表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理想の王子様なんていなかったので、自分で目指すことにしました。  作者: 空飛ぶひよこ
第三章 はりぼての理想

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/184

トラドル地方の豪雨

 

 一つ。

 二つ。

 ……あと、三つ。

 待っていて下さい。もう少しです。

 あと三つ。

 あと三つで、邪魔なあの女を消してあげますから。

 お願いですから、どうか分かって下さい。

 ……全部全部、あなたの為なんです。




「――う……ん……何だか、あまり眠れなかったな」


 良く覚えていないけど、何だか悪夢に魘されていた気がする。

 ちゃんといつもと同じくらいは、睡眠時間を確保していた筈なのに、何だかすごく体がだるい。……やっぱり、昨日のカーミラに対して抱いた、あの禍々しい感覚を引きずっているのだろうか。

 窓から差し込む光を浴びながら、しょぼしょぼしてなかなか開かない目を擦る。


「気分を変える為に、今日の朝食は食堂じゃなくて、自分で用意しようかな」


 寮には、専属のシェフがいる食堂がついていて、舌に超えた貴族の子息を十二分に満足させる食事が朝夕(休日の場合は昼も)提供されるし、食堂に行きたくない生徒は前日にお願いしておけば、自室まで運んで来てくれるサービスもある。

 だから、自分で作る必要なんて全くないのだけど、せっかく部屋にはキッチンも調理器具も完備されているのだからと、時々自分で簡単な料理をするようになった。材料は、寮の中の売店で簡単に手に入れることができる。こんなことは学生のうちじゃないとけして出来ないことだから、今のうちにやれることはやっておきたい。料理だけじゃなく、掃除や洗濯といった一般的な家事も、寮専属の担当者に頼んで、時々自分でやらせて貰っていたりする。

 貴族が家事をやることは、けして美徳じゃない。寧ろ、使用人がやるべき仕事を奪っているという意味では、悪徳とも言えるだろう。

 富めるものは、お金を使うこともまた義務の一つだ。お金はただ貯めこめば腐る。持っている自分は良くても、周辺の経済が停滞することになる。お金を多く持っているものが、より多くお金を使うことで、周囲の人間の雇用は増えて、富が分散し、経済は活発に回って行くのだ。

 使用人の仕事を奪ってまで、どうしても家事をやりたいわけでもないから、実家にいた頃は全て周囲の使用人にやってもらっていた。実際、そうすることが求められていたのだと思う。だが、そうは言っても経験は、やはり宝だ。実際役に立つかはどうであれ、先のことは誰にも分からない以上、どんなことでも、やらないよりは、やっておいた方がいい。それが期間限定でしかできないことなら、猶更だ。

 寮の担当者にとっては、私は数多くの寮生のうちの一人に過ぎず、私一人が時たま自分で家事をやってみるくらいは、何も問題がない。眉を顰めて咎める人間も、いない。……こんな自由な環境は学生の今だけだ。

 私はベッドを整えると、隣接するキッチンに向かった。火の魔石が付いたコンロを起動すると、水の張ったやかんを置いてお湯を沸かす。

 保存用の魔法がかかった棚から、パンとハム、チーズといくつかの野菜を取り出して、ナイフでそれぞれ適当な大きさに切っていく。最初は慣れないあまり何度も手を切って保健室のお世話になったものだけど、流石にこれくらいはもう慣れた。何せ、最初に料理をし始めてもう三年になるだ。

 切った物をパンに挟んでから、もう一度食べやすい大きさにすれば、もう朝食は完成だ。……うん、まあ、料理って言える程大層なものでもないか。

 湧いたお湯でコーヒーを入れて、たっぷりのミルクも入れてカフェオレを作り、パンと一緒にテーブルに運ぶ。

 温かいカフェオレを一口飲んでから、パンを口に運ぶ。……うん。食堂で食べるものより材料も質素で、味付けもハムとチーズの塩気だけだけど、自分で作ったという感慨分が上乗せされて美味しい気がするな。

 再びカフェオレを口につけると、夢見が悪かったせいで朝から張りつめていた神経が、ホッと緩んでいくのが分かった。……やっぱり、食堂に行かなくて正解だったな。生徒がたくさん集まっている食堂じゃ、これほどリラックスは出来ない。

 綺麗にパンを平らげて食器を片づけると、もう一杯カフェオレを入れて脇に置き、玄関口から持ってきた新聞を広げる。

 全寮制学園という箱庭の中に暮らす生徒達にとっては、新聞と家族からの手紙が、学園外の世界を知る一番の手段だ。四年間学園で過ごすうちに。いつの間にか時代に取り残されていた……なんてことがないように、極力新聞は毎日目を通すようにしている。外国や、他寮の状況は勿論、私が知らないフェルド家の領土の問題が書かれていることもあるので、小さな記事も見落としが無いように注意している。

 比較的平和な内容の生地が多い中、一つだけ気になるものを見つけた。


「『トラドル地方に、異例の豪雨。農作物に深刻な被害か』……って、トラドル地方って、マーリーンの実家であるベルモッド家の領土じゃないか……」




「……マーリーン!!」


「……おはよう。レイ。……そんな顔しているってことは、あんたも、新聞見たのね」


 教室で会ったマーリーンの顔は、昨日以上に青白かった。


「豪雨って、大丈夫なのかい!? 地盤が崩れたり、川が氾濫して、災害が発生したりとかは……!!」


「不幸中の幸いで、豪雨があった辺りは、大きな川や崩れやすい山はないからその辺りは今のところ大丈夫みたい……だけど、問題は、作物の方ね」


 マーリーンは、苦々しい表情で眉を寄せた。


「あの辺りは、普段は降水量が少なくて、乾燥に強い植物を中心に栽培している地域だったのよ。こんな豪雨なんて予想出来ていなかったから、対策が不十分だったわ。果実が身割れして売り物にならなかったり、水はけが悪い低い土地が浸水してしまったりして、あちこちで、被害が出ている。……幸い、我が家には還元できる蓄えはあるから、これぐらいの被害では領民が飢えで苦しむことはないけれど、それにしてもベルモッド家にとっては大打撃だわ……。来年の収穫にも影響があるかもしれないし……」


「マーリーン……私、お父様に、ベルモッド家の為に我が家で何かできないか聞いてみるよ」


「ありがとう……でも、いいわ。あんたの気持ちは嬉しいけど、その辺りは政治的な領分だから。専門であるお父様たちに、任せましょう。恩を売るのも買うのも、全部色々考えてから行動しなければ、貴族なんて務まらないもの。私達が口出ししてどうにかできる物でもないわ。今はまだ、ね」


 マーリーンの言葉はもっともで、だからこそ余計自分の無力さに落ち込む。

 ……大貴族フェルド家の令嬢だなんて大層な肩書持っていても、実際に私が出来ることなって、殆どないんだよな。

 親友が困っている時こそ、手助けがしたいのに。


「……それにしても、嫌なことが続くわね。今朝もまた、変な手紙が入っていたし……」


「変な手紙!? それってどんな!?」


 すぐさま飛びついた私に。マーリーンは一瞬失言をしたかのように口を押さえてから、首を横に振った。


「……あんたが気にするようなことではないわ」


「でも!!」


「――これは、私の問題よ。余計な口は出さないで」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