目的と手段
――お父様が、悪魔召喚に関する調査を行っていた?
思いがけない新事実に思わず体が前のめった。
『悪魔と言う種族は残酷で、享楽的で……そして、自己顕示欲が強い。私が調査した、疑わしい事件の全てにおいて、何らかの形で逆五芒星が刻まれていたよ。起こった被害が、自分達の手によるものであることを人間に知らしめるためにね』
「……それじゃあ、やっぱりあれは悪魔の……」
『だが、彼女の身に起きていることが通常の悪魔の呪いと断じるには、疑問が残らなくもない』
……疑問?
『従来のケースでは、召喚された悪魔が叶える願いは一つだけであり、その願いが叶えられる手段としての【不幸】に回数制限なんて設けられない。……一人の人間を呪うという目的において、五つという定数の不幸が用意されていて、その不幸が達成される度に逆五芒星が被害者の手の甲に刻まれるというのは、違和感があるんだ』
「それは……単純に、マーリーンをじわじわと嬲ることが目的では……」
『仮に、それが段階を負った不幸でお前の友人を苦しめたいだけにしては、【不幸】の規模があまりに小さすぎるんだ。……確かに、可愛がっていた愛犬の死や、お前の怪我は彼女にとっては不幸だったかもしれない。だが、話に聞く限り、犬は寿命も近かったようだし、お前の怪我は光魔法さえあれば、一日もあれば治るものだ。トラドル地方の災害も、経済的な被害は大きいが、誰も死傷者が出ていない。まだ全ての呪いが発動していないとはいえ、それらが悪魔の仕業にしてはあまりにも手ぬる過ぎる』
……言われてみれば、お父様の言葉は最もだ。
悪魔は、契約を遂行するという名目で、出来る限り多くの人間を巻き込んで不幸に追いやろうとすると聞く。
契約者がただ一人の死を願えば、その人間が住む場所一体の無関係の人々まで巻き添えで死に追いやることもあるのだ。
大きなものであれ、小さなことでもあれ不幸は不幸。ただマーリーンの苦しみばかりに気を取られて、その規模までは意識が回らなかった。
『……もしかしたら、単純にそれは。そこまで大きな不幸を導けない最下級の悪魔の仕業だからなのかもしれない。あるいは独特の不幸の美学を持つが故に、敢えて小規模の不幸に抑えているのかもしれないね。大勢の人の苦しむ姿よりも、一人が苦しむ抜く姿を見たいと望むような、そんな特殊な嗜好の持ち主なだけかもしれない。……だけどそうじゃないければ』
「そうじゃなければ?」
『……お前が目的だと思っているものは、実際は目的ではなく、手段なのかもしれない』
「っそれは、どういう意味ですか?」
マーリーンの不幸が、目的ではなく手段だと言うのならば、一体何が目的だというんだ。
何が目的で、私の親友は傷つけてられているというんだ!?
伝言鳥は少し躊躇うように黙りこんだ後、ゆっくりと首を横に振って大きく溜息を吐いた。
『いや……限りなく可能性が低い仮定の話は置いておこう。それがどんなものであれ、お前の友人の身に危険が迫っていることには変わりがないのだから』
……誤魔、化した?
「っどうして、どうしてです!! お父様!! どうして、その先を話してはくれないのですか!! 途中まで言いかけて、それはないでしょう!!」
『……さて、悪魔が関わってくるとなると、この件は私も動かなければならないだろうね。だけど、気が急いているであろうお前には申し訳ないが、様々な事情もあって、明日すぐに私が駆けつけるというわけにもいかないんだ』
先ほどまで会話のように噛みあっていた言葉が、急にちぐはぐになったことで、鳥が再生している言葉があくまで録音に過ぎないことを改めて思い知らされた。
いくら憤っても、どれほど強い口調で責め立てても、あるいは泣いて懇願したとしても、鳥が口にする言葉は、ただの一言だって変わらない。だって、言葉は既に何時間も前に発せられたものなのだから。
私はやりきれない思いから、唇を噛みしめた。
あれほど私の言葉に即した返答を、事前に用意出来たお父様のことだ。当然、こんな私の反応だって予想していただろう。……その上で、敢えて話題を変えることにしたのだ。
一体、どうして。
――お父様は一体、何を隠しているんだ……?
