一人は、淋しい
親しくなる為には、まずは接触頻度を増やすことから。
私は手始めにまず、毎日機会を見つけてはマーリーンに話しかけることにした。
『おはよう。マーリーン』
『また、明日、マーリーン』
基本の挨拶を中心に、時々は応用をきかせて。
『いい天気だね』
『次、移動みたいだよ。講堂だって』
『この先生、テストに年号ばかりだすらしいよ』
ポイントは、マーリーンの返答がなくても大丈夫なような、一方的でも完結するような話題を振ること。
返事がいまいちならば、すぐさま引き下がること。
困っている気配を見つけたら、すぐさまサポートをすること。
この三つ。
押しつけがましくなく、鬱陶し過ぎずを意識しながら、少しずつ私の存在をアピールするような形で。
成果は急がない。こうやってじわじわ距離を縮めて行けば、いつかはきっと友達になれる筈……
『――いい加減、何なのよ!! あんた!! 何でこれだけ拒絶しているのに、いちいち話掛けて来るのよ!! 鬱陶しい!!!!』
……と、思っていたのに、先にマーリーンの限界が来てしてしまった。
……おかしいな。鬱陶しくないぎりぎりの範囲を攻めていたとばかり思っていたのに。
『いや……その……やっぱり、マーリーンと仲良くなりたくて』
『あんたの都合に私を巻き込まないでといったのを忘れたの!? 私はあんたとなんて、仲良くなりたくないから、放っておいてくれない!?』
『マーリーン、君は何でそんなにつれないんだい? 私のどこが気に入らないのか、教えてよ。出来る限り、治すからさ』
『全てよ、全て!! そのいちいち口説くみたいな言い方するところも、13にもなって王子様ごっこをしようなんて考えるおめでたい脳みそも、いくら拒絶しても聞かない諦めの悪さも、……ともかく、あんたの全てに虫唾が走るの!! 分かったら、今後私の半径5メートル以内に近づかないでよ!!』
……く……私のこと、全否定じゃないか。薄々は分かっていたけど。改めて直接ぶつけられると、やはり辛いものがあるな。
だけど、私は、これくらいの拒絶じゃ引くつもりはない。
『そんなことを言うけれど……君は、私以外の人間だってずっと拒絶しているじゃないか。性格とか関係なくさ』
『……っ』
マーリーンの赤い瞳に、動揺が走ったのを見逃さなかった。
『君がここに入学してから、もう暫く経つけれど、私以外の人間と会話をしている姿なんて殆ど見たことないよ。卒業までずっと、そうやって一人で過ごすつもりなのかい?』
『……私が一人でいようと、あんたには関係ないことだわ』
『関係はあるよ。だって、私はマーリーンが心配なのだもの』
そう、心配なのも、また本当なんだ。
……その裏には、認めたくないような感情があることも、否定はできないけれど。
『君がさ、誰か心を許せる友人がいるなら、いいよ。本当は私も友達になりたいけど、君が嫌なら諦めて身を引くさ。だけど、君がこの先も一人でいつづける気なら、やっぱり放っておけないよ。集団の中で一人でい続けるのは、やっぱり淋しくて苦しいことだと思うから』
周りの人間を全て遠ざけて、目に見えない何かから必死に身を守っている彼女が、このまま一人ぼっちで、ひっそり壊れて行きそうで心配なんだ。
『――うるさい……っ!! あんたに何が分かるって言うの!!』
次の瞬間泣きそうに顔を歪めたマーリーンから、胸元を思い切り突きとばされた。
しかし、マーリーンの細腕では、毎日の鍛錬でそれなりに鍛えている私の体は僅かに揺らいだ程度で、逆にマーリーンの方が、突きとばした反動でそのまま後ろの机に突っ込んで行ってしまった。
『……っマーリーン!? 大丈夫かい!?』
『っ触らないで!! 放っていてよ!!』
『放っておけないよ!! 血が出てる!!』
机に当たって擦りむけたのか、マーリーンの手の甲からは血が滲んでいた。
足にも青い痣が出来ていて、あちこち痛そうだ。
……すぐに治療しないと。
『……ちょ!! 何をするのよ!!』
『すぐ保健室に行こう!!』
『放っておいてくれれば、勝手に一人で行くわよっ、あんたなんかに抱き上げられなくても!! さっさと私を降ろしなさい、馬鹿!! どこまで王子様気取りなのよ。気色悪い!!』
『足にも怪我をしているし、歩くのだってきついだろう? いいから、私に保健室に連れて行かせてよ』
抱き上げてみると、マーリーンの体は驚くほど細くて軽かった。
先ほど突きとばされた時の腕の力といい、何だかとても心配になる。……ちゃんと食べているんだろうか。
そのまま、降ろせと騒ぐマーリーンを宥めながら、保健室の扉を開けた。
『……あれ。先生、いないな。仕方無いから、私が手当てをするよ』
流石に治癒魔法は使えないけれど、剣の稽古とかで怪我には慣れているから、私でも簡単な手当くらいは出来る。
いつの間にか黙り込んでいたマーリーンをベッドの上に降ろすと、棚を漁って治療の道具を探した。
『……あ、あった。あった。良かった。救急箱、ちゃんと置いていてくれて』
『………』
『手を貸してね。……ちょっと染みるかもしれないよ』
マーリーンが拒絶しなかったのでそっと手を取って、擦りむけた所を、消毒液を染みさせたガーゼで優しく拭いた。
次の瞬間、マーリーンの赤い目から、ぽろりと涙が零れ落ちた。
『……っごめん、力が強すぎたかな? 包帯はもう少し優しく……』
自分から進んで怪我を負うようなことをしている私と違って、おしとやかにしている普通の貴族令嬢には、これくらいの痛みでもきつかったのかな……?
そんな見当違いなことを考えていたが、マーリーンの涙は、そんな生理的なものではなかった。
『……なんなのよ、あんた……何で、こんなことをするのよ……何で、私から離れてくれないの……』
ひくりと喉を鳴らすと、マーリーンは顔をくしゃくしゃに歪めた。
『……誰とも深く関わりたくなんて、なかったのに……!! 誰かと関わって傷つくらいなら、一人の方がましだと思っていたのに……!!』
痛みを耐えるかのように細めた眼から次から次に涙が零れ落ちて、マーリーンの白い頬を濡らしていた。
まるで途方に暮れた子どものような、泣き方だった。
自身の持って生まれた色のせいで、両親が長年に渡って仲違いをしていたことは、解決した後もなおマーリーンの心に深い傷跡を残していた。そして、その傷故に、マーリーンは他人と関わることを怖がり、拒絶していたのだった。これ以上、誰かのせいで自分が傷つかないようにするために。
だけど、そんなことを全く知らない当時の私は、突然泣き出したマーリーンにただただ戸惑うばかりだった。
『ど、どうしたんだい? いきなり。……な、泣かないでくれ、マーリーン』
『……あんたのせいよ!!……あんたが、拒絶しても、近づいてくるから!!……関わろうとするのをやめないから!!……』
マーリーンは両手で顔を覆いながら、しゃくりあげた。
『……一人でいるのが淋しいと、私まで思ってしまったじゃない……』




