親の心子知らず
アルファンスはそれだけ言うと、もう一度くしゃりと私の頭を撫でて帰って行った。
……何だか、とても子ども扱いをされている気がするけど、アルファンスの目の前で情けなく泣いてしまった私には、何も言えない。
アルファンスが保健室を出て行った音を聞きながら、もう一度布団に包まり直した。
まだ、何も解決したわけじゃない。寧ろ、悪魔が関わっている可能性が出て来た分、悪化していると言ってもいいのかもしれない。
だけど心は、先ほどまでよりもずっと穏やかだった。
何も出来ないで迷っているわけじゃない。今やれることは、やった。アルファンスが、代わりにやってくれた。
私が今すべきことは、動けるようになる明日の朝までゆっくり休むことだ。
素直にそう、思うことが出来たから。
「……本当に私は、君がいないと駄目かもしれないね。アルファンス」
一人呟いて、目を瞑った。
目が醒めたら朝になっていることを、祈りながら。
「――……朝……ではないか。まだ」
目が醒めると、まだ辺りは暗かった。
窓のカーテンを開けて外を確かめても、まだ太陽は出ておらず、窓から入って来たのは月明かりだった。
月明かりで照らされた室内に、眠りに着くときには確かに無かった筈の存在があるのに気がついた。
「……君は、守護獣かい?」
傍らで真っ直ぐに私を見据えている、小さな小鳥。
ぱちぱちと目を瞬かせて確かめてから、本物の小鳥にしか見えなかったそれが、どうやら作り物らしいことに気が付いた。
「……もしかして、これも【伝言鳥】なのか」
伝言鳥にはアルファンスが持っていた紙製の簡易的なものを初めとして、色々なバリエーションがあることは知っていた。だけど、これほど精巧な作りの物があるなんて。……もともと安くないものなのに、一体どれほど高額なのだろう。
『――目が醒めたかい? レイリア』
鳥は、優しい声で私にそう話しかけた。
聞き覚えがあり過ぎる、優しいその声は、紛れもなくお父様の声だった。
『この伝言鳥には、お前が目を醒ましたら伝言を口にするように設定してある。……そして伝言を口にした時間が私に伝わるようにもね。治癒結界が必要な程の怪我を負ったと聞いている。もし、伝言鳥が着いた時間にちゃんと休んでなかったら、次会った時はお説教だから覚悟しておいてね』
「っ!? ちゃ、ちゃんと寝てましたよ!! たまたま今、目を醒ましただけで!!」
この伝言鳥は一体いつからここにいたのだろうか。……まさか、ついさっきってわけではないよな。
お父様のお説教はしつこくて長いから、結構前に到着したことを祈るばかりだ。
『……ふふふ、伝言を聞いて慌てているかな? ――冗談だよ。半分くらいは』
「……半分は本気なのですか」
『まあ、お前が自分自身で、伝言鳥を送ってこなければ、お説教をするつもりでいたんだけど。……知らぬ間に成長したようだね。レイリア』
ふざけた調子から一転し、真剣なものに変わった声色にどきりとする。
アルファンスから言われなければ、お父様に伝言鳥を送る気などなかっただけに、猶更だった。
『学園側から、お前が本棚の下敷きになって目を醒まさないと連絡を貰った時は、心臓が止まるかと思ったよ。どうしても外せない仕事が色々あったし、治癒結界で治る範囲だと説明を受けていたから我慢したけれど、本当は全てを放り出して学園に押しかけたいくらいだった』
「……お父様」
『お前が目を醒ましたと連絡を貰った時、私達家族がどれほど安堵したか。信じてなんかいない神にまで感謝したよ』
それほど、心配をかけていただなんて。……思ってもみなかった。
つきりと胸の奥が痛んだ。
『……だけど、お前は私達家族がそんな風に心配をしていたとは、思ってもいないんだろうね』
まさに私の心を読んだかのような、言葉だった。
『お前は分かっていない。何も分かっていないよ。どれほどお前の周りの人間が、お前のことを大切に思っているか。お前を愛しているのか、分かっていない』
「……分かってますよ。大切にされていることくらい」
『分かっていると言うのなら、もっと自分の身を大切にしなさい。お前はいつだって一人で暴走するのだから。暴走して、簡単に自分の身を犠牲にしようとする。……自分の身を犠牲にしないでいい解決策もあることまでは、頭が回らないままに』
……一方的な伝言の筈なのに、会話になっているのはどういうことだろう。
完全に、見透かされている。
『だからお前の怪我が、友人を庇った結果だと聞いた時、やっぱりと思ったよ。幼い頃から何も成長していないって。……だけど、そうでもなかったようだね』
人造の鳥の表情は、何も変わらない。
だけど、その伝言を入れた時のお父様が、笑ったのが何となくわかった。
『まさかお前が、自分の状況をちゃんと親である私に報告したうえで、自分が出来ないことを頼ってくるだなんて……!! また一人で抱え込んで、勝手に暴走するだろうから、何とかして未然に塞がないといけないなと考えていたのに』
「……それはアルファンスが、やるようにと言ったから……」
『まあ、どうせ、お前が自分でやろうと思ったわけではないだろうけどね。……アルファンス王子に感謝しないと』
……本当に、見透かされているな。
それにしても、お父様。私に対する評価、あんまりじゃないですか?
確かに暴走する所は多々あるけれど、それでも極力、家には迷惑を掛けないように気をつけていたのだけれど……。
『お前が私に迷惑を掛けたくないと思っている気持ちは分かる。だが子どもは親に迷惑を掛けるものだ。だから、レイリア。私はお前に掛けられる迷惑はちっとも苦じゃないんだ。だけど、同じ迷惑を掛けられるなら、結果が出た後ではなく、その前段階にしておいて欲しい。……そうすれば、私の手で結果が変えられるかもしれないだろう? だから今後はもっと早く私を頼りなさい』
「………」
『お前が怪我した事実は変えられないけれど、これからお前や友人が傷つくことは止められるかもしれない。その意味を、よく噛みしめておきなさい。……本当はそう言ったことを、学園に入学する前に教えるべきだったね。私が』
微かに悔恨が滲むお父様の言葉に、唇を噛んだ。
父親にこんなことを言わせてしまう考えなしの自分が、悔しかった。
「……お父様は、ちゃんと教えてくれてましたよ。多分……馬鹿な私がそれを受け取れなかっただけで」
私が生まれてすぐに、病気でお母様は亡くなった。
だから、私にはお母様の記憶は殆どない。
だけど、お父様は忙しい身の上ながらも、私の為に極力時間を割いてくれたし、お兄様たちも私を可愛がってくれたから、私は淋しい思いなんてしたことがなかった。
お父様は愛情以外にも、貴族として必要なことを色々教えてくれた。
理想に囚われるあまり、それをちゃんと受け止められなかったのは、私の方だ。
言われた言葉の意味もきちんと理解しないまま、好き嫌いだけで取捨選択したのは、馬鹿な私の方なんだ。
『……さて。話を本題に戻すよ。君の友人が悪魔の呪いに掛かっているかもしれないということだったね』
自己嫌悪に沈む心は、続けられたお父様の言葉に引き戻された。
……マーリーンの件も含めて反省は、取りあえず後にしよう。
我が身を反省することは、いつだって、出来るのだから。
『手に逆五芒星を描く傷が現れるのは、悪魔の呪いのせいではないかという推理は私も正しいと思う。……公にしていないが、私は今エドモンド陛下の命で、悪魔召喚の疑いがある貴族について調査を行っていたんだ』




