最善の手助け
「アルファンス……」
「治癒結界の中にいるが、今は、痛みはないのか!? 後遺症は残らないんだよな!? いつになったら、元に戻ると言われたんだ!?」
私に詰め寄りながら捲し立てるアルファンスを見ていたら、目から自然と涙が零れ落ちた。
「っ! どうした!? やっぱりどこかまだ痛みが……」
「違うんだ……違うんだよ。アルファンス、痛いわけじゃない」
……クオルドは、確かに正しい。
私は溢れる涙を拭いながら、狼狽するアルファンスに首を横に振る。
「ただ君の顔を見たら、どうしようもなく安心してしまったんだ……」
アルファンスの顔を見た瞬間、真っ暗だった目の前に光が差したかのようだった。
一人では何も出来ない私の手助けとして、最善の相手。
今、私が手放しで縋れる相手は、彼しかいない。
「アルファンス……お願いだ。……私を、助けてくれ。マーリーンを、救いたいんだ。だけど、私だけじゃ無理だ。……君の力が必要なんだ」
巻き込むならまず真っ先に自分を巻き込めと、そう言ってくれたアルファンスしか。
アルファンスは少しだけ驚いたように目を見開いた後、不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「……少しは学習したようだな。レイリア。それで、いいんだ。一人で背負おうとせずに、まずは俺を巻き込め」
本当はこんな怪我をする前に巻き込んで貰いたかったんだがな、そう言ってアルファンスはベッドの傍らの椅子を引き寄せて腰を掛けた。
「さあ、レイリア。今お前と、あの赤毛の女の身に何が起こっているのか、包み隠さず全部俺に話せ。些細なことがヒントになるかも知れないから、出来るだけ詳細にな」
「――赤毛の女の手の甲に、痣?」
私の話を全て聞いたアルファンスが、思案気に顎に手を当てながら最初に口にしたのは、マーリーンの手の痣のことだった。
「ああ。なんというか、交わった先が飛び出た三角形と言えばいいのかな。そんな模様が……」
「話だけじゃよく模様が分からないな。……ちょっと待っていろ」
アルファンスは一度カーテンを開けてその場から離れると、どこからかペンと紙を持って再び戻って来た。
「ちょっとこれにその模様を描いてみろ。実際その模様を見て見れば何か分かることもあるかもしれない」
私は頷くと、マーリーンの手の模様を思い出しながら、紙に書き込んだ。
簡単な図形だから、一筆書きでほんの数秒もあれば出来上がる。
「何か不幸な出来事がある度、模様が増えているから、今日の時点ではさらにもう一本線が増えているかもしれない。……マーリーンから、見せて貰えば良かったな。失敗した」
ただマーリーンの怒りに戸惑うばかりで、そこまで考える余裕がなかった。
線が増えて、模様が変わっていれば、そこから分かることもあったかもしれないのに。
「確かめられなかったものは仕方ない。取りあえず、それを見せてみろ」
アルファンスは紙を受け取ると、眉間に皺を寄せながら私が書いた模様を指でなぞった。
暫く黙って何度かそれを繰り返してから、何かに気が付いたかのようにハッと目を見開いた。
「……これは、もしかしたら逆五芒星か?」
「逆五芒星?」
「ああ。……ちょっとペンを貸してみろ」
アルファンスは、受け取ったペンで私が描いた模様に二本線を書き足し、逆さまの五角の星を描くと、紙の上下をひっくり返して状態で私に差し出した。
「五芒星は、魔法陣による魔法展開が一般的だった古代に、よく用いられていた標章だ。星の頭は上を向いていて天を指していて、それ故に天から力を借りることが出来るという。だけど、一部の特殊魔法を除いては魔法陣を用いられなくなった今では、その危険性故に公では殆ど使われなくなっている」
「そんなに強力な力が、そのマークに……?」
