白薔薇の君
「……レイ様、なんてお可哀想に……」
「ああ、私が当時その場にいたなら、泣くレイ様を慰めて差し上げられたのに」
「私が小さいレイ様の涙を拭って差し上げたかった……!!」
周囲の女の子たちが、皆それぞれ同情を露わにしてくれる中、親友であるマーリーンの赤い目だけは冷ややかだった。
「……で、それから十年もずっと男装続けているわけ? よく、親御さんが許したわね」
「勿論、最初は反対されたさ。上の兄上なんて、髪が短くなった私を見て人目もはばからず大泣きしたしね。だけど私が、真摯に理想の王子様を追求したい旨を語ったら渋々ながらも受け入れてくれたんだ。心が広い家族を持って、私は幸せ者だね」
まぁ、受け入れた理由として、無礼過ぎるアルファンス王子に意趣返ししたいという気持ちもあったんではないかと、思っているけれど。
表立って王族には逆らいはしないけれど、我がフェルド家は名門貴族だから、プライドは高い。いくらアルファンスが幼いとはいえ、愛娘である私をコケにされて、良い気持ちはしなかっただろうから。
「……まったく、あんたも大概変人だけど、家族も大概ね……」
「素敵な家族だろう?」
「……敢えて何も言わないでおくわ」
……私としては、私と同じくらい名門の貴族令嬢でありながら、ずけずけ物を言うマーリーンも大概変わってると思っているんだけど。
そんなことを口にしたら、マーリーンがまるでメドゥーサのようになることは分かっているから、何も言わない。
怒ったマーリーンの姿も、それはそれで嫌いじゃないけれど、やっぱり美しい人は微笑む姿が一番美しいと思うから。
「やめて……聞いてもいないのに、あんたの脳内の甘ったるい言葉が伝わってくるような目で、私を見ないで……鳥肌が立つわ」
「ひどいな。マーリーン。私はただ、美しい君には、ずっと微笑んでいてほしいと思っていただけなにに……」
「だから、そういうの、要らないから。本当やめて」
げんなりとした顔で、腕を擦るマーリーンは、本当ひどいと思う。
他の女の子なら、喜んでくれるのになぁ。
最初に王子道を突き進むことを決めてから、はや十年。
16歳になった私の現在の姿は、まさに私が理想とする王子様そのものになっていた。
女性にしては高い身長。
中性的な、美しい(言っておくが、これは皆にも言われることであって、私がナルシストというわけではない。客観的な事実だ)容姿。
剣術や馬術に秀でた高い身体能力。
魔法も、学業も、礼儀作法だって、理想の王子になる為に真面目に取り組んできた。
そんな私を慕ってくれる可愛い女の子達は、歳月を重ねるごとに増えて行き、いつごろから呼ばれるようになった渾名が「白薔薇の君」
私が休み時間の度に訪れている休憩室は、いつの間にか「白薔薇の間」と呼ばれ、私と私のファンの女の子たちの専用室になってしまっている。……公共の場である休憩室を独占してしまって申し訳ないと思わなくもないが、まぁ貴族ご用達のこの学園には他にも休憩場がいくらでもあるから、一室くらい私物化しても問題はないだろう。
「ごめんなさい……レイ様。私がレイ様の初恋の思い出を聞きたいなんて言ったから、悲しい記憶を思いだしてしまって」
「いいんだよ。ミーア。初恋は叶わぬものと相場が決まっているし、遠い昔の話さ。……それより泣きやんで、いつものように微笑んでみせておくれ。私は過去の記憶なんかより、今こうして君が悲しそうにしてくれることの方が辛いのだから」
「レイ様……」
そっと指先で涙を拭うと、さっとミーアの顔に朱が差す。
うん。泣き顔より、そうやって照れた顔の方が、ずっと可愛い。
……隣でマーリーンがげんなりした表情を浮かべているけれど、いつものことなので、気にしないでおこう。
「ミーアだけではなく、私の涙も拭って下さい、レイ様!!」
