守護獣の召喚
【家に縛られている貴族の子どもたちに、専門知識を学べる環境と束の間の自由を】
創始者は、そんな理念の元にこの学園を設立したらしい。
十三歳から十七歳までの四年間、王侯貴族の子息令嬢が通う全寮制の魔法学園。
最初は自身の子ども達が不純異性交遊を始めたり、家に反する思想に染まることを恐れた貴族の親達だったが、長い年月が経つうちに徐々に入学する生徒数は増えて行き、今ではこの学園を卒業したことが一種のステータスのようになっている。
なんせ、一流の魔法知識を持つ教師の数は家庭教師で賄うには少な過ぎたし、それに12歳まで徹底的に家で貴族教育を施した子どもたちが間違いを起こすことは早々無かったから。
貴族の子ども達は、大人が思う以上に、自身の立場を知っている。守るべきラインを理解している。
知ったうえで、割り切って束の間の自由を謳歌しているのだ。
卒業と同時に、自らが成さなければならない責任を、捨てなければならないものを、ちゃんと知っていながら。
私だって、ちゃんとそれが分かっている。
今の私は十六で、最終学年だ。あと一年すれば、学園を卒業して、貴族の娘としての責任を果たさなければならなくなる。
卒業後はアルファンスか……彼がどうしても婚約破棄をと望んだ場合は、誰か他の望ましい男性と結婚して、貴族の妻らしい振る舞いが求められるようになるのだろう。
男女の雇用機会の平等化が進められている為、貴族女性でも騎士や官僚になる女性は皆無ではない。もし私がどうしてもと望めば、父は、兄は受け入れてくれるかもしれない。
だけど、それが父にも兄にも、あまり都合が良い決断ではないことは明らかだし、私自信それほど強固に我を押し通そうとも思っていない。
十年も男装をし続けて男のように振る舞うという我が儘を許してもらったんだ。……これ以上我が家に迷惑を掛けるわけにもいかないだろう。
全ては、束の間の夢。
四年間だけの、自分が自分らしくいられる時間。
だからこそ、私達は皆、学園で過ごせる一瞬一瞬を大事に噛みしめて毎日を過ごしている。
「――それでは、今から召喚の実技を始める。魔法陣の中に現れるのは、これから生涯お前達に寄り添うことになるかもしれない、魔法属性の相性が良い守護獣候補だ。万が一、気に入らなかったとしても、くれぐれも無礼な態度を見せないようにな。一度で契約が結べない場合、必ず二度目の機会があるとは限らないし、無礼な態度に怒った召喚獣が襲い掛かってくる可能性だってある。召喚獣は高位ランクなもの程プライドも高いが、低位ランクのもの程理性がきかない。扱いが難しいのは、どれでも同じだ。必ず丁寧な態度で対応しろ」
召喚術の授業を受け持つヴィッカ先生の言葉に、生徒達の間にぴりっとした緊張が走るのが分かった。
貴族として、守護獣を持たないことはかなりの不名誉なことだと言われている。
万が一、失敗したら。部屋の中にいる殆どの生徒がそんな不安を抱えていた。
「……見てろよ。レイリア。必ずお前より高位ランクの守護獣と契約してやるから」
……しかし、アルファンスにとってはそんな心配は一切無縁なようだ。
自分が……そして私が、守護獣との契約を必ず成功させると信じて疑ってない様子に思わず溜息が出る。
「アルファンス……君は、そもそも自分が契約に失敗したり、召喚獣を怒らせたりするかもしれないという不安はないのかい? 守護獣候補の召喚は、失敗すれば大災害を起こしかねないから、特殊な免許を持つ専門家の立会のもとでしか許されていない。君だって、召喚を行うのは今回が初めての筈だろう?」
「ああ。初めてだが、それがどうした? 俺が失敗なんてする筈がないだろう」
「……君のその根拠がない自信が羨ましいよ」
私の言葉にアルファンスは心外だとでも言うように片眉を上げた。
