後悔しない選択
カーミラの泣き声は、部屋を出た後も暫くの間、耳に届いた。
けれども私は、振り返ることは勿論、足を緩めることもないままにマーリーンの眠っている部屋を戻した。
「……何が『泣いている女の子を、そのまま放っておくのが嫌』、だ……こんな簡単に、切り捨てられるじゃないか」
自分の中の理想が、作り上げていた王子様像が、音を立てて崩れ落ちて行くのが分かった。
どうして私は、過ちを犯したディアンヌやザイードは許せて、カーミラだけは許せなかったのか。
……難しく考えるまでもなく、すぐに理由は分かった。
ディアンヌが殺した、アーシュの兄は私に関わりが全くなかった人で。
ザイードは、アルファンスを傷つけたかもしれないけれど、結局は全て未遂で終わったし、他ならぬアルファンス自身がザイードを許した。それに戦闘だって、けして一方的なものではなく、アルファンス自らが受け入れたものだった。
だけど、カーミラは違う。カーミラは私の目の前で、マーリーンを傷つけた。私の為だと言いながら、私の言葉を一切受け入れないままに、マーリーンの命さえも奪おうとした。
許せない。
許せる筈がない。
例え、マーリーンが許しても、それでも私はカーミラが、許せないんだ……!!
分かってる。結局全てはその場の感情だ。
私はいつだって、その場の感情を優先するばかりで、そこに絶対的な「正しさ」なんてありがしないんだ。
それなら何で――何で、私は「理想」だなんて、くだらない物を追い続けたのだろう。
何故、その場の感情だけで動く短絡的行為を、「理想の追求」だなんて言葉で片付けたのだろう。
今、マーリーンがベッドの上で毒に侵されて苦しんでいる原因は、元を正せば私が理想だなんていうくだらないものを追い続けたからだというのに。
もし、私が「理想の王子様」なんて目指さなければ、カーミラが私に執着することなんてなかった。
カーミラが、マーリーンを憎み、彼女を害そうとすることもなかったんだ……!!
「――マーリーン……私は……私の生き方は、間違っていたのかな」
禁書が保管されている書庫の中、特設的に設けられたベッドの上で治癒の光に包まれて眠るマーリーンの手を握りしめた。
「……ごめん……マーリーン……ごめん……全部、全部私のせいだ……ごめん……私が理想の王子様なんて目指さなければ……マーリーンはこんな風に傷つくこともなかったのに……」
全ての原因になった私が泣く資格なんかないのは分かっていたが、涙が止まらなかった。
最上級の光魔法をかけたうえ、マーリーンの様子を見ていてくれたネルラ先生は、私が書庫にやって来るなり、そっと席を外してくれた。
保健室を後にしてから一度も私に声を掛けることなく、ただ私の後を着いて来てくれたアルファンスは、書庫の中までは入らずに廊下で控えてくれている。
マーリーンと私……二人きりだ。……深い眠りの中にいるマーリーンに私の声は届いていないのだろう。
「ごめん……ごめん……マーリーン……私達は……私は、四年前のあの時――」
マーリーンに、近づくべきではなかったんだね。
そう言いかけた口は、伸びて来た手によって塞がれた。
「――生き方に、正しいも間違っているもなにもないわ……いつだって、目の前にあるのは無限の選択肢と、過去選択した結果があるだけ。正しいも間違っているも、終わったあとじゃなきゃ評価なんて出来やしないわ」
開かれた赤い目が、真っ直ぐに私を捉えていた。
「マーリーン……目を醒まし……」
「だからこそ、人はその時、自分が一番後悔しないだろうと思う選択肢を選ぶのよ。例え、それが間違っている物だとしても、未来の自分が最も後悔しないと思える選択肢を」
口元を塞いでいたマーリーンの手が、そっと私の目元の涙を拭った。
私はマーリーンの伝えたいことを、上手く飲み込めないまま、ただ強い意志が込められたその赤い瞳を見つめていた。
「……レイ。恐らく真実を知ったであろう今のあんたは、私の選択を間違っていると思っているでしょう。……私だって、そう思うわよ。自分を呪っているであろう相手に言われるがままに、見張りの目を掻い潜ってまで、渡された毒を飲むだなんて、馬鹿なことだって、私だって思っているわよ。……だけど、仕方ないじゃない。あの時の私にはそれが一番後悔しないと思える選択だったのだから仕方ないじゃない」
マーリーンの手がそっと背中に回された。
「自分が毒を飲んで苦しむことよりも、あんたが巻き込まれて傷つくかもしれないことの方が、私には嫌だったんだから、仕方ないじゃない……!!」
赤い瞳が、涙で滲んだ。
「馬鹿レイ……あんたは馬鹿でお人よしで……見ているとたまにどうしようもなくイライラするわ。……だけどね、忘れないで。そんなあんたの馬鹿な所に……あんたがさっき否定した『理想の王子様』を求めた結果のあんたに、四年前に私は救われたのよ。……あの時のあんたがいたから、私は今こうして笑っていられるのよ……」
痛い程私を抱きしめながら叫ぶマーリーンの言葉を、私はただ黙って聞いていることしか出来なかった。
「レイ……あんたが、大好きよ。……馬鹿でお人よしなあんたが、自分の命を犠牲にしても守りたいくらいに大好きなのよ……!!」




