三つ目の傷
「……っ………」
話は終わりとばかりに強い口調で言い切られて、それ以上の追及を封じられる。
こういう時のマーリーンは、私がいくら問いただしたとしても、絶対に答えてはくれない。
マーリーンは一度決めたことは、簡単には曲げないから。
これ以上の追及は、ただマーリーンを怒らせるだけだ。
分かっている。
分かっている、けど。
「……心配、なんだよ。マーリーンのことが」
「………」
唇を噛む私を、マーリーンは暫くの間無表情で黙り込んで見てから、小さく笑って肩を竦めた。
「……心配することなんて、何もないわ。ただの、手紙よ。ちょっと内容が、あまり愉快じゃないだけの、どこにでもある手紙」
……ほら、やっぱり詳細までは教えてくれなかった。
ねぇ、マーリーン。君にとって、私はそんなに、頼りないのかな?
親友だと思ってくれていると言った君が、寄り掛かることもできない程に。
「そんな情けない顔しないでよ。私があんたを虐めているみたいじゃないの。ほら。自慢の王子様顔が、台無しよ。いつもみたいに、へらへら笑っておきなさい」
マーリーンはそういって、両手で私のほっぺたをつねって、口端が上がるように持ち上げた。
「……いはいほ。まーひーん」
「ふん。変な顔。……でも、まあ、さっきの顔よりはましだわ」
……おかしいな。不幸で落ち込んでいるマーリーンを慰めるつもりだったのに、何で私の方が慰められているんだろう。……何だかとても、色々誤魔化されている気がする。
「さて、と。起こってしまったことは仕方ないわ。滅多にないような自然災害なんて、運が悪かったと諦めるしかない所もあるもの。いつまでも、気にしてなんていられない。豪雨の対策は、お父様達に任せて、私は私の出来ることを頑張るわ」
「……マーリーンが、出来ること?」
「勉強よ。学園の、勉強。学生の本分は勉強だもの。卒業後に我が家に貢献できるように、今のうちにしっかり知識を蓄えておかないと。……それが今、私がベルモッド家の為にできる、最良の行動だわ」
そういってマーリーンは、口端を上げて強く頷いた。
マーリーンの、その姿は明らかに虚勢を張っているように見えたが、敢えてそのことには触れないことにした。
……マーリーンが平気なふりをしたいなら。私も騙されているふりをしておいた方がいいのだろうな。
マーリーンに倣って無理矢理作ろうとした笑顔は、完成する前に視界に入った光景によって、一瞬にして崩れさった。
「……マーリン!! その手……!!」
「手?……っ!?」
私に言われるままに、自身の手に視線を落としたマーリンの顔からも、一瞬にして笑顔が消え去った。
昨日までは、確かに二本しかなかった筈の、右手の傷。
その二本目の先から、一本目の傷の上を十字に通り過ぎるように、もう一つ傷が増えていた。
「……ない……ない……ない……」
その日の昼休みと放課後は、ただひたすら図書館に篭って過ごした。
いつの間にか増えていた傷に対してマーリーンは、動揺を露わにしてはいたものの、それでも私に傷について言及することもまた、許してはくれなかった。
どう考えても、何らかの悪意がマーリーンを襲っているというのに、頑なに私を踏みこませてくれない。隠していることを教えてくれれば、私に出来ることもあるかもしれないのに。
マーリーンが、直接事態に触れることを許してくれないなら、自分で勝手に動くしかない。
そう思って、また図書館に篭って、色々調べていたのだけど。
「……手に傷が浮き出てくるような呪いなんて、どこにもない……!!」
片っ端から、呪術関係の本を読み進めたが、マーリーンの状況に当てはまるようなものは、何もみつからなかった。
そもそも呪術というのは魔法より一段下に見られている間接的な攻撃法であり、高い魔力を持っている人間に対しては効果が薄いのが常だ。魔力自体が、体の害になるものをある程度弾き返す力を持っており、ほとんどの呪いは体に当たった時点で相殺されてしまう。
もともと所有魔力が少ない平民相手ならばともかく、マーリーンのように所有魔力が高い貴族に効くような呪いなんて、ほとんど存在しないし、あったとしても普通の人間にはまず使いこなせない。
呪術は使用者に対する反動も強いから、術者はそれこそ死を覚悟で行わなければならないだろう。自分の命を犠牲にしてもいいと思うくらいまで、マーリーンを憎む人物がいるとは、流石に思えなかった。
「……だけど、マーリーンの状況は、どう考えても呪い以外は考えられないんだよな……」
飼い犬の死と、集中豪雨による経済的打撃。
ここまでだったら偶然の可能性は勿論、強力な水魔法の使い手さえいれば人為的に起こすことだって出来なくはない。
だけどあの不自然な右手の傷が増えていく理由は呪術以外では説明できない。
不幸の前に現れる、身に覚えのない傷。あれは、絶対に偶然なんかではなく、何らかの意図を持って刻まれている筈だ。そうじゃなければ、新たに表れた傷が、一筆で書いたかのように以前の物にぴったり繋がっているわけがない。
「きっと、あの傷は何かの形を作っている筈なんだけど……」
マーリーンの手の傷の形を思い出しながら、ノートにペンで、描いてみる。
出来上がった図形は、交差した先が均等に伸びた左向きの二等辺三角形といったところであろうか。
一体この形が、この先どういう風に変化してくのか、今の時点では全く想像がつかなかった。
ただ一つ、今の時点で想像がつくことは。
「……明日もまた、マーリーンの身に何らかの不幸が起こり、右手の傷が増えるかもしれない……」
原因も、呪いの種類も、分からない。
そもそもが、ただの私の考え過ぎなのかもしれない。
可能性は限りなく低いけれど、全てはただの偶然なのかもしれない。……そうであって、欲しいと思う。
だけどもし、全てが故意に仕組まれていることなのだとしたら。
悪意を持つ人物から、マーリーンが呪われているのだとしたら。
「――私が、マーリーンを守らないと」
明日こそは何としてでも、マーリーンの身に降りかかる不幸を止めて見せる。
これ以上、親友が苦しむ姿を見たくないから。




