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解決と引っかかり

 過去を話し終えたアーシュは、呆然と座り込みディアンヌの体をそっと抱きしめた。


「……君が、好きだよ。ディアンヌ。六年前から、俺はずっと。ただ、君だけが」


【……アーシュ……私……私は……】


「なにも言わなくていいよ。……君が、どんな存在であろうと、どんな過去があろうと……今でも、兄さんのことを愛していても、俺の気持ちは変わらないから。……変えられ、なかったから」


【っ貴方のことも、愛しているのよ……!!】


「ありがとう。……俺もディアンヌを愛しているよ。過去も胸の思いも、全てひっくるめたそのままの、君を」


 アーシュは優しく囁きながら、ディアンヌの額にそっと口づけを落とした。


「だからこそ、俺は何も言わずに、君が望むままに君の眷属になろうと思っていた……俺のことを忘れていく大切だった人が、そして罪悪感で傷つく君が、苦しむことなんて考えずに……」


【……アーシュ……】


「関係ないレイやアルファンス王子まで巻き込んで迷惑かけちゃって。……みんな、ごめんね。本当に俺は、駄目な男だ」


「――本当にな。迷惑な話だ」


「……アルファンス! ……アルファンスのことはともかく、私のことは気にしないでくれ。自分で勝手に巻き込まれただけだから」


 むっすりとした表情で吐き捨てたアルファンスを小さく小突きながら、私は首を横に振った。……アルファンスの表情が、増々ひどいものになったけれど、今は取りあえず置いておこう。せっかく、問題が解決しそうなんだから。

 そんな私達を見て、アーシュは少し目を細めた後、再びディアンヌに向き直った。


「ねぇ、ディアンヌ。俺は、自ら望んで君の眷属になるよ。隣でずっと一緒にいて、君を笑顔にしたいから……だけど、もう一日だけ待ってくれないかな」


【え……】


「……どうしても、ちゃんとお別れをしておかないといけない娘がいるんだ。……俺をずっと支えてくれた、兄妹のような大切な幼馴染がさ」


【……………】


「お別れを終えたら……ちゃんと俺はまた、ここに戻ってくるよ。それからはずっと、ディアンヌと一緒にいる。だから、ね。もう少しだけ、待ってて」


 アーシュの言葉に、ディアンヌは唇を噛んで、泣きそうに顔を歪めた。


【だけど……だけど、幼馴染と話したら、アーシュの気が変わるかもしれない……アーシュに裏切られたら私……私は、また……】


「ディアンヌ。――俺を、信じて」


 アーシュは真剣な表情で、真っ直ぐにディアンヌの潤んだ瞳を見つめて、懇願した。


「俺は六年間、一度も気が変わらなかったよ。……何があっても、君が好きなままだった。一日人である時間が増えても、大事な幼馴染に泣かれても、今更気が変わる筈がない。……全てを捨てる覚悟なら、もう、一年前に君と再会した時には出来てる」


【……アーシュ】


「愛しているなら、俺のことを信じて」


 ディアンヌはアーシュの言葉に少しだけ逡巡するように、視線を彷徨わせた後、ほろりと大粒の涙を溢しながら、アーシュの背に手を回した。


【……分かったわ。アーシュを信じる】


「……ディアンヌ」


【だから……だから明日、必ず、私の元に戻って来てね……】


「必ず……必ず、戻ってくるよ」




「――何という、くだらない茶番だ」


 完全に二人だけの世界を創り出しているアーシュとディアンヌに白い目を向けながら、アルファンスは吐き捨てるように言い放つと、私の手を取った。


「……見ていて非常に気分が悪かったが、取りあえずレイリア、お前の目的は果たされたようだから、もう学園に帰るぞ。魔具をつけて小さくしたら、その変態獣もお前もディールの背に乗れるだろう」


「ちょ……アーシュは……」


「放っておけ。あの水精霊がいれば、アーシュ・セドウィグならすぐに転移魔法で送って貰えるだろ。精霊は一度約束したことだけは、絶対に守るからな。明日まではあいつは人間として、学園にいる筈だ。後のことは明日また会って話せ。……俺はもう、こんな茶番に付き合わされるのはうんざりだ」




