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アルファンスの召喚

 事前にヴィッカ先生によって作製された魔方陣は、古代文字と幾何学模様が複雑に組み合わされた精密なものだ。

  指先の分だけ位置が変わっても召喚が狂うと言われているそれを、自分で作製したがるアルファンスの気持ちが理解できない。……変なところで凝り症と言うか。負けず嫌いと言うか。

 アルファンスは魔方陣を一度睨みつけるように見据えてから、そっと目を伏せて召喚呪文を暗唱しはじめた。

 アルファンスの耳通りの良い声によって朗々と紡がれた呪文は、古代言語が用いられていることもあってまるで外国の民謡か何かのような美しい響きをもって室内を反響した。

 やがて、魔方陣は徐々に赤い光を放つようになり、その強さを増していく。

 目も眩むような眩しさに思わず目を瞑った瞬間、教室内に響き渡る何かが割れるような音。………恐らく亜空間の入り口が開いた音だ。

 光が治まって目を開いた瞬間、魔方陣の上にいたのは。


「炎龍………」  


 炎龍。火属性の中で最高ランクに属する、神獣とさえも言われているドラゴン。

 魔方陣にかけられた制約により、実物より小型化されている筈のその姿は、それでも人を背に乗せて運搬する下級龍よりもずっと大きかった。

 炎龍は赤い鱗を煌めかせながら翼を下ろし、その鋭い足の爪を床につけた。


【我を召喚したのは、お前か。火の愛し子よ】  


  直接脳に響くような荘厳な声が辺りに響く。それは明らかに、炎龍から発せられたものだった。


「……ああ。俺だ。」


  誰もが炎龍の威圧感にたじろく中、アルファンスだけは平静だった。


「炎を支配する偉大なるドラゴンよ。俺の召喚に応じてくれたこと、心より礼を言う。だが感謝はしても、お前に頭を垂れない無礼を許してほしい」   


 ………て、ちょ、アルファンス。

 ヴィッカ先生の話を聞いていなかったのか?高位召喚獣を怒らせるようなことはしていけないから丁重に対応しろと言ってたのに……!!


 しかし、私の(と言うか恐らく教室中のほとんどのものの)心配とは裏腹に、炎龍は気分を害する様子も見せることなく目を細めた。


【ほう……それは一体何故だ?】


「俺は、王族だ。簡単に頭を下げるものではないと、そう教えられて来た。それに……」


 アルファンスは炎龍相手でも少しも動じることなく、炎龍の金色の瞳を真っ直ぐ目据えながら口元に笑みを浮かべた。


「それにお前も。ただ召喚に応じただけで大袈裟な感謝を露わにするような小物を、守護したいとは思わないだろう?」


【随分と威勢が良いことだな。……ならば、問おう】


 炎龍は威嚇するように焔を思わせる真っ赤な羽を広げながら、アルファンスに鋭い目を向ける。


【対価は、あるのか。火の愛し子よ。我がお前を、その命が尽きるまで守護する労力にふさわしい対価は】


 対価?

 守護獣の召喚で、そんなものを求められるなんて、聞いたことがない。

 普通は、呼び出された召喚獣が、守護を応じるか拒絶するか、ただそれだけだった筈だ。そもそも、人語を発するほとが出来る能力を持つ召喚獣も、人語も話せない召喚獣の言葉を聞き取れる特殊な「耳」を持った人間も、滅多にいない。

 だから、こんな風に会話ができること自体、まずありえないのだ。


「――ある」


 ざわつく生徒達の声を断ち切るように、アルファンスは即答した。


【ほう……お前は我に何を寄越すというんだ? 金か? 宝石か?】


「栄誉と、名声を」


【そんなものが、龍である我に必要だと思うのか?】


「ああ。そこらの金や宝石より、よほど。――何故ならお前は、獣よりも寧ろ神に近い生き物だから」


 アルファンスは、一層笑みを深めた。その表情には微塵の不安も躊躇いも伺えなかった。


「人の祈りや、信心が神の力になるように、お前のような高位のドラゴンもまた向けられる畏怖や敬意の感情が力になるのだと、本で読んだ。だからこそ、ドラゴンは種として強者でありながら、積極的に人と関わろうとするのだと。……間違っているか?」


 初めて聞く知識だった。

 魔法生物学の本にだって、そんなこと載ってなかった筈だ。

【ドラゴンは誇りが高く滅多に人に従おうとはしないが、稀に気まぐれで手を貸すこともある】

 私が知っているのは、ただそれだけだった。

 アルファンスは一体どこで、そんな知識を得たのだろうか?


