「偽善者」
実の所私は、本心からそんなことを思っていたわけではなかった。
ただ遅れて入学してきた彼女が、クラスの中で浮いて孤立するのを防ぎたい一心で出た言葉に過ぎなかった。
半年遅れて来た彼女は、きっと今周りに馴染めるかという不安でいっぱいな筈だ。
私が、他の生徒と彼女の橋渡しになってあげなければ。
そんな、一方的な義務感から、私は彼女に近づいて行ったのだった。
『初めまして……えーと、マーリーン? 私の名前はレイリア・フェルド。こんな格好をしているけど、一応性別は女なんだよ。これでも。……同じように短い髪の女性が入ってきてくれて。何だか嬉しいよ。この学園は、そういう自由を許される場所だものね』
『………』
『半年遅れて入学したなら、色々分からなくて戸惑うこともあるだろう? 困ったら何でも私に言ってくれるといいよ。きっと、役に立ってみせるから。……ああ、そうだ。今からもし時間があるなら、私が学園の施設を案内するよ。食堂の使い方とか、ちょっと特殊だからさ』
『……結構よ』
『遠慮しなくて、いいよ。ついでだし』
『……遠慮とかじゃなくて、単純に迷惑なのよ。――偽善者』
歪んだ赤い唇から吐き捨てられた言葉が、一瞬理解出来なかった。
ぎぜんしゃ
偽善者
……え。それ。私のことを言ってるのか?
『孤立している変な髪型の女に声を掛けて、何がしたいの? 恩でも売っているつもり? 言っておくけど、私からすればちっともありがたくないわ。そう言うの。大きなお世話よ。私は、馴れ合いなんて求めてないのだから』
『恩だなんて……私はただ、女の子が一人ぼっちでいるのは、嫌だなって思って……』
『何それ。その格好もだけど、あんた女の癖に王子様にでもなったつもりなの? ばっかみたい』
マーリーンはどこまでも冷ややかな赤い目を私に向けながら、席から立ち上がった。
『あんたの気持ち悪い自己満足に、私を巻き込まないで。勝手に一人で、王子様ごっこをやって悦に浸っていればいいわ』
それだけ言うと、マーリーンはさっさと教室を出て行ってしまった。
私はその背中を、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。
『……何ですか!! あの娘!! せっかくレイ様が話しかけて下さったというのに、あの無礼な態度!!』
『本当、嫌な人ね!! 自分をどれだけ特別だと思っているのよ!! ……レイ様、あんな娘が言ったことなんて気にしないでね』
私の為に憤る女の子達に、慌てて笑みを作って首を横に振る。
『……いや。今回のことは、いきなり距離を詰め過ぎた私の方が問題だったんだよ。彼女は、新しい環境で戸惑っていた筈なのに、余計混乱させちゃったみたいだね。悪いことをしたよ』
『そんなレイ様は悪くないですわ!!』
『レイ様は、あの娘のことを思って親切で!!』
『だけどあの娘にとっては、それが余計なお世話だったから、仕方ないよ。……別のアプローチの仕方を考えて、時間を掛けてゆっくり仲良くならないといけないな』
『……レイ様。あんな風に言われても、まだあの娘に話しかけるおつもりなのですか?』
『うん。やっぱり、一人だけでいるというのはあまり良くないと思うし……それに、あの娘も本心ではきっと、淋しいんだと思うからさ。口ではああ言っているけど』
『レイ様……本当、お優しいですわ』
『優しくなんて、ないさ。……ただ、私がそうしたいだけで』
そう優しくなんて、ないんだ。……私はただ、悔しかっただけなのだから。
その時の私はただ偽善者と言われたことが、悔しくて悲しくて、そんなことがないのだと証明したかっただけだったんだ。本当は。
……その時の私は、愚かにもその事実に気付いてなかったけれど。
その場ではマーリーンの言葉を気にしてないような姿を取り繕って笑っていたけど、寮に戻って一人になった瞬間、私は頭を抱えて泣き崩れた。
【偽善者】
その言葉が、ただひたすらにぐるぐるっと頭の中に回っていた。
『偽善者……なんか、じゃない……私は偽善者なんかじゃ、ないよ……ただ、私は、孤立しているのは良くないと思ったから……私はただ、あの娘の為に……』
悔しかった。
悲しかった。
……そして、どうしようもない程に、恥ずかしくて仕方なかった。
自分の理想を貫く為に、ただの自己満足の為に、マーリーンを利用したという指摘が、けして否定できないことに気がついてしまったから。
そこに、無意識の優越感が滲んでいたことを、知ってしまったから。
違う。違う。違う。
こんなの、私じゃない。
私が理想とする王子様なら、こんなこと考えない。
どこまでも、ただ親切で心が美しい人間じゃなきゃ、いけないのに……!!
そう思って、気付いてしまった醜い自分を、必死に頭から振り払って考えないようにした。
だけどいくら振り払っても、考えないようにしても、一度気付いてしまったその事実を、完全に忘れ去ることは出来なかった。
男装するなんてみっともない、とは何度も陰で言われて来た。
女性らしくすべきだとは、面と向かって何度も言われた。
私が王子様を目指すことを否定する人たちは、今までいくらでもいて、もうすっかり慣れっこになっていた。
だけど、王子様を目指して行った行動自体を否定したのは、マーリーンが初めてで。
マーリーンの言葉は、かつてアルファンスから告げられた否定の言葉と同じくらいの激しさで、私の心を揺さぶったのだった。
七年の間で自分が作りだした「理想」の形が、価値観が、自分が生きる為の指針が、揺らいでいくのが分かった。
それは「理想」をただ追って生きてきた私からすれば、足元が崩れ落ちていくような恐ろしいことであった。
『……マーリーン、か……あの娘と仲良くなることが出来れば、私はちゃんと、理想の私になることが出来るのかな』
偽善者と言われたことが悲しかったから。
偽善者と思われたままでいることが悔しかったから。
偽善者と私を否定する彼女と仲良くなることが出来れば、自分は一層理想の自分に近づけることが出来ると思ったから。
クラスメイトの女の子達に告げたような耳触りが良い理由なんかではなく、全てはただ自分の為だけに……そして、それが自分の為だという自覚すらもないままに、私はマーリーンと友達になる決意をしたのだった。




