決着
「……だけど、お前がこんなに早く精神汚染が解けるなら、闇蛇はもう不要だな。同じことを二度繰り返しても、さして効果はないだろう」
そう言ってザイードは一匹だけ残っていた闇蛇を消失させた。
そして、闇蛇が消えた瞬間、ザイードの背後から煙のように膨れあがった闇が、猛スピードで私の頭上を通り越して流れて行った。
「――代わりに、拘束魔法でお前の守護獣を縛るとしよう」
「っフェニ!!」
振り返った先では、闇の煙に包まれて拘束されたフェニが、必死暴れていた。
しかしフェニがいくら暴れようと、闇の煙は解けることなく、増々その体を覆い隠すように膨張していく。
「……心配するな。レイリア。あれは、あくまでお前の守護獣の動きを奪うだけで、その身を傷つけることはない。その精神に浸食することもない。ただ、少しの間だけ邪魔に入らないようにしておくだけだ」
静かな声でそう言い放つと、ザイードは改めて大剣を構え直した。
「さあ、決着をつけるぞ。レイリア。……俺の魔力は今、お前の守護獣を拘束することだけに注いでいる。俺は、これ以上に他の魔法を展開する気はない。別にお前は別に、先ほどのように魔法を展開しても構わないがな」
「……そんなことをわざわざ宣言して、一体どういうつもりなんだい。ザイード」
「どういうつもりも、何もない。そのままの意味だ」
ザイードは黒い目で真っ直ぐに私を見据えながら、不敵な表情で口端を上げた。
「――お前が一番得意としている剣で、決着をつけようと、そう言っているんだ。俺がお前以上に強いのだということを、より確実に示す為に」
「……っ、私も舐められてものだね」
「けして舐めてはいないぞ。もし、本当に俺がお前を侮っているなら、最初から闇蛇なんて使わないし、今だって守護獣を拘束したりはしない。……ただどうせ勝利するなら、最後はより一対一の力関係が証明しやすい方法でと思っただけだ」
苛立ちを隠せない私とは対照的に、ザイードはあくまで冷静だった。
向けられる目の奥には、静かな闘志は燃えていたが、それはけしてその身まで焦がす程大きく燃え上がるものではなかった。
……その事実が、少し苦い。
「レイリア。お前は、強い。貴族の令嬢として生まれて、お前ほどの高い戦闘能力を持つ女はそうそういないだろう。そんなお前に、俺は敬意すら抱いている。……だけど、お前じゃ俺には勝てない。少なくとも今の俺には」
ザイードの黒い瞳が、ほんの一瞬ヘルハウンドと同じ赤に染まって光った。
「さあ、来い。レイリア。お前の全力の力で、俺に掛かって来い。……言っただろう? 全力で挑みかかるお前を打ち倒して決勝に進んでこそ、俺の心からの望みは叶うと」
……ああ、やっぱり。
ザイード。君が見ていたのは。
君が、倒したいと心から望んでいたのは。
「……最初から前哨戦扱いだったなんて、流石に面白くないなあ」
私は口元を引きつらせて無理矢理笑みを作りながら、剣を構えた。
うん……少し。否、結構。
結構、これ傷つくというか、腹立たしいね。
……ははは。私って、自分が思っていた以上にプライドが高いんだな。また、認めたくない自分を一つ発見してしまったよ。
もう、そんな自分を否定はしないけど。
「じゃあ、君の願い通り、全力で行かせて貰うよ。……腕力の差の分、少し魔法で補助させてもらったうえでね」
恐らく、勝負は小細工なしの一太刀で決まる。
その場合、腕力が勝敗の決め手になる可能性は、大いに高い。
……ザイードと私の腕力を比べた場合じゃ、どう考えても私の方が不利だ。
ザイード自身の許可も出たわけだし、純粋に剣の腕で勝負を競う結果でないことに思うところがないわけでもないが、魔法も利用させて貰うことにしよう。
それくらいさせてもらわなきゃ、前哨戦扱いされていたことを受け入れられないから。
私は自身の剣に、風属性の補助魔法を掛けた。
風の効果によって攻撃力が増したこの剣なら、ザイードの腕力にも負けない筈だ。
私は大きく深呼吸をしてから心を落ち着かせてから、ゆっくりと剣を構えた。
「――それじゃあ、行くよ……っ!!」
咆哮と共に剣を振りかぶると、ザイードに向かってそのまま大きく足を踏みだした。
同時に、ザイードもまた剣を高く掲げて、私に向かって振り落とす。
互いの剣と剣がぶつかり、今までよりも一層大きな金属音が辺りに響き渡った。
一瞬の沈黙が、その場を支配する。
「……っ!!」
……衝撃に耐えきれずに折れたのは、私の剣の方だった。
防いだ筈の剣が折れたことで、遮る物が無くなったザイードの大剣は、そのまま私の胴の辺りを切りつける。
予め施していた防御膜と、武具のおかげで強い痛みは無かったが、大剣がぶつかった激しい衝撃で私の体は地面へ投げ出された。
そのまま激しく地面に叩きつけられる筈だった私の体は、地面に着く前に何か柔らかいもので包まれた。
……それが、先ほどまでフェニを拘束していた黒い煙だと気が付くのに、少し時間が掛かった。
「――俺の勝ちだな。レイリア」
クッション代わりになってくれた煙が徐々に消えていき、そのままゆっくりと地面に横たわった私の喉元に、ザイードはそっと大剣の先を当てた。
「……ああ。そうだね。君の勝ちだ」
剣に補助魔法を施してもなお、揺らぐことがなかった敗北を前に、ただそう口にすることしかできなかった。
「――勝者、ザイード・レパーディア!! 決勝、進出」
審判の先生による高らかな宣告と共に、湧き上がる歓声。
負けたのだという事実を、改めて突きつけられる。
私は、ザイードと全力で戦った。
ヘルハウンドの問題を頭から切り離して、雑念を捨てて全力で戦って……そして、負けた。
負けたんだ。
「レイリア。……掴まれ」
敗北の余韻に浸る私に、ザイードは近づいて来て手を差し伸べてくれた。
「……ああ。ありがとう」
好意に甘えて、ザイードの手を借りてその場から立ち上がる。
ザイードはそんな私を、いつもの表情が分かりにくい顔でじっと眺めていた。
「……いい、試合だった。レイリア。やっぱり、お前の剣筋はなかなか見事だ」
「……これも、ありがとうと言うべきかな。負けた相手から、褒められるのは、複雑だ」
「全力で俺との試合に挑んでくれたことに、感謝する。お前のおかげで、俺は変な雑念を抱くことなく、望みを果たすことが出来る」
そう言ったザイードの目は、炎のように赤く染まっていた。
「ただ、アルファンスを倒すことだけに、集中できる……!!」
表情は変わらないが、それでもザイードの目の奥では激しい闘志が燃え上がっているのが分かった。
その身さえ焼き尽くす程の、全てを飲み込んでしまう程の、灼熱の炎が。
「……ザイード。やっぱり、あの時君が見ていたのは、アルファンスなのか。君が、その身を滅ぼすことになったとしても、倒したいと切望しているのは」
呟いた私の言葉を肯定するように、いつのまにか傍らにいたヘルハウンドが、低く吼えた。




