君と友達になった日
一人でいることが淋しいことだなんて感じたくなかった、そう言って泣くマーリーンに、私は何と言えばいいのか、分からなかった。
一人ぼっちが淋しいのは、私にとって当たり前のことで。
淋しくない人が……違う、淋しくないように思い込もうとしているなんて、想像したこともなかったから。
どうして今、マーリーンがこんな風に泣いてしまったのか、その時の私には分からなかったのだ。
『……マーリーン……』
『……あんたが、私に向ける感情なんて、ただの優越感から生まれる同情心よ……あんたは、かわいそうな子に手を差し伸べる、自分が好きなだけで、本当は私なんて求めてやしないのよ……分かっている……分かってるわよ、そんなことくらい』
『っ違……』
『分かっているのに何で……何で、あんたみたいな偽善者に、すがりたくなってしまうの……!? 差し出された手を握りたいと思ってしまうのよ……!?』
その悲痛な叫びは、私に向けたというよりも、マーリーン自身に向けて発せられたものだった。
マーリーンは袖で乱暴に目元を拭うと、涙で濡れた赤い瞳で私を睨み付けた。
『……お願いだから、もう私には近づかないで。……あんたといると、一人で立てなくなる。……求めたくないのに、人を求めてしまうの。……あんたの王子様ごっこを成立させてくれる相手なら、他にいくらでもいるでしょう? 私じゃなくても、いいでしょう?……お願いだから、私を一人でいさせて頂戴……!!』
一人ぼっちの人に手を差し伸べるのは、当然なことだと思った。
差し伸べた手を受け入れて貰えなくて、悲しかった。
自分の気持ちを偽善だと否定されて、悔しかった。
彼女を友達に出来れば、理想の王子様のようになれると思った。
皆を拒絶して、孤独を選ぶ彼女を放っておけないと思った。
その感情は偽善なのか?
身勝手な、ただの自己満足なのか?
分からない。
分からないけど、今はただ。
『……嫌だ』
今はただ、ひたすらに。
『他になんて、いない……君の代わりなんて、どこにもいないよ。……私は、マーリーン、君だから、いいんだ。君だから友達になりたいんだ』
――今この瞬間、目の前で淋しいと泣いている彼女と、友達になりたいと思った。
マーリーンは私の言葉に一瞬驚いたように目を見開いてから、すぐに先程以上にきつい眼差しで私を睨み付けた。
『そんな分かりきった嘘なんて要らないわ……!! 私のことなんて、何も知らない癖に!!』
『……知っているよ。私は、君のことを、知っている』
『何を知っていると言うのよ!!』
『君が私と違った考え方を持っていて、私と違った物の見方をするということを、知っているよ』
マーリーンの口から出る言葉は、彼女の考え方は、私にとってはあまりに衝撃的なものばかりだった。
正直、理解出来ていないことも、たくさんある。もしかしたら、ずっと私には理解できないことなのかもしれない。
……それでも、知りたいと、知る努力をしたいとそう思ったんだ。
『優越感とか、同情心とか、そう言った感情も否定はしないよ。……だけどそれ以上に、私は君といれば、知らなかった世界が少し見ることが出来る気がしているんだ。私と違った考えを持つ君が、私に新しい世界を教えてくれる。……君といれば、世界が広くなる。だからこそ私は君と友達になりたい』
結局、これもマーリーンの為というよりも、自分の為でしかない理由だ。
身勝手と責められても、仕方ないのかもしれない。
だけどマーリーンは、そんな私の言葉を否定することはなく、ただ黙って私の話を聞いていた。
『ねぇ、マーリーン……人と関われば、君の言う通り傷つくこともあるかもしれない。だけど、その分得られるものだって多いんだ。自分一人じゃ得られないような、価値観を共有することが出来るし、歓びも悲しみも分かち合える』
『………』
『私は君を全ての傷から守ることは出来ないけど、君の傷の一端を背負うことくらいは出来る。……君が泣くのは止められなくても、こうやって、泣いている君の涙を拭うことくらいは出来るから』
再びマーリーンの頬を伝い始めた涙を、そっと指先で拭った。
『だから、一人でいさせてなんて言わないで。君の淋しさを、私に分けて。私に君の傍にいさせて。……どうか私の友達になって下さい』
マーリーンの顔が再びくしゃくしゃに歪んだ。
『……本当に……本当にあんたは、何なのよぉ……』
全身を震わせてしゃくりあげながら、マーリーンは私の胸元にしがみついた。
顔が押し当てられた胸元が涙と鼻水で濡れるのを感じながら、私はそっとマーリーンの背中に手を回した。
そのまま、マーリーンが泣きやむまで、そうやって抱きしめ続けていた。
その日から、私とマーリーンは友達になった。
友達になったからといって、マーリーンはすぐに全てを晒してくれたわけではなく、私がマーリーンのことをちゃんと理解できるようになるまでは暫く時間が掛かった。
最初は一方的に私が話してばかりだったけれど、毎日一緒にいるうちに、少しずつ少しずつ距離が縮まって行き、段々とマーリーンも自分のことを打ち明けてくれるようになってくれた。私も私で、他の人には言えないことも、マーリーンにだけは打ち明けるようになり……そして一年も経つ頃にはマーリーンは私にとってかけがえがない「親友」になっていた。
人と関わるようになったマーリーンの周りには、時が経つごとに人が増えて行き、共通の「友達」も、そうでない「友達」も増えて行ったけど、それでもマーリーンと一番親しいのは私で。それがどうしようもなく嬉しかった。
ずっと、隣にいた。
隣で色んなことを話して、色んな感情を、経験を共有した。
昔は分からなかったようなことも、段々分かるようになっていった。
この学園で誰よりもマーリーンのことを理解しているのは、私だとそう思っていたのに。
それなのに……今は、君のことが分からないよ。マーリーン。
どうして君が、私が君を庇ったことに、あれ程傷ついていたかすら、分からないんだ。
【――怪我をしたと聞いたから見舞いに来てみたら、また随分としょぼくれた顔をしているな。風の子】
「……っ!?」
過去の記憶に浸っていた私は、突然間近で聞こえて来た声に面食らった。
慌てて声の方向に視線をやると、見たことがない長髪の美丈夫がベッドの傍らから覗き込んでいた。
……い、いつの間にこの人保健室に入って来たんだ!? 完全に気配がなかったぞ。
ネルラ先生は、先ほど「もう一人、目を醒ましたことを伝えなければならない人がいるから」と言って、保健室から出て行った。
その際に、きちんと扉もカーテンも閉めていった筈なのに、何故かこの男の人が入って来たような物音は一切なかった。
一体、この人は何者なんだ? 見たことないくらいに、綺麗な顔をしているけれど。
「あ。あなたは一体……」
【ふむ。光魔法による治癒結界か。なかなか優秀な光魔法の使い手が形成した、上等なもののようだな。……別に何ら害があるわけでもないが、やはり属性違いの力というのは傍にあると落ち着かぬな。気になることだけ話したら、早めにお暇させて貰うとするか】
長髪の男性は、私の言葉を完全に無視して、ネルラ先生が魔法で作った光を見ながら、ウェーブが掛かった緑色の髪を掻き毟って一人でぼやいていた。
……なんていうか、マイペースな人だな。せっかくすごく綺麗な髪をしているのに、構う様子もないし、
……それにしてもこの人。初めて見る顔なのに、どこかで会ったことがあるような気がするのは気のせいだろうか。
こんな綺麗な顔、絶対に見忘れたりしない筈なのだけど。