「俺の魔力量と属性適性の高さ。それ以上に何の根拠が必要だというんだ」
魔力量は高位貴族程多く、そして王族は特に多い。
それぞれの魔法属性の適性の高さは個人差があり、属性適性が高ければ高い程、ランクが高い同属性の召喚獣の守護を得られとされている。
王族に生まれたアルファンスは、この学園の中では恐らく一番の魔力量の持ち主だろうし、彼は火属性において突出して高い適性を持っている。
なんせ「炎の愛し子」と言われ、幼い頃から火の高位精霊と深い交流を持っていたくらいだ。(ちなみに火属性の適性がない私には、幼い頃から一度もその姿を見えたためしがない。彼が精霊と話す姿はいつも何か独り言を言っているようにしか見えない)
だから、彼が呼び寄せるであろう召喚獣が、ランクが高いものであろうことは疑っていないのだが……。
「……心配しているのは、召喚獣の神経を逆撫でするんじゃないかってことの方なんだけどね」
「なんか言ったか?レイリア」
「いや。何にも……それより、いつものように名前順なら、アルファンス、君が一番最初に呼ばれる筈だろう? 先生の近くに行った方がいいんじゃないかな」
「それじゃあ、最初は……アルファンスか。また一番面倒な奴が……まぁ、逆に最初に済ませちまった方が安心か。アルファンス。前に出て来い」
「ほら、君を呼んでるよ」
「……ヴィッカ先生。俺が面倒そうとは、どういうことですか」
ひどくげんなりした表情を浮かべながらアルファンスを呼んだヴィッカ先生に責める矛先が移ったのか、アルファンスはくっきり眉間に皺を寄せてつかつかと歩み寄って行った。
「お前の魔力量と属性を考えると、恐らくS級の召喚獣が現れるだろうからな。万が一お前が召喚獣を怒らせたら、厄介なことになるだろうから、俺の体力があるうちに済ませておきたいと言っているんだ。この召喚術用の教室にも、魔法陣周辺にも幾重にもわたって結界が施してあるが、それだって万能というわけではない。最悪の場合は俺が無理やりにでも、召喚獣を還さなければならなくなるからな」
「……俺が召喚獣を怒らせるような、ヘマをするとでも?」
明らかにアルファンスは気分を害した様子を見せるが、ヴィッカ先生は一歩も引かなかった。
「アルファンス。俺はお前の才覚云々を言っているのではない。『可能性』の話をしているんだ。俺は学園長に、そしてお前たちの両親から、お前達を任せられている教師だ。教師というのは教育に加え、万が一でも生徒が傷つくような事態を起こらないように細心の注意を払うことが仕事なんだ。覚えておけ」
ヴィッカ先生は、貴族出身ではなく、突然変異的に高い魔力を持って生まれた平民だったと聞く。だけど、そんな出自はこの学園では関係はない。
高位貴族だろうと下級貴族であろうと王族だろうと、ヴィッカ先生は生徒達には皆平等に接するし、生徒達も皆彼に敬意を持って接する。
ヴィッカ先生が、国で一番の召喚術のスペシャリストであり、だれよりも高い適性と能力を持っていることを、生徒達は皆知っているからだ。
機嫌を悪くしていたアルファンスも、苦虫を噛んだような顔を浮かべたものの、それ以上ヴィッカ先生に何も言うことは無かった。
「理解したら、魔法陣の前へ行け」
「……魔法陣を一から作ったりもさせて貰えないのですね」
「召喚魔法陣は、王の許可が下りた専門家しか作成が許されていないことを、お前だって知っているだろう。どうしても書きたければ、召喚術の専門家を目指すことだな。王位を諦めて。俺は弟子は歓迎するぞ」
「いえ、結構です」
「そうか。残念だな。……それで、アルファンス。ちゃんと呪文は暗唱できるのか?」
「勿論」
「なら早速詠唱を始めろ。何か途中で問題があれば俺が止めるから、すぐに召喚を中断するように。分かったな」
「……はい」