って行います。繰り返しになりますが、シズク様、ツクモリは呪われた戦地です。ほんの少しの油断が命取りとなり、ツクモリ全体の敗北に繋がります。その可能性を根絶するためには、兎にも角にも清潔であること。ですので、シズク様は朝晩の食事の前には必ず入浴。就寝前にも入浴。一日三回の入浴と着替えを徹底していただきます」


 いくら何でもそれはやり過ぎな気がする。だが、ツクモリに住む全ての人々は、一日一回以上の入浴を義務付けられているそうだ。そして当然、領主の妻である私にはそれ以上が求められる。


「失礼」


 すると、イズモさんが私の結っていた髪を解き、手指で優しく揉み始めた。頭皮が程良く指圧され、思わず声が漏れそうになるほど気持ち良い。あぁ、なんて贅沢なのかしら。私なんかがこんなに良い目をみて、本当に良いのだろうか。私の髪を洗うことなんて、イズモさんのお仕事ではないはずなのに。うぅ……。でもやっぱり気持ち良い。こんなに癒された気持ちになるのって、もしかして生まれて初めてのことじゃないかしら。

 そんなことを思っていたら、


禍姫まがつひめよ、喜べ! この私が見舞いに来てやったぞ!」


 ツクモリ様がお出ましになられた。


「っ!? な!? で、出て行ってくださっ……ごほっ、ゴホ!」


 反射的に叫んでしまって、さらに喉を痛めることになった。まだ少し血の混じった咳が湯船にかかって、更に嫌な気分になる。


「ふん。優雅に朝風呂とは、全く良い御身分だな」


 女性が入浴中だと言うのに、一声かけることすらせず入ってくる無遠慮。私が裸なのはわかっているはずなのに、扉を全開にしたままという不誠実と非常識。この人がもし本当に男性だったなら、問答無用で浴室から叩き出しているところだ。

 一応、湯船が満杯の泡で満たされていて、身体が透けることはないとしても、あり得ない。全くもって、信じられない。だが、今の私は声を荒げることができないし、また、仰っておられること自体は正論なので、言い返せるものではない。


「む、この爽やかな桃の香り、私お気に入りの入浴剤を使っているな。その泡立ちを見る限り、まさか一本まるまる入れたのか?」


「お館様が一向にお使いになられないので。飾っていても仕方ないでしょう」


 イズモさんがしれっとした表情(仮面を付けているので本当はよくわからないが)で言う。私の肩にそっと布をかけた後、ツクモリ様との間に入り、私を隠してくれた。流石の気配りに感動すら覚える。


「それは私の物を私の許可なく使って良い理由にはならないが、まぁ良い」


 あ、良いんだ。この人は本当に腹が立つことばかりをするが、と言うか、腹が立つことしかしないが、人間としての器は大きい。そう言う部分が、沢山の人から支持される理由なのかもしれない。ただ猫をかぶっているだけでは、社交界であれほどまでの人気を得られるはずもないのだ。


「それにしても、禍姫まがつひめには困ったものだな。もう少しツクモリのことを学んでいるかと思っていたが。死因が『無教養』だなんて、貴族の娘にはあるまじき醜態だろう」


 あぁ、うん。やっぱり私、この人嫌いだ。私が悪いのは覆しようのな事実なのだけど、もう少し言い方ってものがあると思う。ちなみにこの人、見舞いに来たとは言っているが、まだ一度も私を労っていない。


「お館様。シズク様はご入浴の最中です。用がないのなら出て行っていただけますか」


 湯船に口まで浸かってツクモリ様を睨んでいると、私の言いたいことをイズモさんが代弁してくれた。この人となら良いお友達になれるかもしれないと本気で思えてくる。まぁ、イズモさんがそれを許してくれるかは別の話なのだけど。


「あぁ、確かにこれ以上は用はないさ。だが、良いものを見せてもらって気が変わった。イズモよ。禍姫まがつひめの髪は私が洗う」


「……」


 自分がどんな顔をしたか、鏡を見なくてもわかる。


「クク。そんなに嫌そうな顔をするな。私が嬉しくなるだろう?」


 その結果、ますますツクモリ様を喜ばせることになってしまった。わかっているはずなのに、自分を抑えられない。だって、普通は誰かが嫌な顔をすれば、自分も嫌な気持ちになるものだろう。私ならそうだ。他人に嫌がられたり、怖がられたりするのって、本当に悲しいことなのに。


 この人は、それを楽しいと言って笑うのだ。


「では、よろしくお願い致します」


 イズモさんも呆気なく場所を譲った。いやまぁ、私の髪をどうするかなんて死ぬほどどうでも良いことなのだろうけれど。ふふん、と満足そうに頷いたツクモリ様が李服の袖をたくし上げて私の背に立つ。それだけでうなじがゾクゾクした。