『権力がある大人というのは、存分に動けるように見えて、存外しがらみも多いものだね……。助けを求める娘の為に、全てを放り出して駆け付けることも出来ないだなんて。何の為の大貴族の地位なのかと、時々分からなくなるよ』
「………」
『代わりに誰かを派遣しようにも、すぐに動ける信頼できる適任者もいないんだ。だから、明日は私達の代わりにお前とアルファンス王子に動いて貰いたいと、陛下との話合いで落ち着いた』
「……私と、アルファンスに?」
『学園側には、既に協力して貰う段取りはつけている。お前は明日、アルファンス王子と共に学園の図書館に出向いて、悪魔の正体を探ると共に、これから伝言鳥が読み上げる数名の生徒のことを少し探っておいて欲しい。悪魔召喚の疑いがある貴族の子息令嬢達だ。私は明日の深夜……少なくとも明後日の夜明け前には学園に到着する予定だ』
「夜明け前……」
『お前の話を聞く限りでは、呪いが発動しているタイミングは……否、お前の友人であるベルモッド嬢が自らの「不幸」に気付くタイミングは、全て夜が明けてからだっだ。悪魔は、形式を重んじる。呪いにも、ある程度の法則があるんだ。……その方が、自身の呪いが美しく見えるとかいうくだらない理由でね。……恐らく明後日の夜が明けないうちは、まだ五番目の呪いは遂行されていない筈だ。まだ、最悪の事態を防ぐことは出来るんだ。……だがそこから調査を始めたのは、あまりにも時間がない。お前達の協力が不可欠なんだ』
正直、報告をすれば、後はこちらで何とかするからお前は首を突っ込むなと言われると思っていたから、協力を求めるお父様の言葉は意外なものだった。
どれ程反対されても、動く気があっただけに猶更だった。
「……いいの、ですか。私が動いても」
『寧ろお前じゃなきゃ、困るんだ。私がその学園で心から信頼できる相手は、お前とアルファンス王子だけなのだから。……それに、どうせ私が何も言わなくても、お前は勝手に動いていただろう? 変に動かれるよりは、私が望むことをやって貰った方がよほど助かるんだ』
う……やっぱり、見透かされている。
思わず身を縮める私を笑うように、鳥はぱたぱたと羽根を動かした。
『ただ、レイリア。これだけは一つ、約束してくれ。……これから読み上げる生徒を探るのは、あくまで秘密裏にであって、けして直接話しかけたりはしないと』
「……それじゃあ、マーリーンの呪いのことが、聞きだせないじゃないですか」
『あくまで疑わしいだけで、今の時点では明確な証拠は何一つない生徒達だ。地位が高い貴族の子息令嬢なだけあって、泳がせて尻尾を出させないと、どうしようもできない。寧ろ変なことをすれば、こちらが名誉棄損で責め立てられるぞ』
「………」
『それだけで済めばいいが……最悪なのは、疑われているのに気が付いた生徒が、呪いの発動をしたまま、証拠を抱えて逃げてしまうことだ。そうなれば、生徒やその背景にいる貴族を捕縛できなくなるうえに、呪いを解く糸口も失われてしまうぞ。そうなれば。ベルモッド嬢の命は、まず助からないだろうな』
「っ!! それは、嫌です!!」
『そうだろう? お前は演技が下手だ。すぐ顔に出る。……どうしても何か聞きたいことがあるのなら、学園の教師を介してにしなさい。明日は、それぞれの生徒を個別に見張っていて貰うように頼んであるから』
……おかしい。何だかお父様の都合が良いように誘導されている気がする。
申し訳ありません。リアルの事情で一月ほど休んでいましたが(詳細は活動報告をご覧ください)
状況が落ち着きましたので、また再開いたします。
宜しくお願いします。




