レイリアの召喚
「……いや、まぁ素直にすごいとは思ったよ。炎龍を召喚したことも、無茶ぶりにも思える炎龍の言葉に適切な対応をしたことも」
「ふん。そうだろう。そうだろう。だが、俺にとってはあんなの、想定内の出来事だ。何せ、俺は炎属性のAランク以上の召喚獣について、事前に調べ尽くしていたのだからな!!」
うん。アルファンス。得意げにふんぞり返って、話しているけど……私、さっきも君が他の人に同じ言葉言ってたの、ちゃんと聞いてたよ?別に、ニ回も言わなくても既にその情報知ってるよ?
「元々、召喚の適性に関しては俺の方がお前より上だ。備わった高い才能に加えて、努力も重ねた俺に、今回ばかりはいくらお前でも敵う筈がない!! 召喚後のお前が悔しがる姿、楽しみにしているからな!!」
……いや、そもそも私は、別にアルファンスに負けても悔しくないんだけど。
自分が、アルファンスほど召喚適性がないことを知っているし。
別に、高位ランクの召喚獣で無かったとしても、守護を応じて貰えればいいと思っているし。
「それじゃあ、レイリア。また後でな」
だが、アルファンスはそんな私の内心の声を聞くこともないまま、そのまま行ってしまった。
根が真面目なアルファンスは、今後の参考の為に、より魔法陣に近い所で他の生徒の召喚の様子を眺めたいようだ。
……全く、炎龍と守護契約を結んだまでは王子様らし……くはないかもしれないけれど、ちゃんと王族らしくて、格好良かったのに、私に突っ掛ったせいで色々台無しじゃないか。
「……そもそも、君は私のことを買い被りすぎなんだよ」
この十年間。何かとアルファンスが私に対抗意識を燃やす度、その殆どで私が勝利していたのは事実だ。
だけど、純粋に私が圧勝していたのは昔の話で、最近は寧ろ実力だけで言うならアルファンスが優勢であることの方が多いのだ。……先日のテストのように、変な所でアルファンスがドジを踏んで失敗するだけで。
正直に言えば私は、アルファンスより高位の召喚獣を呼び出せる自信もなければ、それを御せる自信もない。
私も王族の血を引く高位貴族なだけはあって、生れつき高い魔力を有しているが、私の属性適性はそれほど高くはない。いくつかの属性に跨って平均的に適性が見られる為、どの属性の召喚獣が現れるかすら予想できないくらいだ。器用貧乏な体質なのだ。
召喚獣は、自分と同じ属性の適性が高い人間を好む。炎龍からさえも「火の愛し子」と呼ばれる程火の属性適性が高いアルファンスと、広く浅い適性しか持たない私を比べること自体が間違っている。
それなのに、アルファンスは私が自分と対等の立場にいると信じて疑わない。
召喚を成功させるのは勿論、守護を受ける召喚獣ですらある程度高位なものであって当たり前だと思っている。
「全く君の信頼……というのかな? こういうのも……君の全面的信頼が重いよ。アルファンス」
その後は、特に問題なく召喚が続けられた。
ヴィッカ先生の言った通り、現れた召喚獣たちは対価を求めることなどはせず(そもそも殆どがCランク以下のもので、人語を話すことができる高位の召喚獣も現れなかった)、ただ生徒の守護を受けるか否かをその態度で示すだけだった。守護を断った召喚獣も特に気分を害した様子もないまま、大人しく魔法陣の中に消えていくだけで、特に危険なことはなかった。
一匹だけ、不用意にその体に触れた生徒に牙を剥いて攻撃を仕掛けようとしたサラマンダーがいたが、すぐにヴィッカ先生によって魔法陣の元に送られ、大事にはならなかった。
守護契約が成功したものの中には、守護獣が魔法陣の中に戻ることを希望せずに、契約を結んだ生徒の元に留まるものもいた。
その場合は、学園から支給される特殊な魔具をつければ、学園内で共に過ごすことが許可されている。
