マーリーンとの約束
マーリーンを、守る。
その為に、私が出来ることは……。
「おはよう。マーリーン」
「――何よ。突然朝から、人の部屋に押しかけて」
どうやら寝起きらしいマーリーンは、まだ整えていない髪を掻きあげなら、扉の隙間から私を睨み付けた。
私は予め準備していたバスケットを突きつけながら、にっこりと笑みを浮かべた。
「たまには、朝ごはん一緒に食べるのもいいかと思って、作ってきたんだ。パンにハムとか挟んだだけだけどさ。……入れてくれる?」
マーリーンは胡乱げな瞳で暫く私を見ていたが、溜息を吐くと扉を開けてくれた。
「……取りあえず、こんな所で立ち話しているのもあれだから、中に入りなさいよ」
薦められるままに、何度か遊びに来たことがあるマーリーンの部屋に足を踏み入れる。
寮だから、部屋の構造自体はマーリーンの部屋も私の部屋とそう変わらない。ただマーリーンの趣味で、所々の家具は元々備え付けになっているものではなく、実家から持ってきたらしいアンティークのものが置かれている。
「……お茶でいいわよね。今入れるから、ソファに座ってなさい」
「あ、マーリーン。大丈夫かい?私がいれようか?」
「失礼ね。私だって、お茶くらい入れられるわよ」
そう言ってマーリーンは、キッチンの奥に消えて行った。
……何だか、さっきからすごい音がしている気がするけど、気のせいじゃないよな。
お茶を入れるのに、どうやればあんな音が……。
今日マーリーンの部屋の清掃担当の人……何か、私のせいで仕事増えたかもしれません。ごめんなさい。
「……で、出来たわよ」
明らかに先程よりぼろぼろな姿で、少し怪しい色の紅茶らしきものが入ったカップを差し出したマーリーンに、私は何も言えないまま、カップを受け取った。
お湯で蒸らす前に、紅茶の葉をわざわざ炒めたのか(しかも炒め過ぎたのか)、お茶は焦げ臭くて苦かったが、わざわざマーリーンが用意してくれたものだから、文句は言わない。
……いや、飲めなくはないんだよ。うん。美味しいかと言われれば、美味しいとはとても言いにくいけど。
私より一拍遅れて紅茶を飲んだマーリーンは、一口飲んだ瞬間顔を顰めると、もう飲む気をなくしたのかそのままカップをソーサーにおいて、私が持ってきたパンに手を伸ばした。
「……あんたが作ったって言うからどんなものかと思ったら、結構美味しいじゃないの」
「良かった。マーリーンの口にあったみたいで。簡単な料理だから、心配していたんだ」
「だけど食堂で食べた方が、ずっと美味しいのは否定できないわね」
「……まあ、それはね。流石にプロには敵わないよ、どこをとっても」
「…………」
そのまま、マーリーンは押し黙ってパンを食べていた。
私もその隣で、私の分のパンと紅茶を口に運んだ。
「…………」
「…………」
「…………で?」
「え?」
「で。あんたは、何が目的で、朝から部屋に押しかけてきたのよ。わざわざ、こんなものまで作って」
ペンを食べ終わるなり飛んできた応えづらい質問に、思わず視線が彷徨った。
「あ……その。だから、ただ。たまにはこういうのもいいかと……」
「…………」
「えと……その……」
全てを見透かすように、真っ直ぐに赤い瞳を向けられ、言葉が出て来なくなる。
……やっぱり、嘘だってばれているよな。これ。
でも、素直に言っても、絶対受け入れてくれないよな。関わるなって、言われているし。
言いよどむ私に、マーリーンは再び大きなため息を吐いた。
「……まあ、あんたが考えそうなことくらい、想像がつくけどね」
「え」
「今の時点では、昨日の豪雨以降は何の不幸も起こっていないし、手の傷だって三本のままよ。……これでいいんでしょう。分かったら、お茶だけ飲んだらさっさと部屋に戻りなさい」
さらりとそう言い放ったマーリーンは再び、自分の分のお茶を口に運び、顔を顰めた。
「……明らかに、これ、失敗ね。飲めないほどじゃないけど。……別に残してもいいわよ」
「そんな。マーリーンが淹れてくれたんだから、全部残さず飲むよ!! ……って、そうじゃなくて」
「………何よ。まだ、何かあるの?」
あるに、決まってる。……だって、今は大丈夫かもしれないけど、まだ今日は始まったばかりだ。
「もしかしたら、これから何か起こるかもしれないじゃないか!! まだ全てが偶然だなんて、わからないよ!! だから、私は今日一日、マーリーンの傍に……っ」
「レイ。――昨日、私が言ったこと、忘れたの? 私の問題に口を出すなって、私昨日言ったわよね?」
冷めた視線と共に、冷ややかな口調で予想していた通りの言葉を告げられ、唇を噛む。
「……口は、出さないさ。……ただ、今日は一日ずっと傍にいるってだけで」
「あんたね……それが本当に通じると思っているの? 口を出すなって言うのは、文字通りの意味じゃなくて、関わるなっていう意味に決まっているでしょう。私は、あんたに私の問題に首を突っ込んで欲しくないの」
「……だけど、それじゃあ、マーリーンのこと守れないじゃないかっ!!」
「だから、私はあんたに守られたくないのよ!!」
「………っ」
マーリーンの言葉が、私の胸に深く深く突き刺さった。
どうして。
どうして、私を拒絶するんだ。マーリーン。
私はただ、マーリーンが、心配で……。
マーリーンを、ただ、守りたいだけなのに……!!
「――どうしても、今日一日私に付き纏うって言うなら、条件があるわ」
「……条、件?」
マーリーンは眉間に皺を寄せたまま頷くと、人差し指を立てた。
「そう。……まず第一に、今日一日何事もなかったら、明日はこんな馬鹿なことをやろうと思わないこと。四六時中あんたに傍に要られるのが二日も続くのなんて、うんざりだもの」
うーん……。取りあえず今日一日何もないなら、大丈夫かな。……呪いが生じる頻度は必ずしも規則的とは限らないからちょっと心配だけど、だいたいは規則的だし。
「……分かったよ。今日一日傍にいて、マーリーンの安全を確かめられたら、そうするよ」
「そして、第二。これが一番重要なのだけど……」
マーリーンは中指も立てて、私の鼻先に二本の指を突きつけた。
「……万が一、私が呪いに掛かっていて、何らかな不幸な目に遭ったとしても、けしてあんたは手を出さないと約束すること」
一瞬、何を言われたのかが分からなかった。
言葉の意味を理解するなり、カッと頭に血が上る。
「それじゃあ、傍にいる意味がないじゃないか!! 私はマーリーンを、守りたいのに!!」
「だから、私はあんたに守られたくなんかないって、言っているでしょう。……私があんたに傍にいることを許すのは、守ってもらいたいからじゃない。ただ今の状況が呪いでも何でもない、ただの悪い偶然だってことをあんたに理解させたいだけよ。私の事は、私で解決するわ」
マーリーン……何で、君はそうも強情なんだ……!!
芯が強くて、自分の意見をしっかり持っているという君の美徳が、今はただひたすら憎いよ!!
「で、どうするの? 約束するの? それとも、私に近づかないでくれるの? ――どっちかを、選びなさい」
けして他の選択肢を許さないマーリーンに頭を抱えながらも、結局は不承不承、何かあっても手を出さないことを約束するしかなかった。