 その後、アルファンスがディールに頼んで、小型化したフェニ共々、背中に乗せて送って貰うことになった。

 炎龍の背中は、思った以上に安定感があって広く、空の旅は案外快適なものだったが、となりにひどく不機嫌そうなアルファンスがいる為、非常に居たたまれなかった。


「……あの、アルファンス」


「ああ?」


「いや……その、助けに来てくれてありがとう。……それに、迷惑を掛けて、悪かったよ」


「本当にな。大迷惑だった」


 ……いや、確かに君がいなければ私は危ない所だったし、迷惑を掛けて申し訳ないとも思うけど。……その反応は、ちょっとあんまりじゃないか?

 ……そもそも、君が勝手に助けに来たわけだし。……いや、私一人じゃ何ともならなかったから、助かったんだけど。


「……レイリア。これに懲りたら、もう二度と人型の高位精霊と関わろうと思うなよ」


「え……」


「よく分かっただろう? あいつらの身勝手さが身に染みて。災厄以外の何ものでもない。……まったく、あんな利己的で、最低な女、外見が美しいというだけで受け入れたアーシュ・セドウィグの気が知れない」


 利己的で、最低って……ディアンヌのことか?


「……そんな……言い過ぎだろう」


「言い過ぎ? 言い足りないくらいだ。あの女は、アーシュの兄を殺した人殺しなんだ。その上でたった五年で弟に乗り換えて、勝手に周囲の記憶を消して、了承もなく眷属化しようとしたんだぞ。利己的で最低以外に、何と評すればいい?」


 アルファンスのきつい言葉に、思わず言葉が詰まった。

 ……本当言えば私自身、胸に引っかかるものが全くないわけではなかった。

 アーシュとディーネ、二人だけの問題ならばまだいい。それが二人の幸せだと言われれば、そうなのだろう。

 ……だけど、二人の幸福の前提には、アーシュのお兄さんの死があって。そして彼を殺したのは、ディアンヌ自身で。

 どうしても、素直に二人の幸福を祝福できない私がいるのも確かだった。


「……だけど、ディアンヌがアーシュのお兄さんを殺したのは、正当防衛みたいなものだったじゃないか……それに、ウンディーネとしての宿命に縛られていたのだから、仕方なかったんだよ」


「宿命、な」


 アルファンスに言うというよりも、自分自身を納得させるべく口にした言い訳は、アルファンスによって鼻で笑われた。


「それならば言うが、あの女は自身が宿命に縛られることをちゃんと知っていたのだろう? 自分自身のことだから知らない筈がないものな。それなのに、事前に宿命のことを説明せずに、アーシュの兄から向けられた愛を受け取ったということ自体が、身勝手だと言っているんだ。知っていればアーシュのような物好きでもない限り、最初から恋仲になろうとなんてまず思わないだろうからな」


「……だけど、それは、恋に落ちてしまったからで……」


「恋に落ちたとしても、それを口に出さなければ契約関係は生まれない。つまりあいつは、後先を考えずに自分の欲望のままに愛を返したんだ。愛した男の未来よりも、愛し愛されたいという自身の気持ちを優先したんだ。……実際、俺が封印の提案をした時も一緒だったしな。その癖に被害者面をしてめそめそ泣いて……本当に虫唾が走る」


 アルファンスの言うことは、言葉はきついが、正しかった。

 ディアンヌのしていることは、彼女に殺されたアーシュのお兄さんの立場に立って考えれば、あまりに身勝手で理不尽な行為だ。

 それなのに、たった五年で弟に乗り換えるなんて、と憤る気持ちも分かる。

 ディアンヌが幸せになることが、納得できない気持ちも。


 それなのに、どうしてもアルファンスの言葉に、同意できない私がいた。


「だけど……だけど、誰にだってあるだろう? 頭では諦めるべきだと思ってても、どうしても諦められないような、そんな恋に落ちることが。抑えようと思っても理性がきかないような、激しい恋にさ」


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