スライムを肩に乗せて嬉しそうに微笑んでたり、小さな妖精と戯れている生徒が、ちょっと羨ましい。……高位ランクでなくてもいいから、私もできれば元々小さいか、魔具による小型化に応じてくれて、いつも一緒にいてくれる守護獣と契約できるといいな。ケットシーとかさ。
「レイリア。次はお前の番だ。前に出ろ」
「はい」
ヴィッカ先生の言葉で前に出ると、女の子達からきゃあと嬉しそうな声が上がった。
私は声をあげてくれた女の子の方にウインクを送って手を振ってから、魔法陣の前に立った。
「レイリア。お前は呪文は?」
「覚えてます。……さすがに、召喚獣を予想して対策までは立てていませんが」
「呪文を覚えてているだけで、十分だ。……全く、最近の若い奴らは召喚呪文一つ暗唱できないのか。アルファンス以外で、紙を読まずに召喚を成功させた奴が一人もいないとは……」
ヴィッカ先生のぼやきに思わず苦笑いが浮かぶ。
……古代文字は複雑で、しかも発音まで注意する必要があるから、完璧に暗唱できない生徒が多くても仕方ないんじゃないかな。最近の若い奴らと言ってるけど、私としては多分今も昔も、その辺りはあんまり変わってない気がするな。まぁ、でもこれは年長者の常套句だからね。仕方無いか。
私は魔法陣に視線をやると、一度大きく深呼吸をしてから、召喚呪文を唱えだした。
事前に何度も練習した呪文は、問題なく舌に馴染み、容易に紡ぎだされていく。
自室で練習していた時は特に何の変化も感じられなかったが、いざ魔法陣の前で唱えてみると、体の中から何か熱のようなものが溢れ出て来るのが分かった。
目に見えない熱は、そのまま魔法陣の中に向かって引っ張られていき、体内から何かがずるりと抜け出すような奇妙な感覚を感じた。
魔法陣が光を帯びる。光の色は茶色がかっていた。
光の色は現れる召喚獣の属性を表す。赤は火。青は水。風は緑。光は透明で、闇は黒。
そして、茶は、地属性の色だ。
空間が割れる音と共に光が止んだ時、魔法陣の上に立っていたのは、額に角を持つ一頭の美しい白馬だった。
「ユニコーン……」
ユニコーンは、地属性のAランクの召喚獣だ。
額に角を持ち、敵をその鋭い角で突き刺して攻撃をする、荒々しい気質の一角獣。人を嫌い、滅多に人前には現れない為、ある意味ではドラゴンよりも稀少な種族だ。
人に懐かないと言われている召喚獣は、噂で聞く荒々しさは微塵も感じさせずに、ただ穏やかな目で私を見つめていた。
「……やあ。初めまして。君が召喚に応じてくれて、私はとても嬉しいよ。ありがとう」
緊張で乾く唇を舐めて笑みを見せると、ユニコーンはそれに応じるように静かに鳴いた。
ドラゴンと違って人の言葉を発さないユニコーンの真意は分からないが、どうやら気分を害している様子はないようだ。
それに少し安堵して、その距離を詰める。
「綺麗な鬣をしているね……その鬣に触れてみたいと言ったら、怒るかい?」
先ほどのサラマンダーの時の失敗がないように尋ねると、ユニコーンは再び鳴いて撫でやすいように頭を下げてくれた。
……これは、いいってことだよな?
そっと指先で鬣に触れると、普通の馬とは違ってまるで絹糸のような柔らかい感触がした。
最初は遠慮がちに撫でていたが、ユニコーンは怒るどころか、もっと撫でろというように頭を押し付けてくるので、段々撫でる手が大胆になってくる。
「指ざわりがいい、本当に綺麗な鬣だ……いや、鬣だけじゃない。君は、角も毛皮も、全て雪のように真っ白で、息を飲む程美しいな」
お世辞ではなく、本心からの言葉だった。
貴族の嗜みとして乗馬も定期的に行っていたし、馬と接する機会は多かったが、それでもこれほど美しい馬を今まで見たことがない。
思わずほおっと溜息が出た。
「……こんなに美しい君が、私の守護獣になってくれれば、これほど幸福なこともないんだけどな」