完成する逆五芒星
毒なんて、この学園に生活している限り、そうそう簡単に手に入れられるものじゃない。
もし、毒を手配したのがマーリーン自身だとしたら、自ら毒を煽ることをずっと以前から考えていたことになる。
一体、いつからそんなことを考えていたんだ。
ずっと隣にいたのに、どうしてマーリーンがそこまで思い詰めていたことに気が付かなかったんだ……!!
「――落ち着け、レイリア。赤毛の女が本当に自らの意志で毒を煽ったとは限らないだろう」
「っだけど、クオルドはマーリーンが自ら毒を飲んだのを見たって……」
「ああ。毒を煽ったのは、赤毛の女自身だったかもしれない。だが、状況が状況だ。自ら毒を口に運んでも、本当にそれが赤毛の女の望んだこととは限らないだろう」
アルファンスの言葉に、ハッとする。
そうだ、マーリーンはこんなことをするような娘じゃない。
全てはきっと、悪魔の呪いのせいなんだ。
そうに、決まっている。
「っそうだ……マーリーンの右手の傷跡は」
光のカーテンに手だけを入れるようにして、マーリーンの上にかかっている布団をめくった。
そして、マーリーンの右手を露わになった途端、視界に飛び込んで来た光景に息を飲んだ。
「……傷、が」
逆五芒星を完成させる、最後の一本の傷。
それが目の前でゆっくりと刻まれていた。
「ま、待って!! 止まって!!!!」
慌てて傷が刻まれる先を手で抑え込んだが、無駄だった。
私の手には何の感触も感じることもなく、まるで目に見えないナイフによって内側から引き裂かれたかのように、傷が伸びて行く。
本来ならば、これくらいの傷などすぐに癒やす筈のネルラ先生の光魔法すら、無意味だった。
押さえ込んだ私の指の下で、逆五芒星は完成してしまった。
「……ネルラ先生!! すぐに、すぐにマーリーンの容態を見て下さい!!」
私の言葉に、慌ててネルラ先生もマーリーンの元に近寄り、今朝私の体を確かめたのと同じ光魔法でマーリーンの体を確かめていく。
ネルラ先生は暫くは険しい表情をしていたが、徐々にその表情は緩んでいった。
「レイリアちゃん。大丈夫よ。……マーリーンちゃんの体は、毒による後遺症はまだ残っているけど、それ以外は何も問題がない。寧ろ先程見た時よりも魔法が効いて、容態は回復に向かっているわ」
「だけど、マーリーンの手には、有りえない傷跡が!!」
「ええ、そうね。……私も傷が出来る様子を目の当たりにしたから、この傷が異様なものであるということは理解しているわ」
ネルラ先生は困ったように眉を垂らしながら、指先でそっとマーリーンの傷を撫でた。
「だけどね、レイリアちゃん。……いくら魔法で探っても、この傷自身にはマーリーンちゃんを害するような特別な力は何も感じないのよ。光魔法で消せないけれど、それでも傷はただの傷……いえ、寧ろ痣と言った方が良いのかもしれないわ。ただ皮膚の上に傷のように浮かび上がっているだけで、実際の所マーリーンちゃんの皮膚組織そのものは一切傷ついていないのだもの」
「痣……」
「私は彼女の身に起こっていることがどんなものかまでは理解できないけれど、この傷そのものが、直接的にマーリーンちゃんの容態を悪化させることはないということは断言できるわ」
ならば、何故。
何故、そんなものがマーリーンの手に浮かぶんだ。
悪魔から呪われたことを、単純に示すためだけに、現れているだけに過ぎないのか?
「レイリアちゃん、落ち着いて。マーリーンちゃんは確かに呪われているかもしれないけれど、それでも最後の呪いが発動するまでにはあと一日あるわ。遅くとも明日の朝までには、貴女のお父様達が駆けつけてくれることになっている。国一番の、専門家達がマーリーンちゃんの為に来てくれるのよ。それまでは、私や他の先生たちがマーリーンちゃんの身に何も起きないように見守るわ。勿論、マーリーンちゃん自身にだって、マーリーンちゃんを害させはしない。……だから、安心して、調査に戻ってちょうだい。ここは、私達に任せて。……ね?」
「……何だか、体よく追い出されたような気がする」
「『ような』じゃなくて、されたんだろう。実際」
再び戻って来た書庫の中で、未読の本を手に取りながらアルファンスは溜息を吐く。
「俺達があの場にいても、実際何の役にも立たないしな。それに加えて、赤毛の女を狙った悪魔の襲撃に遭う可能性もある。極力被害を拡大させたくない学園側としては、賢明な判断だと俺は思うぞ」
「……そもそも私達を呼びに来たのもクオルドの独断で、本当はネルラ先生たちはマーリーンの身に起こったことを知らせたくなかったみたいだしね」
「お前が取り乱すだろうことも、想定していただろうからな」
「取り乱すよ……取り乱すに、決まっているだろ……」
再び込み上げて来る涙を堪えながら、脳裏に蘇る先程の光景に、頭を抱え込んだ。
ベッドの上に横たわるマーリーンを見た瞬間、一瞬マーリーンがこのままもう二度と目を醒まさないのではないかと思ってしまった。
あの声を、あの笑みを、私に向けてくれないんじゃないかと。
大切な親友が永遠に手が届かない場所へ行ってしまうんじゃないかと、そんな風に思ってしまったんだ。