「きゃ!?」


 冷たい指が私の襟足をくすぐった。


「お館様?」


「クク。あぁ、すまない。少し揶揄いたくなってな。相変わらず良い反応をする」


「……!」


 真っ赤になって睨むが、ツクモリ様はニヤニヤするだけで、ちっとも堪えた様子がない。


「安心しろ。もうしない。もうしないから、前を向け。髪に触れづらいだろう」


 もうしないと言うツクモリ様のお言葉を信じたのか、イズモさんはすでにいなくなっていて、浴室の扉も閉められていた。不安な気持ちが一気に膨らむが、ツクモリ様が眉尻を下げて苦笑いする。


「そうイズモにばかり寄り掛かるのは感心しないぞ。今でこそ君の世話役を任せているがな、本来の彼奴の仕事は私の副官だ。ある意味ではツクモリで最も多忙な人物の一人なのだ。君の髪如きに手を取られていて良い人材じゃないのだぞ?」


 それはあなたも同じでは? そう思っても、口にはしなかった。湯船に温められていた私の体温が、更に急上昇しているからだ。今、私とツクモリ様は、決して広くはない部屋で二人っきり。さらに、私は一糸纏わぬ姿で一人用のお風呂の中に閉じ込められている。

 あぁ、なんて事だろう。嫁いで二日目にしてこんな大胆に肌を晒すなんて、貞淑な貴族の娘としては考えられない行いだ。遠くに住むお父様に知られたら、一体どんなお顔をされるのか。それ以前に、お屋敷の人たちに尻の軽い、無節操な女だと思われたりしないかしら。


 ーー清廉誠実がヤヨイの家訓だと言うのに、どうして私は。

 

 のぼせてしまったのか、目眩を覚える。だがしかし、ここ数日で私も少しは鍛えられた。ここは発想の転換をすれば良いのよ。入侍女や侍男に入浴の手伝いをやらせる貴族もいる。私にそういった経験は一つもないが、まるでそうであるかのようにつんとした表情で振る舞うことはできる。


 ーーここは高貴に、それでいて気丈に。大人の余裕を見せるのよ。


 私は片手で胸元を隠すことだけして、あとは背筋を伸ばして浴槽に肩を預けた。こんな風に肌を見せるのは恥ずかしくて仕方なかったが、そこはグッと堪える。どうぞあなたのお好きにしてくださいと首を固定した。


「ふむ……」


 すると、ツクモリ様はしばし黙った後、意外なほど素直に私の髪を梳き始めた。後ろ髪を髪先まで撫でていく。少しくすぐったかったが、私は静かに我慢した。


「おかしいな」


 イズモさんとはまた違った優しい手つきに、無意識のうちに心が緩みそうになる。何がおかしいのかと問うのも忘れて、目を瞑った。イズモさんといい、ツクモリ様といい、何故ツクモリの方たちは洗髪が得意なのだろうか。ただ髪を撫でられているだけなのに、心がふわふわするような心地良さがあった。


「本当におかしい。どうして君の年齢で髪がこれほど綺麗なのだ? 私の経験上、歳を重ねるたびに髪の艶がなくなっていくものなのだが」


 これは褒められているのよ。そう。きっとそうよ。


「惜しいことだな。これがもし李国出身者のような明るい色だったならば、さぞ素晴らしいカツラになっただろうに。灰色などという、陽の下ではまるで映えない色なのが哀れで仕方ない」


 これを褒められていると捉えるのはさすがに無理ね。


「そもそも、灰色とはどう言うことだ? ヤヨイ殿は赤毛だったし、亡き奥殿は金髪だったと聞いているぞ。これは、まさか」


「そのまさかは言わせませんよ!」


 瞬間で頭に血が昇った。この人は本当に、なんって失礼な! 確かに私の髪色は家系的には突然変異の類いだが、私は正真正銘、お父様とお母様の娘だ。どんなに喉が痛くても、これだけは譲れない。盛大に叫んだ代償に激しく咳き込んで血を吐いたが、ヤヨイの誇りを守る方が何万倍も大事だ。


「クク。そうムキになるな。まったく、愛い奴だな」


 十も歳下の子供に愛いとか言われても全然嬉しくない。むしろ自分の至らなさを省みてしまう。


「だが、叫ばせてしまったのは良くなかったな。また爺に説教されてしまう」


 どんなに軽薄に口を動かしていても、手の動きは止めないツクモリ様。しかもどんどん私のツボを心得ていくようで、頭皮が味わう快感がとてつも無いものに昇華されてきている。どんなに些細なことでも、豊かな才能を持つ人というのは飲み込みと上達が早いらしい。手拭い一つをまともに縫えるようになるのに五年かかった私とは大違いだ。


「あぁ、ちなみに爺というのは私のお目付役のことでな。元は亡き父上のお目付役だったのだが、父上がツクモリを継いでからはこっちに押し付けられた。言ってしまえば、暑苦しい、口煩い、無駄にデカいの三拍子揃った目の上のタンコブだな」


 ツクモリ様のお声が天井から反射してくる。どうやら遠い景色を見ておられるらしい。


「やれ寝起きの歯磨きはしっかりしろだの、身体をもっと鍛えねば心も鍛えられんだの、夜中におやつを食べるなだの、いつまで経っても私を子供扱いしてくるのだ。本当に鬱陶しいことこの上ない。棺桶に片足突っこんでいる歳なのだから、さっさと隠居すれば良いものを、未だに最前線で肉体を酷使している」


