幕切れはあっけなく
「狂ってる……」
吐き捨てるように告げた言葉にも、カーミラはただ微笑むだけだった。
カーミラの耳には、彼女の聞きたい言葉しか届かないのだろう。
そしてその事実は、悪魔の力を借りることが出来ること以上に、彼女を化け物のように思わせた。
「――自己満足の極みだな。そんなお前の都合だけで形成された世界、許す筈がないだろ!!」
アルファンスが放った炎が、カーミラに迫る。
しかしカーミラはすぐに黒い靄をアルファンスに向けた。
火と靄はそのまま相殺されて消え去ったが、力と力がぶつかりあったことで生じた風がアルファンスの体を後方に吹き飛ばす。
「アルファンス!!」
アルファンスの体は勢いよく壁に叩きつけられ、そのまま床に崩れ落ちていった。
「無駄ですよ。アルファンス王子。……あなたの炎も、四つの不幸を捧げた今の私の力には敵わない。唯一悪魔の力に対抗できる、火の属性を持った愛し子の貴方でも敵わない今、この学園の誰が私を止められると思います?」
……そうだ、契約書……!! 契約書を奪わなければ。
カーミラがアルファンスに意識を取られている隙をついて、手の中の契約書を奪おうとしたものの、すぐに黒い靄で体を拘束される。
「……レイ様。大人しくしていて下さい。あなたを他の先生達のように眠らせるのは簡単ですが、私はあなたを傷つけたくないんです。制限によって死に至る力こそないものの、悪魔の力がどれほど体を蝕むかまでは私も把握していませんから」
「カーミラ……君は間違っている」
「何とでも言って下さい。……私の世界の中のあなたなら、分かってくれますから。今のあなたにどう思われようと、構いません」
そう告げるカーミラの目は、私に向けられていながらも、私を見ていなくて。
彼女が求めているのが私ではなく、「レイリア・フェルド」という器に過ぎないことを改めて感じさせられた。
「私の世界のレイ様なら、私のすることを認めてくれる……嬉しいって言って、私を褒めて……私だけの王子様になってくれる……私だけを見てくれる……あの忌々しい女じゃなくて、私に手を差し伸べてくれる……最低な現実から、私を救い出してくれる……っ!!」
カーミラの背後で、まるで炎が燃え上がるように黒い靄が勢いよく立ち上る。
「――フェニ!!」
私は姿を消させていたフェニを呼ぶと、隠し持っていた聖水を自身を拘束する靄にかけた。
聖水の効果があるかは賭けだったが、幸い靄は霞んで拘束から抜け出ることが出来た。
フェニは、その角を契約書に突き刺すべく跳躍する。
私も腰にさしていた剣を抜いて、カーミラに向かっていく。
フェニの角でも、私の剣でもいい。
どちらかで、あの契約書を破棄することが出来れば!
「――邪魔しないで!!」
しかし、カーミラを覆い隠すように広がった靄によって弾かれ、フェニ共々私の体は床に叩きつけられた。
「ああ……レイ様。傷つけたく、なかったのに。どうして私の邪魔をするんです……どうして……」
カーミラは、衝撃で呻く私に近づきながら、さめざめと涙を流した。
「……いや……それとも、もっと傷つけた方が、いいのかな。……傷つけて壊しても、また悪魔の力で作り直せばいい。世界と共に、私のレイ様も作るの。全て、一から。……それはそれで素敵かもしれない。……大好きなレイ様に、これ以上否定の言葉を吐いて欲しくないもの。いくら後から分かってくれるにしても、やっぱり悲しいものは悲しいし。……壊して中から全部作り直せば、後遺症だってなくなる筈だよね……そうだ。きっとそう。……そうに、決まっている。なら、力を使っても大丈夫だ。大丈夫大丈夫大丈夫……それに壊れたレイ様の方が、新しい世界に馴染みやすそう……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、カーミラは契約書を持っていない方の手の中に靄を集める。
集められた靄は濃縮され、漆黒の玉のように変じて行った。
「決めた――私、やっぱり一度レイ様を、内側から壊すことにしました」
そう言って、カーミラはにっこりとほほ笑みながら、私を見下ろした。
倒れたままの私の体を、手の中の靄とは別の靄が、拘束する。
「……ああ、レイ様もアルファンス王子と同じ魔具を持ってましたよね。壊しても勿体無いので、取っておきましょうか」
触手のように細まった靄が、私のポケットから器用にネックレスを取り出すと、そのまま遠くに放り投げる。
ネックレスが床に落ちたのを確認してから、カーミラは動けない私に向かって、手の中の黒い球体を差し出した。
「大丈夫。全部終わったらちゃんと一から作り直しますから……だから、目を醒ましたら、私だけの王子様になって下さいね」
傾けられたカーミラの手から球体が、どろりと粘度を持った液体のようになって私に向かって降り注ぐ。
「――レイリア!!」
アルファンスの叫ぶ声が聞こえた。
私同様、黒い靄に拘束されたフェニが嘶く。
黒い液体が、私の顔に、落ちる。
「――きゃあ!!」
しかし、次の瞬間、拘束する靄も、液体も、一瞬で消え去った。
何が起こったかも分からないままに、体を転がしてカーミラと距離を取る。
「どうして……どうして契約書が!? アルファンス王子は魔法が使えないような状態でちゃんと拘束していたのに!!」
悲痛に叫ぶカーミラの傍では、床に投げ出された契約書が、火の子を散らしながら燃え上がっていた。




