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ライバル(?)は婚約者

「そ、それは……お前が」


「私が?」


「お前が……珍しく、苦戦している様子でいるから気を取られて……」


「……テスト中に何故、君が私を見ているのか、理解に苦しむな」


 確かに、私がテストを受けた席はアルファンスの斜め前だった。

 カンニング目的ではないとしても(このプライドが高い王子様がカンニングなんてする筈がないので、その点はあまり心配していない)、私の様子を伺うことは可能だったろう。

 だけど、流石に私のせいで気を取られて、解答欄を間違えたというのは、あまりにも難癖ではないかな?と思う訳で。

 呆れた溜息と共に告げた私の言葉に、アルファンスはさらに顔を真っ赤にして、眉を吊り上げた。


「っうるさい!! ……全部、お前が悪いんだ!! お前があんな顔をしてなければ、俺は今回のテストこそ、お前に勝てたんだ!!」


「はいはい。テストの点数が振るわなかったのも、空が青いのも、全部私のせいですよ。皇太子殿下……全く、我が婚約者殿は暴君だねぇ」


「……っその呼び方で、俺を呼ぶなっ!!」


「殿下の仰せのままに。……それで何と言えばいいんだい? 私にアルと呼ばれるのは嫌なんだろ?」


「……普通にアルファンスと、そう呼べばいいだろう」


「全く……婚約者ということをさしおいても、十年来の付き合いだというのに、随分と他人行儀だよね。君は。私のことも、いつまでたっても、レイと呼んではくれないし」


 家族をはじめとした親しい人は勿論、今では学園のほとんどが、私のことを愛称のレイという呼び方で呼ぶ。まあそれは慕われているからとかではなく、一見男性にしか見えない私を、レイリアという女性名で呼ぶことに違和感があるから、レイという中性的な渾名で呼んでいるではないかとは思っているのだけれど。

 それなのに、アルファンスだけは、頑なに私の本名である「レイリア」という名で呼び続ける。

 学園では誰よりも長い付き合いだというのに。


「お前は、レイリアだろ……さして長い名前でもないのに、どうして略す必要性がある」


「まぁ、それもそうだけど。やっぱり、愛称と言えば、仲が良い友人関係の証じゃないか」


「……俺はお前と、友人関係なんて結ぶ気持ちは一切ない」


 鋭い目線で私を見据えながら、アルファンスは私の言葉をきっぱり一刀両断する。


 ……わかっていたことだけど、こうもきっぱり言われると少し傷つくなあ。


「……それは私が色んな意味で、君のライバルだからかい?」


 私が男装を始めて以来、アルファンスは何かにつけて私と張り合って来た。

 勉強も、剣術も、社交術も……食事の早さや、起床の早さといったどうでもいいことも含めた、本当にありとあらゆる分野で。

 しかも、その多くで私が勝ってしまうものだから、年月が経つうちにアルファンスの対抗意識は増々ひどくなっていった。

 ……私としては、普通に婚約者扱いするまでにいかなくても、せめて友人のように付き合いたいのだけど。いちいち相手にするのも疲れるし。

 私が負ければ関係が修復されるのかと思って、昔一度だけ、わざと手を抜いたこともある。

 だけど、そんな私にアルファンスは今まで見たこともない烈火のごとく怒って……その後のことは、あまり思い出したくない思い出だ。私はあの時、今までアルファンスが見せていた「拒絶」がいかに軽いもので、彼の本物の「拒絶」がどれほど苛烈なのかを知った。


 手を抜くことも駄目。かと言って、勝ち続けることも駄目。

 ……完全に詰んでるじゃないか。一体どうすればいんだ。


「違う!! そう言うことじゃない……」


「そうじゃないなら、どうして?」


「……今のお前には、言えない」


 じゃあ、いつの私なら言えるんだい?

