ミーアの婚約
「テスト期間のせいで、なかなか集まれなかったので、こうやって皆さんのお顔を見るのも久しぶりですわね」
「本当に長かった……やっぱり私は前みたいにレイ様と勉強会したかったです……」
「あら、駄目よ。以前はそれで、みんなレイ様に質問してばっかりで、レイ様が勉強にならなかったでしょう? ファンとして、レイ様に迷惑を掛けるような行動は慎むべきよ」
「フェニちゃん、久しぶりー。相変わらず毛並が綺麗ね」
「ふふふ。ご機嫌みたいで良かったです。最近会えなかったから、淋しがっているんじゃないかと思ってましたから」
……うん。最近フェニの扱いが分かってきたぞ。
取りあえず純潔の若い女の子に囲まれて、チヤホヤされればすぐに機嫌が直るんだな。テスト期間であまり構えなかったから、さっきまで散々拗ねて構ってオーラだしてたのに、今はミーアの膝の上ですっかりご満悦な様子じゃないか。
……今度から、忙しくてなかなか構えなかった時は朝一でみんな徴集することにしよう。その方が色々楽だ。
私はミーアの膝の上で、皆に撫でられているフェニを、横目に見ながら一人溜息を吐いた。
マーリーンはそんな私に気が付いて、呆れたように肩を竦めていた。
……うん、マーリーンが言いたいことはよく分かるよ。でも、それがユニコーンの特性だからさ……。
「……そうだわ。テストが終わったら、ミーアとレイに聞かなければならないと思っていたことがあるんだった」
カップのお茶を飲みほしたマーリーンが、ふちを指先で拭いながらふいにそう切り出した。
「ミーアとレイのお兄さん、婚約が成立したって話を聞いたけど、本当?」
「……相変わらず耳が早いね。一体どこからの情報だい? ……私も帰省するまで知らなかったけど、どうやら本当みたいだね。びっくりしたよ」
室内に、一瞬の沈黙が訪れた。
「「「「「……え――!?」」」」
「ははは……そう、なんですよね。親が用意したお見合いだったんですが、まさか纏まるなんて思わなかったので、私自身が一番驚いています」
どこか落ち着かない様子で苦笑を浮かべてそばかすを掻くミーアの姿に、先日帰省した時のことが脳裏に浮かんだ。
休日を利用して家に帰ると、王宮で騎士団務めをしている次兄がたまたま休みが合って実家に帰って来ていて、相変わらずの鉄仮面を分かりづらく緩ませて浮かれていた。
珍しいこともあるものだと思って聞いて見たら、お見合いの相手がとても気に入って婚約することになったらしい。仕事一筋で、今までどんなお見合いも断り続けた朴念仁が気に入るなんて、どんな素晴らしい女性かと思ったら……まさかのミーアだったというわけだ。
私にとっても寝耳に水な話で、聞いた直後は私もさっきのみんなみたいに思わず声を上げてしまった。
「すごい!! 名門高位貴族のフェルド家の御方と結婚できるなんて、完全に玉の輿ですわ!!」
「しかもレイ様の親戚になれるなんて……うらやまし過ぎます!!」
「レイ様のお兄様……レイ様と同じような素敵な方なんでしょうね……王子様のような」
「いや……私と兄は全く似ていないから、私の姿で想像すると大分イメージが違うと思うよ。自慢の兄ではあるけれど」
父方の祖父に似た次兄は、身内贔屓を除いても端正な顔立ちをしているが……いかんせん全体的に骨太で、大柄だ。良く言えば男らしく、悪く言えば厳つい。騎士団勤めを始めて一層全身に筋肉がついた為、私より二回り以上大きいんじゃないかな。……隊での渾名が「金熊」らしいし……。
そのうえで、滅多に表情が変わらない鉄仮面で、口数も多い方ではないので、対峙すると威圧感が半端無い。ただ立っているだけで、よく子どもや小動物に逃げられるくらいに。……外見に反して小さくて可愛いものが好きな次兄は、それでよく肩を落として落ち込んでいたりする。(それが落ち込んでいると分かるのも家族くらいなものだから、残念ながら兄の可愛いもの好きは認知されておらず、それどころか子どもや小動物が嫌いだから機嫌が悪くなったと思われているらしい。……可哀想に)
「……たしかに、ヨルド様は騎士様というよりも、まさに剣士様? という感じの、男らしくて迫力がある方で……レイ様にはあまり似ていませんでした」
私の言葉に、ミーアはくすりと笑った。
ヨルド兄上を思い出しているミーアは、それでも温かくて優しい眼差しをしていた。
「だけどヨルド様は見た目では分かりづらいですが、とても優しい方で……あの人とだったら、一緒に幸せな家庭が作れると、そう思ったんです」
微笑むミーアの姿に、やっぱり兄の見る目は正しかったな、と改めて確信する。
あの兄と対峙してなおこんな風に言えるミーアだからこそ、恋愛に無縁に生きてきた兄の心を射止めたのだろう。大抵の貴族の女の人は、ヨルド兄上をまず見た目だけで怖がるからな……。小さくてかわいらしい外見に反して、ミーアはなかなか肝が据わっている。
ヨルド兄上は見た目だけじゃなくて中身も武骨で、女性の扱いも慣れていなかったりするが……それでも優しいし、頼りになる人だ。
兄上なら、ミーアをきっと幸せにしてくれる筈だ。
「……なんだか、当てられちゃいました」
「でも本当、良い縁談があって良かったですわ。ミーアは、あと一年足らずで学園を卒業する今まで『婚約者がいなかった』から、実はちょっと心配してたんですわ」
「親御さんが、お見合いに積極的じゃないようなら、私の家で紹介することも考えていたんですが、取りこし苦労でした」
「きっとミーアのお父様とお母様は、ミーアの婚約者を今まで厳選してたのね。こんなすごい大物引き当てるくらいなんだから」
皆の言葉に、ミーアの表情がほんの一瞬だけ曇ったのが分かった。
ミーアの婚約者だった、アーシュ・セドウィグを覚えている人はいない。……私とミーア、そしてアルファンスを除いては。
ディアンヌはあの後結局、ミーアの願いを聞き届けたらしい。そしてそのついでに、関わりがあった私達の記憶も戻してくれた。
だから、私達だけは、アーシュのことを覚えている。彼がいたことを、人間として生きていたことを知っている。
忘れられた彼を、自分達だけが知っている――そんな状況は、あまりアーシュとの関わりがなかった私でも、なかなか辛く感じられた。……誰よりもアーシュに近かったミーアは、一体どれほど辛いことだろうか。
それでもミーアは、最初に記憶を確認した時以降、一切アーシュのことを口にする事は無かった。嘆きも後悔も口にすることなく、アーシュの思い出を大事に胸に抱いたまま、まっすぐ前を向いて進みだした。
強い、娘だ。……次兄が惹かれるのも、よく分かる。
ミーアが私の義理の姉になる日が今から楽しみだったりする。
「……あ、そうだ。マーリーン。私、君に言っておきたいことが」
「―――レイリア!! お前、何だ、あのテスト結果は!!!!!!」
私が言いかけた言葉は、乱暴にあけられた扉の音ともに発せられた大声でかき消された。
……あれ。なんか、前も同じようなことがあった気が。




