上級魔法が使えないなら、頭を使いましょう
もし自分が勝ったら、どうしようか?
何て、奢った考えをしていたのだ。私は。
そんな余計な心配なんてしなくても、ザイードは強い。……今も、昔も。
私自身はアルファンスほどザイードと試合が当たったことはなかったけれど、それでも毎年大会に出ているから何度かは剣を交えている。私はザイードとの勝負で簡単に勝てたことなんて今まで一度もなかった。勝っても、負けても、ザイードとの対戦はいつだって、どちらが勝っていてもおかしくないぎりぎりの勝負だった。……そんな勝負が、楽しかった。
ああ、そうだ。私も、アルファンス同様、ザイードとの戦いが、とても楽しかったんだ。
……違うな。楽しかった、じゃない。
過去形じゃない。
――今だって、楽しい。
以前よりももっと強くなったザイードと闘うのが、楽しくて仕方ない。
気が付けば、私は兜の奥で笑っていた。
「……迷いは、消えたようだな。レイリア」
「ああ、お蔭様で……ねっ!」
再び向かって来たザイードの剣を弾きながら、向かってきた闇蛇を風魔法で蹴散らせた。
金属と金属がぶつかり合う高い音に、自然と胸が高揚した。
「色々迷って、変な気を回していたけど、今は全てを忘れて君との勝負を楽しむことにしたよ……!! だって、多分、これが君と剣を交わす最後の機会だもんな……!! 集中しなければ、勿体ない……!!」
私が勝てば、ザイードがヘルハウンドに主として認められない確率は高くなるかもしれない。
だけど、私が全力を出し切ることなく負けた場合だって、必ずしも安全とは言えないのだ。
アルファンスが言っていたように、手を抜かれたと激高したザイードが自身の闇属性に侵されて暴走することだってありうる。
結局全ては可能性の話で、いざ結果が出てくるまでは、ザイードが、そしてヘルハウンドがどう動くかは分からないのだ。
だったら、取りあえずヘルハウンドのことは結果が出てから考えることにして、今はただ目の前の学生時代最後の試合を楽しむことにしよう。
きっとそれこそが、ザイード自身の望みでもある筈だから。
「それでいい。レイリア。……迷いがある剣を奮うお前を倒した所で、意味はない」
ザイードは満足気に目を細めると、再び剣と同時に闇蛇を私に向かわせた。
「全力で挑みかかるお前を打ち倒して決勝に進んでこそ、俺の心からの望みは叶うのだから……!!」
私は三方から矢のように向かってくる闇蛇を、寸でのところで避ける。
三体の闇蛇の動きとザイード自身の動きを同時に見極めるのは難しいが、避けるだけなら出来ないわけではない。
ユニコーンであるフェニには闇蛇の精神汚染は効果がないらしく、フェニに当たった闇蛇はただすり抜けて行くだけで済んでいるから、私はただ自分が避けることだけに集中すれば良かった。闇蛇の動きもまた、それぞれが個々で完全に独立していているわけではなく、予測ができないわけでもない。
闇蛇は召喚獣と違って、自分で思考して動くことは出来ない。生き物ではなく、あくまでただの蔓状の魔力の塊なのだ。意志を持って動かしているのは、魔力の所有者であるザイード自身だ。
3匹の闇蛇の動きと、自分自身の動き、4つの物事を平行して同時に鮮明に考え続けるのは、普通の人間にはなかなか難しい。ザイードだって同じだ。避けるのに忙しくてなかなか気付けないが、冷静になってよくよく観察してみると、3匹のうち2匹が全く同じ動きになっていたり、ザイードが剣を奮っている間は、闇蛇の動きが鈍くなったりしていることが分かる。
ザイードの攻撃をただひたすら避けるだけならば、何とでもできる。……だけど、ただ避けるだけじゃ勝負にはならない。
そのうち疲労が限界に達して、あっさりとザイードに仕留められてしまうだけだ。
こちら側から攻めて、勝負に出なくては。
「……水の精霊君。少し私に力を貸してくれるかい?」
【いいよ。れい。れいのみずまほう、てつだってあげる】
私が小さく囁くと、どこからともなく先日の下位の水の精霊が現れて、ふよふよと近くによって来た。
「ありがとう」
精霊にレイを述べながら水魔法を展開させると、いつもよりも何回りも大きな水の塊が出現した。私はそれをザイードに向かって真っ直ぐ放つ。
攻撃の威力を持たせていないそれは、ザイードの剣の一振りであっさりと割れて、ただの普通の水と同様にザイードの体と、その周辺一帯の地面を濡らした。
「……何を企んでいるんだ。レイリア」
「さあ、何だろうね」
闇蛇に対して、その動きを変えるという意味で風魔法はある程度役に立っても、水魔法や土魔法は恐らく何の効果もないだろう。元々闇魔法というものは、謎に包まれた部分が多すぎて対処が難しいのだ。
だからこそ、私は闇蛇を何とかするのではなく、闇蛇を操っているザイード自身を何とかしないといけない。
「風の精霊君。地の精霊君。……君達にも、協力をお願いできるかな?」
【いいよ。れい】
【れいだから、とくべつにてつだってあげる】
「助かるよ。ありがとう」
私は、水と、風、地と、複数の属性の適正がそれなりに高い、珍しい性質を持っているけど、突出して高い属性を持っていない。
だからこそ、使える魔法も浅く広くな簡単なものばかりで、特別攻撃力が高かったり、特殊な効果を持っている上級魔法は使えなかったりする。
剣の腕だけなら学園の誰にも負けていない自信があるので、普通の相手なら補助程度の魔法さえあれば何とかなっていたのだけど、ザイードやアルファンスのように一つの適正に突出した才能を持ち、上級魔法を平然と使いこなすような相手には、それだけじゃ駄目だ。
だからと言って、上級魔法なんて一朝一夕で簡単に身に着けられるようなものではない。精霊に力を分けてもらったとしても、それは同じだ。
私が上級魔法は使えない。……ならば、今使える魔法を組み合わせて何とかするしかない。
三つの属性の魔法が、中途半端にとはいえ、同じくらい使いこなせるという利点を最大限に活用したうえで。
能力がないのならば、それに補うだけ頭を使わなければ、勝てない。
私はザイードに……正確には足元の地面に向かって、風魔法と地魔法を同時に発動させた。
「……っ!!」
水に濡れて粘度と重みを増した土が、ザイードの周りを囲むようにして高く高く盛り上がって、強風に煽られるがままにザイードに向かって降り注いだ。
ザイードは咄嗟に剣を奮ったようだったが、そんなことをしても、土が崩れるだけで意味がない。
……流石、精霊に力を借りただけあって、普段の私の何倍もの効果が出ているな。普段の私なら、精々ザイードの下半身を飲み込むくらいがせいぜいだったろうに。
私が発動させた魔法は、すべて下級から中級程度のものばかりだ。
水の玉をぶつけることも、風を作りだすことも、土を高く盛り上げることも、それぞれの属性の適正さえあれば簡単にできることだ。
だけど、そんな簡単なことでも、組み合わせ次第では大きな効果をもたらす。
私はフェニの背に跨りながら、土に埋もれていくザイードの姿を黙って眺めていた。




