ユニコーンとの契約
私の言葉にユニコーンはその瞳を真っ直ぐに向けた。
黒だとばかり思っていたその瞳は、間近でみると暗い焦げ茶色であることが分かった。
土の色だ。広大な大地の色だ。私もまた真っ直ぐにその瞳を見つめ返した。
「……嫌、かな?」
ユニコーンは、応えない。応じることも拒絶することもせずに、ただ何かを待つように私を見つめている。
炎龍のように対価を望んでいるのだろうか?
……ああ、でも
「……私は君に、名声は与えることはできないと思うよ」
王になる予定のアルファンスと違って、私は自分の守護獣に名声を与えるような機会はきっとそうないだろう。騎士になる予定もないから、公の場でユニコーンの背に跨がって駈けることもないと思う。
そもそもユニコーンはドラゴンと違って人前に出るのを嫌うと言われてる生き物だ。名声がユニコーンの糧になるとも想像しにくい。
「私が君に与えられるのは、そうだな……愛情くらいだな」
思い切って、ユニコーンの首を抱いてみた。
ユニコーンは嫌がる様子も見せずに、ただ黙って私の腕の中で私を見据えていた。
間近で見ると、ユニコーンの光彩は人間のそれとも、馬のそれとも違う、独特の模様をしていた。
まるで瞳の中に花が咲いているようだ。
そんなことを思いながら、ユニコーンの頬の辺りに自分の頬を寄せた。
「私はね。まだ少しだけしか一緒にいないけど、それでもどうしようもなく君が好きだと思ったんだ。君と一緒にいたいと、そう思った。……君が私の守護獣になってくれるなら、私は一生君を大切にするって誓うよ。……私が君に捧げられるのは、そんな想いだけだ」
……なんだか、プロポーズしているみたいかな?
でも、守護契約というのは一生物の契約だ。途中で破棄することもできるけれど、大抵の場合はどちらかの命が尽きるまでは契約は続行される。ある意味では婚姻より一層強固な絆と言ってもいい。
ならば、こちらもそれだけ真摯に守護獣と向き合う必要があるだろう。
私はユニコーンから体を離すと、逸らすことなく視線を合わせたまま、その場に片膝をついた。絵本の中の王子様が、お姫様に愛を請う時のように。
「気高く、美しい一角獣よ。どうか契約を結んで私と一生共にいて下さい」
私の言葉に、ユニコーンは高くいなないた。
拒絶されたのかと思ったが、違った。ユニコーンの角は契約の金の光をもって輝いていた。
ユニコーンの首元に、そして私の手に、契約の文様が浮かぶ。
ーー守護契約は、果たされた。
「……ありがとう。これからも君と一緒にいられることが、どうしようもなく嬉しいよ」
私は魔方陣の元に帰ろうとはしない、ユニコーンの首元に再び抱きついた。
ユニコーンは小さく鼻を鳴らして、そっと私に頬ずりしてくれた。
「……ふん。Aランクか。やっぱり俺の勝ちだな」
そんな私達の元に、何故かどこかつまらなそうな顔をしたアルファンスが近づいてきた。
「ユニコーンなんて、ドラゴンに比べれば……」
しかし、その後続けようとしたアルファンスの言葉は、背後から上がった女の子たちの歓声によって掻き消された。
「きゃあああ!! 白馬よ!! 一角獣よ!! やっぱりレイ様は白馬の王子様だったんだわ!!」
「まるで求婚のように膝をついて、守護契約を求めるレイ様素敵でした。……ああ、私、ユニコーンになりたい!! レイ様に、一生傍にいたいって言われたい!!」
「レイ様とユニコーンの並んでる姿、麗しい……麗し過ぎますわ!!……ちょっとアルファンス王子、邪魔だから避けて下さい。今私、映像保存の魔法使ってるんですから。……レイ様、こっち向いて!!」
我がことのように喜んでくれる女の子たちの反応が嬉しくて笑みを浮かべると、さらに歓声は大きくなった。
うん。ごめんね。アルファンス。ランクでは君の勝ちだったかも知れないけれど、女の子たちの歓声は私の方が勝ってるね。……これじゃあ、アルファンスのことだから素直に勝利喜べなそうだ。
……しかし、これだけうるさいとそろそろヴィッカ先生が注意を……。
「……ユニコーンが、守護契約? そんなことが……」
「ヴィッカ先生?」
歓声に注意するのも忘れて、眉間に皺を寄せて一人考え込んでいたヴィッカ先生だったが、私の呼び掛けにハッと我に返った。
「……そうか。俺としたことがすっかり失念していた」
「どうされました?ヴィッカ先生」
「いや……何でもない」
「そんなこと言われたら、気になるではないですか。私の契約のことですよね? 何か問題でも?」
「いや、そうではない。そうではないんだが………」
言いにくそうに言葉につまるヴィッカ先生に、詰め寄る。
私だけの問題ならともかく、守護契約に関することならば、契約を結んでくれたユニコーンにも関係があることだ。何としてでも聞き出さなければならない。
一切引く気がない私に、ヴィッカ先生は諦めたように溜息を吐くと頬を指で書きながら、視線を逸らした。
「本当に大したことではないんだ……ただ、俺が」
「俺が?」
「……お前の男装があまり板についているものだから、うっかりお前の性別を失念していただけだ。……お前は淑女だったな」
レディという、ヴィッカ先生の口から出るにはあまりに似つかわしくない単語で、思い出した。
荒々しい性質の、人嫌いのユニコーンが、その身に触れることを許す対象はただ一つ。
汚れを知らない、男女の契りを交わす前の清らかな乙女だと言うことを。
「ーーレイリア!! 今からでも遅くないから、そんな変態獣との守護契約、さっさと破棄しろ!!」
同じことを思い出したらしいアルファンスが、突然顔を真っ赤にして怒りだした。
……いや、アルファンス。何でそこで君が怒るんだい?
「変態獣って……失礼だな。ただこの子は、私をちゃんと女性扱いしてくれるだけじゃないか。紳士なんだよ」
「気配だけで性別は勿論、純潔か純潔じゃないか分かるだけで、十分に変態だろ!! だいたい、守護契約は一生物なのに、清らかな乙女しか守護しないのなら、結婚後の守護は期待できないだろうが。さっさと別の召喚獣に代えろ!!」
……ああ、そうか。純潔の乙女しか触れないんだから、そうなるか。
卒業後は、アルファンスか、もしくは他の相手と結婚しないといけない私としてはなかなかきついな。
1年で別れなければならないなら、アルファンスの言う通り、一緒にいて情が湧く前に契約破棄をした方が良いのかも知れない。やっぱり仲良くなってから嫌われるのは、辛いし。
そう思った途端、背中に重みを感じた。
「……うん? どうしたんだい」
振り返ると、ユニコーンが角が当たらないように気をつけながら、私に寄り掛かっていた。
そのまま体を押しつけながら、何かを訴えかけるようにつぶらな瞳で私を見上げる。
「もしかして……私の結婚後も守護は続けてくれると、伝えたいのかな?」
私の問いかけに応とでも言うかのように、ユニコーンは高くいなないて、頭をゆっくり縦に振った。