破られた約束
目が醒めると光の中にいた。
一瞬、自分は死んで天国に召されたのかと思ってしまったが、目が光に慣れていくうちに、そこが保健室のベッドであることに気が付いた。
「……良かった。レイリアちゃん。目を醒ましたのね」
「……ネルラ、先生……」
ベッドの脇で光魔法を発動していてくれたらしいネルラ先生が、安心したように微笑んだ。
「……私は、一体どれくらい眠っていたんですか」
「二時間、くらいかしら。……最上級の光魔法を使ってもなかなか意識が戻らなかったから、少し心配したけど、目を醒ましてくれて良かったわ」
「あの……私以外に、怪我人は……」
「軽傷を負った生徒はいたけど、貴女ほど酷いけがを負った生徒はいなかったわ。幸いにも……といってはいけないかもしれないけれど。……それにしても、地震で図書室の本棚が倒れるだなんて、災難だったわね。他の棚は全部しっかり固定されていたけど、あそこの棚だけ運悪く固定部分が壊れていたみたいなの。同様の被害がないように今改めて、学園中の棚の確認をしているわ」
運が悪い……本当に、そうだったのだろうか。
本棚の固定部分が壊れていたことも、あの突発的な地震も、全て運が悪かっただけなのだろうか。呪いでもなんでもなく。
「そうだわ。赤い髪のお友達が、ずっと貴女のこと心配していたのよ。目を醒ますまでは、面会謝絶ということで保健室を出ていて貰ったけど、さっき他の先生から、ずっと保健室の前に立っているみたいだって話を聞いたの。ずっと、レイリアちゃんが目を醒ますのを待っていたみたい。……ちょっと呼んでくるわね」
そういって、ネルラ先生は、ベッドの脇のカーテンから出て行った。
ネルラ先生が離れてもなお、優しい色の光は私を包み込むようにして降り注いでいた。まるで光のカーテンの中で、光のシャワーを浴びているかのようだ。
……これが、最上級の光魔法か。すごいな。意識を無くす程の怪我だった筈なのに、全然痛みを感じない。……ああ、でも体はあまり動かせないな。全身が麻痺しているような、そんな感じだ。
私がぼんやりと光を眺めているうちに、再びカーテンが開いた。
「……マーリーン」
ネルラ先生と共に現れたマーリーンの顔色は蒼白で、表情も硬かったが、それでもどこにも怪我はなさそうで、ホッとした。
突きとばした勢いが強かったから、怪我をしていないか心配だったんだ。
思わず口元が緩む。
「君が無事で良かったよ……」
私が安堵の溜め息と共に吐いた言葉に、マーリーンはカッと目を剥いて、その赤い目で私を睨み付けた。
「……何で、私を、助けたりしたの」
「え……」
「レイ。私言ったわよね? 万が一、私の身に何か起こっても、何もするなって。それを守ることが、今日一日傍にいることを許す条件だって言って、あんたそれに承諾したわよね?」
全身を震わせて、怒りを露わにするマーリーンから、私は視線を逸らした。
確かに、言った。
確かに、そう約束はした。
約束はしたけれど……。
「……仕方ないだろう。勝手に、体が動いたのだから」
親友が目の前で大怪我を負いそうになるのを、そのまま黙って見ていることなんて、出来る筈がない。
仕方ないじゃないか。……私が怪我するよりも、マーリーンが怪我する方が嫌なのだから。
「――仕方なくなんてないっ!!」
「っ」
「ちょ、ちょっと貴女、やめてよ!! レイリアちゃんは怪我人なのよ!!」
私の胸倉を掴みかかるマーリーンを、ネルラ先生は必死に止めたが、マーリーンは引かなかった。
「仕方なくなんてないわよ……何で、あんたはそうなの……。いつも、いつも。……私、言ったわよね? あんたに守られたくなんてないって……何で、聞いてくれないのよ!! 何で、約束を破ったりするの!!」
震える声でそう言うマーリーンに、私は何も言えなかった。
マーリーンの赤い瞳が、滲む涙で潤んでいたから。
