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闇を受け入れる

『私は間違ってない……私は間違ってないし、頑張ってるじゃない……他の人の為に……一生懸命、周りの人のこと考えているじゃない……』


 もう一人の私は、とうとうベソまで掻き出した。


『だから、私のこと、否定しないでよぉっ……!! 認めてよぉ……!!』


 泣き喚きながら発せられた情けな過ぎるその言葉は、知らなかった……目を背けて知らないふりをし続けた、私の心の声で。

 格好悪いから。利己的過ぎるから。理想に外れるから。

 そう言った理由から、なかったものとして心の片隅に追いやり続けた私の本心で。


 否定しないで。

 理解して。

 受け入れて。

 共感して。

 ……出来ることなら、賞賛して。

 素敵だって。理想の王子様そのものだって、お願いだからみんな言って。


 そんな我が儘で子どもじみた想いを、何度打ち消してきたことだろう。

 全ての人に認められたいと思う、現実ではけして叶うことがない願いは、誰かに否定される度に何度も胸に湧き上がり、その度無理矢理心の奥底に沈めてきた。


 だって、違う。

 こんなの、私が夢見た王子様じゃない。

 私の理想の王子様は、こんな風に浅ましく見返りを求めたりしない。

 私利私欲を捨てて、いつも我が身を顧みずに誰かの為に動いて、賞賛を求めないのが絵本の中の王子様だった。

 そんな風に、なりたいのに。

 誰かの声なんか関係なく、自身の信念を貫けるような高潔な人間になりたかったのに。


 だけど、私には確固たる信念なんかなくて。

 私が持っているのは、ただ漠然とした理想だけで。

 その理想を明確にする為には、自分以外の人間の肯定の言葉が必要で。

 他の人たちに肯定してもらわなければ、自分自身を肯定することすら出来なくて。


 ――ああ。情けない。

 認めて欲しいと泣き喚く、私の姿はなんて滑稽で格好悪いんだ。

 理想を追い求める姿が、理想からほど遠いなんて、何という皮肉な話だろう。

 こんな自分、消してしまいたい。……いっそ、殺してしまいたいとさえ、思う。


 だけど。


 それでも。


「……それでも君は、私自身なんだよな。確かに」


 気が付けば私は、泣き喚くもう一人の私を、抱きしめていた。


「ねぇ、もう一人の私。君が一番否定されたくないのは、認めて欲しいと思っているのは……他の誰でもなくて、もしかして私自身なのかい?」


 認めたくない、直視したくない自分自身の側面。

 だけどこのまま見ないふりして押しこめていたままだったら、きっと駄目なんだ。

 無理矢理心の奥底に押しこめても、年月が経つうちに蓄積して、膿んでしまうから。

 気付かないうちに、それはきっと私を歪めてしまうから。

 そうやって歪んだ結果、今目の前のもう一人の私は泣いているんだろう。


「ごめんね……。ずっと、目を背けて来て。……私はちゃんと、君と真正面から向き合うべきだったね」


 腕の中の私は、目に涙を溜めたまま、きょとんとした表情で私を見ていた。

 私は指先で、そっとその眼の涙を拭き取った。

 腕の中のこの子は私自身だけど……それでも、女の子だ。私だって、女の子だ。

 女の子は、泣かしちゃいけない。


「君は、私だよ。否定されたくないと、自分のしたことを認めて欲しいと子どものように喚く私も、ちゃんと私自身だ。私はずっと心の底で、人の評価を必死に求めて来たし、これからだって求め続けるだろう」


『…………』


「他人の評価を求める気持ちは止められない……だけど、私はいつか、人の評価ではなくて、自分自身で自分を認められるように、なりたい。自分を認められるような信念を持って、生きられるようになりたいと思う」


 自分で自分を認めることも。信念を持つことも。

 どうやったら出来るようになるのか、正直さっぱり分からない。

 きっと誰に聞いても、やり方なんて教えてはくれないだろう。

 自分自身で、見つけ出していくしかできないんだ。

 分からないけれど、ただ一つ言えるのは。


「――その為には、まず君を認めて受け入れることが必要だと思うんだ。大嫌いで理想とはほど遠い君が、私自身だと認めて初めて私は前に進める気がするんだ」


 私の言葉にもう一人の私は目を大きく見開いて……そして、嬉しそうに笑った。


 それは、私自身の笑みである筈なのに、とてもそうだとは信じられないくらい、綺麗な笑みだった。


「……っ!!」


 次の瞬間、もう一人の私は眩いばかりの光に変わって、闇の中を照らし出した。

 光は真っ直ぐに私に向かって降り注ぎ、眩しさのあまり目が開けられなくなる。

 ふわりと、体が浮かびあがったような感覚と共に、周囲が明るくなっていく。

 景色が、音が、戻っていく。


 再び聞こえてくる、観客のざわめき。


 遠くから赤い目を光らせて、こちらを見つめるヘルハウンドの姿。


 そして――視界の中を突如迫り来る、大剣。


「っ!?」


 殆ど反射だけで、体が動いた。

 咄嗟に大剣の方に繰り出した剣が、ちょうど大剣の中心部を捉え、きんと高い音が鳴り響いた。衝撃にそのまま剣ごと弾かれそうになるのを、足に力を入れてその場に踏ん張って耐え、何とか攻撃を防ぐことが出来た。

 まさに、間一髪だった。


「……なんだ。レイリア。もう闇蛇の精神汚染が解けたのか」


 大剣を繰り出した相手は、勿論ザイードだ。ザイードはあっさりと大剣を引くと、一歩後ろに下がって距離を取った。


「やはり、魔法耐性がある武具を通ったうえでは、効果が薄いな。それにしたって、随分と解けるのが早い。あと数刻くらいは、残るかと思っていたのに」


「……まあ、何とか戻って来られたよ。少し、きついものがあったけどね」


 苦笑と共に告げた私の言葉に、ザイードは喉を鳴らして小さく笑った。


「闇蛇はなかなか嫌な魔法だろう? 見たくない自分の姿を見せつけられる」


 ザイードの言葉に、先ほど闇の中で見た、もう一人の私の姿を思い出す。

 認められたいと泣き喚く、幼稚で滑稽な、私の心の一部を。


「……そうでもないさ」


「……?」


「目を背け続けていた自分と向き合うというのも、悪くないよ。永年貯めに貯めたツケを完済したような晴れ晴れしい気分だ」


 強がりではなく、本心から出た言葉だった。

 この胸の中に、あのもう一人の認めたくない私が存在している。

 それを受け入れることで、見えてくることもある。

 だけどザイードは、私の言葉に、兜で半分隠れた顔を不可解そうに歪めた。


「……お前は、変な奴だな。闇蛇の精神汚染を受けて、そんな風に言った奴は初めてだ」


「そうかい? ……それより、ザイード。君こそ随分、土から出て来るのが早いじゃないか。私が精神汚染にかかっていた時間を差し引いても、もう少し時間が掛かるものかと思っていたのだけど」


 闇蛇の攻撃を受けてから、現実時間ではそう経っていない筈だ。せいぜい長くても5分程度といったところか。

 その間に、完全に土に塗れていたザイードが脱出するには、少し手際が良すぎるようにも思える。抜け出しづらいように、しっかり土に水を撒いておいたのに。


「……闇蛇二匹を潰して、咄嗟に結界魔法を展開したからな。闇蛇のように精神操作に特化したものでなければ、闇魔法でも物理攻撃は可能だ。結界魔法を強化して、そのまま内側から土を崩していったわけだ。……それでも少し手間取ったがな」


「なるほど……道理で君が土で汚れてないわけだ」


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