「いえ、私こそ!!」
「じ、実は私、今日はハンカチを忘れてしまって……」
「ふふふ。大丈夫。みんな、おいで」
きゃあきゃあ言いながら、頬を染めてくれる女の子達は、本当みんなかわいい。
それが卒業後は家族に決められて結婚が決まっている彼女たちの、束の間の現実逃避であり一過性の情熱だとは分かっているからこそ、私は出来るかぎり、彼女たちの想いに応えたいと思っている。
同じ一過性の情熱ならば、間違いが起こりかねない学園の男性に熱をあげるよりも、私のような存在の方が都合がいいし、私が彼女たちの想いに応えた所で、それが実を結ぶことはないとお互いに重々承知しているから。
彼女達が抱くことが許されない恋の疑似体験を、私を通して味わうことで、少しでも彼女たちの学園生活が楽しいものになればいいと思う。
マーリーンもそんな私の気持ちが分かっているからこそ、呆れたような顔(というよりも、気色悪そうな顔、かな?)をしながらも、八方美人に口説き文句のような言葉を口にする私を、諌めはしないのだろう。
……まあ、あんまり度が過ぎると、見ていて寒いと蹴り飛ばされるのだけど。(こういう所、本当にマーリーンは貴族女性らしくない)
「……それで、結局アルファンス王子との婚約は駄目になってしまわれたのですか?」
「いや? 王様も最初の非はこちら側にあるからといって、婚姻までは好きにすることを許してくれたから、婚約自体はそのままだよ。アルが恥かしがってあまり口にしないから、一部の人間しか知らないことではあるけれど」
流石に王妃という立場になってまで、男装を続けるわけにはいかないことは、私も重々承知している。
アルだって、学園を卒業したら常に王族らしい振る舞いをすることを了承しているんだ。私だけ好き勝手するわけにはいかないさ。卒業したら男装はきっぱりやめて、淑女らしい振る舞いを努めるつもりだ。
「え……アルファンス王子って、あのアルファンス王子ですよね」
「あのって、この学園でアルファンスは一人しかいないだろう」
「でも、アルファンス王子って、レイ様のこと……」
「―――レイリア!! お前、何だ、あのテスト結果は!!!!」
ミーアの言いかけた言葉は、乱暴にあけられた扉の音ともに発せられた大声でかき消された。
……相変わらず、品がないなぁ。部屋に入る前にノックするとか、もっと紳士的な行動は取れないのかな。
「……テストがどうしたんだい?」
私は、何故か怒りで顔を真っ赤にして目をいからせるアルファンスを前に、小さく溜息を吐いた。
太陽を思わせる明るい金の髪に、幼い頃と輝きが変わらないエメラルド色の瞳。
精悍で男らしくはなったが、それでもまだ中性的な端正な顔。
身長は左程変わらないけれど、私よりはがっちりとした、細身な筋肉質な体。
相変わらず見掛けだけは、昔私が夢見た理想の王子様そのものだと思う。
「なんで、なんで、今回もまた、お前の方が俺より高い点数を取っているんだっっっ!!!!!!」
……口を開かなければの話、だけど。今も、昔も。
「……何でって、私の方が単に成績が優秀だっただけだろう。何をそう、憤ることがあるんだい」
「今回、こそは!! 今回こそは、自信があったんだ!! お前を抜いて一位になる自信が!! なのに、なんで、また……っ!!」
「寧ろ私がどうしてと聞きたいよ。今回は、私が苦手な精霊学の出題範囲が大きかった。精霊学を一番得意とする君が、何故私より大きく点数を落としているのか理解に苦しむな」
精霊学、と言った瞬間、ぴくりとアルファンスの体が跳ねた。
……ははん。これは、もしや
「アル……もしかして君、精霊学の解答欄を間違ったりなんかしていないよね?」
「……っ!!」
どうやら、図星だったらしい。
アルファンスの顔が、一瞬にして真っ赤に染まった。