今のマーリーンが、私の行動のせいでどうしようもない程傷ついているのだと、気付いてしまったから。
「……私、あんたのそういう所、本当大嫌い。――あんたの気持ち悪い自己満足に、私を巻き込まないで」
かつてと同じ言葉を吐き捨てながら、マーリーンは私の首元から手を離して、私から背を向けた。
「待って!! 待ってよ、マーリーン!! ……っ」
「レイリアちゃん!! そこからまだ、出ちゃ駄目よ!!」
駆け去るマーリーンを慌てて追いかけようとしたが、光の外に出た瞬間、全身を襲った激痛に崩れ落ちた。
脂汗を流して床に蹲る私を、ネルラ先生が元のベッドに戻してくれた。
光の中に戻った途端、痛みは嘘のように消え去った。
「まだ、出られないわよ。体の骨のあちこちが折れているのだから。最低でも明日の朝までは、ここにいないと。完全に完治とはいかなくても、明日には歩けるくらいにはなっているはずよ」
「明日の、朝……」
「お友達と話したい気持ちは分かるけど、今は自分の体を治すことに集中なさい。話すのは、いつでもできるでしょう?」
……話すのはいつでも、できる。
本当に、そうなのだろうか。
嫌な胸騒ぎがして、仕方ない。……もう二度と、マーリーンと話せなくなるのではないかというそんな不吉な予感がするんだ。
今すぐにでも、マーリーンを追いかけたい。追いかけて、傷付けたことを謝りたい。
謝って……そして、マーリーンを守りたいのに。どうして私の体は動かないんだ。
唇を噛む私を、同情の籠もった目で見つめながら、ネルラ先生は溜息を吐いた。
「それにしても……お友達のあの態度は、ひどいわね。貴女、あのお友達を庇って怪我を負ったのでしょう? ……感謝こそされても、あんな風に自己満足だなんて言われるようなことじゃないと思うけれど」
ネルラ先生の言葉を聞いた瞬間、私はハッと自分の思考の歪さに気が付いた。
「……いえ、きっと本当に、私の自己満足なんです。彼女が望んでいない行為を、押し通したのですから」
守られたくないと言ったマーリーン。その言葉を無視して守ったことが、マーリーンを傷つけたのに、それでもまだ、守ろうと考えているだなんて。
私は一体マーリーンに、何を謝罪しようとしていたんだ。傷つけた理由も分かっていないまま謝ったって、その謝罪には何の意味もないのに。
「だけど……それでも、守りたかったんだ。……守りたいんだ、マーリーンを」
分からない。
何が正しくて、何が間違っているのか。
私がマーリーンの為にできることは何なのか。
どうすることが、マーリーンにとって一番良いことなのか。
私は一体、何をすべきなのだろうか。
『すごい、髪型ですわね。真っ赤な髪を、あんな男の子みたいに短く刈るだなんて……私にはとても真似できませんわ』
『あんな頭じゃ、恥ずかしくて外に出られないわよね。どうせ、遅れて入ってくるなら、もっと髪が伸びてからにすればいいのに』
ずっと主が不在のまま空いていた教室の端の机に、座る生徒が現れたのは、入学してから半年が経過した頃だった。
貴族令嬢としてはかなり奇抜な髪型で教壇の前に立って、にこりとも笑わないままおざなりな自己紹介を述べて、席についた彼女に対し、好意的な印象を抱いた生徒は少なかった。
『……ふーん。女で髪の毛が短いって、そんなに変かな? 私もずっと短くしているけど、慣れれば結構平気だよ。手入れも楽だし』
『きゃっ、レイ様! 聞いてらしたんですか……』
『同じ短い髪でも、レイ様は別よ!! だって、服装までしっかり男性的なものに統一されていて、とても似合っていて素敵だもの。だけどあの娘は、服装は女子の制服のままで、あんな髪型しているから、ちぐはくで滑稽だわ』
『そうかなあ。斬新で、あれはあれで素敵だと思うのだけど。彼女は、ああやって新しい女性の髪形を、試してみているんじゃないかな。この短い自由な学生期間を使ってさ』