【いや。あっている……成程。我のことを、ある程度は理解しているようだな】


 炎龍はどこか満足げな表情で頷きながら、言葉を続けた。


【だが、お前がそれを我に与えてくれる保証が一体どこにある? お前を守護することが、我の名をあげる保証は?】


「それは、俺を信じてくれとしか言いようがない。……だが、俺は。アルファンス・シュデルゼンは、この名にかけて誓おう。お前が俺と守護の契約を結んだことを、けして後悔をさせないことを」


【ふん。大した自信だな。――気に入った】


 ドラゴンの金の瞳が眩い光を発したと同時に、アルファンスの腕に同じ金の光を放つ、不思議な文様が浮かび上がった。

 それと同時に、ドラゴンの額にもまた同じ文様が浮かび上がる。


【守護の契約を結んでやろう。条件付の契約を。お前が我に手助けを求める時はいつでも呼ぶがいい。召喚には、必ず応じよう。だが、助けるかどうかは我の意志次第だ。また、我がお前を、守護する相手に相応しくないと判断した時点で、契約は勝手に断ち切らせて貰う。――それでも良いか? 火の愛し子、否、アルファンスよ】


「ああ――偉大なる炎龍よ。感謝する」


【ディールだ。ディールと呼べ】


「分かった。ディール……宜しく頼む」


【ふん……ゆめゆめ我を幻滅させることがないようにな】


 それだけ口にすると、ドラゴンは再び召喚の時と同じ赤い光に包まれて魔法陣の中に消えて行った。

 光が止んだ瞬間、そこにいたのは、腕に召喚の証である特殊な模様を纏ったアルファンスのみ。

 一瞬の沈黙の後、辺りからは盛大な歓声があがった。


「すごい、アルファンス王子!! Sランクの炎龍の守護を得るだなんて!!」


「あんな風に対価を命じられることがあるなんて……俺だったら、すぐに怒らせて終わりだったな」


「流石、王族ですわね!! 炎龍の前でも動じない、あの態度、素敵でしたわ」


 そんな周りの賞賛に、アルファンスは「大したことではない」と、クールに髪を掻きあげた。

 ……こういう時はちゃんと王子様……ぽくはないけれど、王族らしく見えるんだけどなぁ。


「おい。お前達。まだ一人目の召喚しか終わってないんだ。あまりそう騒ぐな」


 興奮を隠せないでいる、生徒達をヴィッカ先生が制する。


「それから、変な勘違いしないように。S級の炎龍のように守護の対価を求めて来るような召喚獣はまずいないし、万が一求められたとしても、安易にアルファンスの真似はするな。怒らせて終わるだけだ」


「だけど、ヴィッカ先生、アルファンス王子は……」


「『知っていて』ああ言った態度を取るのと、『知らずに』形だけアルファンスの真似をするのとは、全く話が違う。形だけ真似ても、高位召喚獣はお見通しだからな……なあ、そうだろう? アルファンス」


「……ええ。俺は、ちゃんと事前に炎龍の性質を調べ上げて、シミュレーションしていましたから」


「炎龍だけか? 調べた資料は?」


「Aランク以上の火属性の召喚獣は全て調べて、シミュレーションしていました。教科書や図書館資料だけでは足りないので、関連の著書を実家からも送らせました。王族にとって守護獣との契約は、他の貴族以上に大事なことですから」


 アルファンスの言葉に、さっき以上に生徒達はざわめいた。

 火属性のAランク以上の召喚獣だけで、何十種もいる。

 それを全て調べて、召喚のシミュレーションを行うことが一体どれほど大変か。

 アルファンスはあっさり口にしているが、並大抵の労力じゃない。


「分かっただろう? お前らと、アルファンスの事前の準備の違いを。準備がないのなら、下手な小細工なぞせずに、丁寧な対応をして誠心誠意お願いをしておけ。それで応じるものは応じるし、無理なものは無理だ。召喚を行うのは何も今回だけではない。けして無理だけはしないように……理解したら、次はエルマー。お前の番だ。早く前に出ろ」


「は、はい」


 次の召喚が始められたことにより、皆の視線は再び魔法陣の方へと向いた。

 ただ、私だけは、ひどく勝ち誇った笑みを浮かべてこっちに近づいてくるアルファンスを見ていた。


「ふん。見たか、レイリア。Sランクだぞ。Sランク。同ランクはあっても、負けることはありえない。守護獣に関しては、俺の勝利が確定したも同然だな!!」


 ……おーい。さっき君、大したことではないとか、謙遜してなかったかい?




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