 そんなことを言っても、アルファンスがだんまりを決めこむことはこの十年間ですっかり学習した。

 けして口数が少ないわけではないのに、肝心なことは貝のように口を閉ざしてちっとも言ってくれない。肝心な彼の本音は。

 家族を除いては誰よりも長く共にいる、幼馴染とも言っていい、私の婚約者。

 だけど、私は今もなお、彼の考えていることはよく分からない。

 昔も、今も。変わらずに。


「――と、とにかく、次は召喚術の授業で勝負だ!! 絶対お前より、レベルが高い召喚獣と守護契約を結んでやるから、覚悟してろよ!!」


 捨て台詞のようにそれだけ言うと、アルファンスはそのまま部屋を飛び出して行ってしまった。

 来る時も嵐なら、去る時も嵐のような男だなあ。全く。

 肩を竦めて溜息を吐くと、ふと周りの女の子達がドン引きした目で扉を見つめていることに気が付いた。


「あ、相変わらずですわね……アルファンス王子は」


「……私、アルファンス王子がレイ様に対抗意識を燃やしているのは知っていましたが……あんな子どもっぽい難癖をつけられているなんて、正直幻滅しました」


「あれが、一国の王子が仮にも婚約者にとる態度ですか!? あんなお人がいずれ王様になるなんて……国の先行きが不安ですわ!!」


 ……あーあ。アルファンス。また、君の支持者減らしちゃったよ。

 全く、私さえ絡まなければ、多少王子様らしくない所はあっても、ちゃんと女の子にモテるスペック持っているのにね。

 仕方無い。一応現婚約者として、フォローしておいてあげるか。いつものように。


「まぁまぁ。皆そんな顔しないで。……ああやって私の前でだけ子どものように対抗意識を燃やすアルファンスは、あれはあれで、なかなか可愛いだろう?」


「か、かわいい?」


「そうそう。なんか懐かない猫みたいな感じかな? それに、アルファンスがあんな理不尽な態度を取るのは私だけで、他のみんなには普通に接しているだろう? それだけ婚約者兼幼馴染として、私に心を許しているってことさ」


 そう。アルファンスのあれは、私にだけだ。

 他の人の前では、口調こそ、それほどかしこまったものにならなくても、ちゃんとそれなりに王族らしい態度を取っている。身分の垣根がより強固になる学園の外では、猶更だ。

 アルファンスはアルファンスなりに、王族の立場をちゃんと弁えている。

 ある意味、あの態度は婚約者である、私に甘えているが故ともいえるのだ。


「学園を卒業したら、あんな風に自らの感情を自由に晒すこともできなくなるだろう? だから、学園にいるうちは、アルファンスを好きにさせてあげようと思っているんだ。私に突っ掛るのは、最早彼の趣味とも言って良いからね。きっとアルファンスはああやって、ストレスを解消しているのさ」


「レイ様……大人ですわね。あんな理不尽なことを言われて、王子を許すだなんて」


「私だって、こうやって男装を許容してもらっているのだから、お互い様だよ。男装している女が婚約者だなんて、恥と言えば恥だからね。だけど、この学園にいる間は、お互いそういったしがらみを忘れたいのさ」


 茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせると、女の子達はしぶしぶと言った風情で納得してくれた。

 だけど、ただ一人マーリーンだけは変わらぬ険しい表情で私を見ていた。


「マーリーン。君も私の為に、アルファンスに対して怒ってくれてるの?」


「……違うわ。私が怒っているのはあんたに対してよ」


「……私に?」


 ……なんか、マーリーンを怒らせるようなことをしてしまっただろうか。

 正直全く心当たりはないのだけど。


「……私さ。一応あんたの親友だと思ってたんだけど」


「っ嬉しいな!! マーリーンもそう思っていてくれたなんて!! 私もマーリーンのこと、一番の親友だとおも……」


「だあ!! 抱きつくな!! 頬にキスしようとするな!! 私が言いたいのは、そう言うことじゃない!! ただ、そうやって親友扱いしている私にも、ちゃんと言えないの、って言いたいの!!」


「……言えないって、何が?」


 私はマーリーンに対して秘密にしていることなんて……いや、もちろん家の名誉とか、機密に関することは言えないけど、プライベート的なことでは……ないと、胸を張って言える。

 なんせ、マーリーンと私は、お互いに認める親友だ。

 秘密なんて、ある筈ないだろ?


 マーリーンは戸惑う私を、その真っ赤な瞳で射抜くように暫し見据えてから、大きく溜息を吐いた。


「そう……自覚がないのね」


「自覚? なんの自覚だい?」


「……なんでもないわ。アルファンス王子もあれだけど、あんたも大概よね」


 マーリーンの言う言葉の意味が、私にはさっぱり分からなかった。


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