 おや、ツクモリ様にしては何だか柔らかい語り口だ。口調は本当に鬱陶しそうなのに、言葉の節々にその人を労るような温かさがある。少し心がくすぐったくなるような声が浴室に反響している。こんなどうしようもない人だけれど、この人にもかけがえの無い家族がいるのだと思うと、少しだけ嬉しさが湧き上がってきた。


「そう言うわけで、私は爺に対してはちょっと口答えしづらい。君を労われと言われれば、労わるしかないんだな」


 そんな無理をしてまで労ってくれなくても良いのですが。ツクモリ様に任せていると、労わるという言葉の意味が変質してしまいそうだった。


「だから、ここからは耳だけを私に委ねよ。喋らなくて良い」


 すると、突然ツクモリ様の声が低くなった。それを不審に思う暇も与えられず、私は胸に短剣を突き立てられることになった。


「昨晩、三番隊の隊士が一名、殉職した」


「……っ!」


 頭に重い何かがズシンと落ちてきた感覚だった。朝の騒動のせいで隠すこともできなかった右脚の痣が、苛烈な熱を持ち始める。殉職。殉職、殉職。


「半端に悪意の混ざった音を耳にして、また妙な責任感や罪悪感に侵されては堪らん。いずれ知れることなら、客観的な口から聞くのが良いだろう」


 そのお声は拍子抜けしてしまうほど平坦だった。きちんと耳をすまして聞かなければ、童話の絵本を音読されているかのようにすら思えてくる。


「殉死した者の名はシロウ・カタギリ。南部に根を張る地主の一人息子だったのだが、何の理由があってか呪害に苦しむ人々を救いたいなどと思い立ち、家業を捨てて皇属軍学校に入学した変わり者だ。地元に留まっていればなんの不自由もなく暮らせていたと言うのに、全く理解に苦しむな」


 石鹸の泡がふわふわと浮遊し、弾けていく。浴室に零れ落ちた沈黙は、いくつかの泡が消えて無くなるまで続いた。

 その間、私は何をすることもできなかった。平べったい言葉の裏で故人を偲ぶツクモリ様のお心に寄り添うことすらも。


「だが、あれはあれで実直な、好い男だった」


 ツクモリは北部のダテ、ナガトに次ぐ激戦地。人死にが出るのは珍しくない、と言うより、至極当たり前なことなのだろう。


 ーーけれど、果たして私は、それをただ受け入れて良いの?


 これから何年経とうと、何が起ころうと、私が戦場で貢献できる日が訪れることはない。今日この日のように、誰かが命を落としたと人伝に聞くことしかできないのだ。いえ、それどころか、この体質で要らぬ災厄を引き連れてきてしまうかもしれない。そんなことになるのならいっそのこと……


「こら」


「たっ!?」


 後頭部に手刀を喰らい、舌を噛んだ。


「何のために私が直々に話したと思っている。そういう無駄で無益な思考をさせないためだ。言ったはずだ。君の身に宿った呪いなど、ツクモリの地にはなんの影響も及ばさぬと」


 そんなことを言われても、私は素直に肯けない。肯いてはいけない。私の呪いを受けた人々は実際にいたのだから。

 私がヤヨイに住んでいた時も、領民が亡くなることは当然あった。その死因は老衰だったり病気だったりと様々で、必ずしも「呪い」にたどり着くものではなかった。だが、ツクモリは違う。この地では死ななくて良い人が、死んではいけない人が死んでいくのだ。


「……太々しいところがあるかと思えば、急に弱々しく落ち込んだりして、歳の割に情緒不安定な女だな、君は」


「……」


「まぁ、君の精神状態などどうでも良い。目眩しになってさえいればな。だが、今朝のようなことを繰り返されては忙しくて堪らん。爺の暑苦しい説教を無駄に聞かされることにもなる」


 すると、私の視界に何かが覆い被さってきた。


「っ!?」


「君はツクモリを学ぶ必要がある。呪獣についてではないぞ。この地の風土、住民達の風俗、そして屋敷に仕える者達の人となり」


 私が突き付けられたのは、ツクモリのことが記された詳細な地図だった。これ程のものを作り上げるには一体どれだけの調査を要したのか、私には見当もつかないほどのもの。


「身体を禊ぎ、体調が安定し次第、ツクモリを歩いて見て回るように。これは命令だ」


「は、はい……」


「うむ。では、私は政務に戻る。どこぞのお気楽引き篭もり娘と違って、多忙を極める身なのでな」


 ツクモリ様は億劫そうに肩を回した後、浴室を出て行った。


「……なにこれ」


 私の髪は、最初に何を目指したのかわからないほど愉快な形に結われていた。少なくとも、他人に見せて良いものではない。私は涙目になりながら必死で解こうとしたが、妙にキツく結われていて、元に戻すのに一時間近く要してしまった。その結果、私はすっかりのぼせてしまい、イズモさんにおんぶされて部屋に連れ戻してもらうことになった。

 


 

 

 

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