四つ目の朝
『先に学園側にも連絡して、明日には該当生徒の情報をリスト化するように話は通してあるから、メモを取る必要はないよ。けれど、そう数も多くないから、せっかくだから覚えておくといい』
そう言って、鳥は10名ほどの生徒の名前を唱え始めた。
知っている名前もあれば、知らない名前もあったが、どの生徒もほとんど私と交流は無かったから、それほど動揺を与えるようなことはなかった。
『……そして、カーミラ・イーリス』
ただ一つ。当たり前のように最後に告げられた、その名前を除いては。
『……私は、誰よりもレイ様が、大好きです。だから、私がすることは、全部全部、レイ様の為を想ってのことです。全ては、レイ様の為なんです。どうか、そこのところを誤解しないで下さい』
記憶の中のカーミラが、禍々しげな光を宿した紫の瞳を細めて、愛らしく笑う。
私は全ての録音を再生し終えて、物言わぬ人形になってしまった伝言鳥を横目に見ながら、布団を被り直した。
――やっぱり、君なのか。カーミラ。
悪魔を使ってまで、マーリーンを苦しめている犯人は、君なのか。
もし、そうだとしたら。
君がマーリーンを苦しめて、最後にはその命まで奪おうとしているのだとしたら。
私は、君を。
君のことを……――。
それから先はとても、眠ることもできないまま、ただひたすらベッドの中で朝が来るのを待っていた。
長い夜が明け、カーテンの隙間から朝日が差し込み始めたころ、朝食を携えながらネルラ先生が来てくれた。
「半刻後にアルファンス王子も来るって言っていたわ。その前に、朝食を済ませてしまうといいわ。パンを焼いてきたから」
「……先生はケーキだけじゃなくて、パンも焼かれるのですね」
「お菓子作りも含めて料理全般が趣味なの。……はい。食べやすいように、小さめにして置いたわ。どうぞ、召し上がれ」
ポットから入れたハーブティと一緒に渡された木の実入りのパンは、まだ温かく、一口齧ると香ばしい香りが口中に広がった。
パンも、そして以前飲ませて貰ったのと同じハーブティも、とても美味しい筈なのに、全く食欲は湧いてこなかった。
それでも、白金の髪を朝日で煌めかせながら、慈愛に満ちた笑みを浮かべるネルラ先生をがっかりさせたくなくて、無理矢理パンを口に詰め込むと、お茶で何とか流し込んだ。
「……ご馳走様です。……その、美味しかったです。ありがとうございました」
「なら、良かったわ。お粗末様でした」
ネルラ先生は、きっと私が無理に食べたことなんてお見通しだっただろうけど、それでも優しく微笑んでくれた。
……本当にどこまでも、光のような人だ。
本当は弱くて無理をしている所もあるかもしれないけれど、それでもやっぱり温かくて、優しい、私の「理想」を体現したかのような先生。
かつて、私が憧れていた、「理想」のお姫様のように、「綺麗」な人。
「……ネルラ先生」
「何? レイリアちゃん」
「ネルラ先生は、今まで人を……」
「人を、どうしたのかしら?」
「……いえ。何でもないです。すみません。忘れて下さい」
喉元まで湧き上がった言葉を、飲み込んで首を横に振った。
「変なレイリアちゃん。……もうすぐ、アルファンス王子が到着するから、先に着替えも済ませちゃってね。保健室に備え付けの、予備の制服で悪いけれど。男子生徒用の方がいいわよね」
「あ、はい。……助かります」
「それじゃあ、カーテン締めておくから。終わったら言ってね」
渡された制服はいつも来ているものより、少し肩幅や腰の辺りが大きめだったが、それ以外は特別問題はないようだった。
着替え終えてカーテンを開けたのと、アルファンスがやって来たのは同時だった。
「よう。レイリア。……ちゃんと休んだか」
「おはよう。アルファンス。……うん。しっかり寝たから、もう万全だよ。いつでも出られる」
実際伝言鳥の録音を聞くまでは、寝ていたのだ。嘘は言っていない。
しかしアルファンスが疑うような目でこちらを見ると、つかつかと近づいて来て私の顎を掬った。
「……のわりには、顔色も良くないし、クマも濃い気がするんだがな」
「……気のせいだよ。アルファンス。それより顔が近いから、離れてくれ」
私の言葉をあっさり無視され、そのまま一分程アルファンスは私の顔を覗きこんでいた。その近すぎる距離に私がとうとう居たたまれなくなった頃、アルファンスはようやく手を離して解放してくれた。
「ふん……治癒結界に入っている状態じゃ、どうも判断がつかないな。ネルラ先生、一度結界を解除して貰っても良いですか」
「勿論、そのつもりよ。やめるにしろ継続するにしろ、一度解除しないと私もきついもの。……レイリアちゃん。結界を解除したら、本来の痛みがやって来るから、耐えきれないようならば言ってね」
「あ、はい。……分かりました。お願いします」
ネルラ先生が、解除用の呪文を唱えると、昨日からずっと私に向かって降り注ぎ続けた光のシャワーが霧雨のように弱くなって、消えていった。
光が薄れるに伴い、全身に鈍い痛みが蘇ってくる。
「どう? 動けるかしら?」
「ちょっと、歩いてみますね」
さすがに体を動かすと、痛みは多少強くはなった。
それでも手足は問題なく動くし、痛みだって耐えきれない程のものではない。
少し重めの筋肉痛くらいのものだ。
「ネルラ先生、ありがとうございます。もう、大分良さそうです」
「そのようね。良かったわ。だけど、無理はしないでね」