「いや、実をいえば五芒星自体にはさして危険はない。天から力を借りるよりも、自身の持つ属性の力を使った方が、手っ取り早くて強力な魔法を使えるからな。召喚の魔法陣を覚えているか? お前が気づいていたかは分からないが、あの魔法陣の中にも五芒星は使われていたぞ。しかし、あれはあくまで他の古代文字や幾何学模様との組み合わせによって力が生まれるもので、五芒星単独ではあまり意味をなさない。召喚の魔法を発動させるには、加えて詠唱も必要なくらいだしな。――危険なのは、五芒星を上下逆さまにした逆五芒星の方だ」
アルファンスは紙を元の状態に戻すと、下向きになった星の頭をペンで刺した。
「こうすれば天を向いていた頭は、地を向くことになるだろう?」
「天の力の代わりに今度は地の力を借りるのかい? それじゃあ、逆五芒星の力というのは地属性の力と似ているね」
「違う。……地を向いた星の頭が指し示している場所は、地よりももっと奥深く。……地獄だ。そして力を借りるのは、地獄に住む生き物からだ」
地獄に住む、生き物?……それは、つまり―――。
「………っ!!」
「レイリア……これは思っていた以上に大事かもしれないぞ」
アルファンスは苦々しげな表情で紙の上の逆五芒星を眺めながら言った。
「逆五芒星は悪魔を召喚する際に用いられる標章だ。……もし、赤毛の女の痣が逆五芒星を作り出しているのならば、恐らくは、赤毛の女を害する為に悪魔と契約した人間がいるということだ」
マーリーンの呪いが、悪魔によるもの?
そんな、それじゃあ、マーリーンは……。
「っ!? おい、レイリア、どこに行くつもりだ!!」
「マーリーンを悪魔から守らないと……っ!!」
「お前は馬鹿か!? 治癒結界が必要な状況で出て行って、何になるというんだ!! 赤毛の女の所に辿り着く前に、死ぬだろうが!! 大体、まだ本当に悪魔の仕業だと決まったわけではないし、仮にそうだとしても、何の対策も練らないまま行ってもただ返り討ちに遭うだけだろう!! よく考えてから行動しろ!!」
アルファンスの言葉は、正しい。
今私がマーリーンの元に行くことは出来ないし、もし行くことが出来たとしても、何の役にも立たないだろ。
正しいのは分かっているけれど。
「――じゃあ、どうすればいいんだよ……」
アルファンスの顔を見た瞬間緩んだ涙腺が、完全に決壊した。
もう、頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
「私は、回復するまで待っていたり、悪魔の仕業って確定するまで何もしないでいたら、その間にマーリーンが悪魔から殺されちゃうかもしれないじゃないか……それでも傍にいたら、またこうやって庇うことは出来るかもしれないだろう?……悪魔に関する本は全部禁書になっているし、迷惑を掛けるかもしれないから先生にも頼れない……そんな状態で、私がマーリーンの為にできることなんて身を挺して庇うことだけじゃないかぁ……」
こんな風に駄々をこねながら泣く自分はなんて格好悪いんだろうか。
何て情けなくて、みっともないのだろう。
そう思うのに、止められなかった。
どうすればいいのか、分からなくて。
どうすればいいのか、教えて欲しくて。
気が付けば理想の王子様の姿を維持することなんてすっかり忘れて、子どものように声をあげて泣きじゃくっていた。
「……赤毛の女が助かったからと言って、お前が身代わりになったんなら何の意味もないだろ、馬鹿」
アルファンスは呆れたようにそう言って、私の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「取りあえず……お前は動けるようになるまで、このままここで休んでいろ。今までの呪いの間隔を考える限り、赤毛の女が今日また呪いに遭うとは思えないから、余計な心配はしなくていい。恐らく全ての呪いが発動し終えるまで後二日は掛かる筈だ。お前が休んでいる間に俺は、呪いが悪魔によるものだった時の為の準備をしておくから」
「準備……?」




