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囚われの姫君7

 特別高く盛り上がった土の上に立つアイン兄上は、笑顔で私を見下ろした。


「--覚えているかい? レイリア。お前が小さい頃は、よくこの魔法でお兄様と遊んだね。私の作った迷路の中を小さな体でよちよち歩き回るお前の、なんて愛らしかったことか! またあの頃のように、お兄様と一緒に遊んでおくれ。私の天使」


「ええ……覚えていますよ。とても」


 ……確かに私は、小さい頃アイン兄上の土迷路で遊ぶのが好きで、よく兄上に魔法をねだっていた。

 魔力が高いだけではなく、その調節も上手だった兄上は、私の成長の段階に合わせて迷路の難易度を上げてくれたので、私は退屈することなく巨大迷路遊びを続けることができた。

 ……そう。6歳の春までは。


「確かに私は、アイン兄上の【土迷路】が好きでしたよ……6歳の時、兄上が難易度を上げ過ぎて、迷路の中で遭難するまではね………!」




『--レ、レイリア! ほら、あんな生意気な糞王子の所にいくより、私と一緒に土迷路で遊ぶ方が楽しいだろう? な。今日は王宮に行くのはやめておきなさい?』


『兄上……私はもう6歳ですよ。迷路遊びよりも、アルファンスと共に、剣の稽古をしていた方がよほど有意義でしょう』  


『だからレイリア! 前のようにお兄様と言いなさい! それにお前は女の子なんだから、必要以上に剣が上手くなる必要はない!』


『……だったら、迷路遊びの方が、必要ないと思いますが』


『これは……これは地魔法の特訓の一環だ! お前は、地・水・風と、珍しい三種の複数属性の持ち主なんだから、護身も兼ねてもっと魔法を勉強をすべきなんだ! 地は私、水はヨルド、風は父上が教えてくれるから、もっと精進なさい! ……とりあえずは私の地魔法から特訓だよ』


『………はあ』


 ……あの頃は仮婚約を済ませたばかりで、アイン兄上は何とかして私を、アルファンスから引き離そうと必死だった。

 アルファンスから引き離しさえすれば、私が男装をやめて元のように戻ると信じきっていたのだろう。

 10歳上の兄上は、当時は10歳上の16歳。まだトネルと守護契約を果たしていない頃なうえ、その日は運悪くヨルド兄上もお父様も不在で、兄上の暴走を止めてくれる人はいなかった。

 兄上は【土迷路】を私をあやす為に使っていたわけだが、もともとこれは敵の足止めと、体力消耗を目的とした魔法だ。土の壁は、探索者の体力と魔力を吸い取ると同時に、一人でに道を組み替えて迷わせる。言うならば、生きた迷路である。製作者の調節次第では、出口をなくすことだってできるのだ。

 6歳の私は出口のない迷路の中を、散々迷った挙げ句、疲れきって失神した所を、にこにこ顔のアイン兄上によって回収された。当然、アルファンスとの剣の稽古の予定はパア。

 私は、その後一ヶ月、アイン兄上と口をきかなかった。




「……あの時、お父様とヨルド兄上にこってり絞られて、以後【土迷路】の使用を禁止されたのを忘れたのですか」 


「もちろん、覚えているとも。だが、レイリア。お前もあの頃より、ずっと大人になった。今のお前なら、きっとこの試練を乗り越えられるだろうと、私は信じてるよ。……私も今回は反省して、ちゃんと出口を作ったしね」


「規模が違うでしょうが! 規模が! これじゃあ、最早【土迷路】ではなく、【土迷宮】ですよ!!」


 盛り上がった土は、壁を作るだけではなく、その先には王宮と同規模の精巧な建物まで作りあげている。ただでさえ複雑な迷路を抜けた先にあるあれの中が、単なる建物ではないことは、明白だ。

 これだけの規模の【土迷路】をクリアするには一体どれほどかかるのか。考えただけで、ゾッとする。

 ……誰だ。兄上は、身内に甘いから乗り越えられない試練はあたえないとか言ったのは。

 こんなの絶対、私を王宮に行かせる気ないじゃないか……!


「アイン兄上……いい加減にしてください。そろそろ本当に、兄上のことを嫌いになりますよ」


「……それは辛いな。だけど、レイリア。このことに関しては、私も譲る気はないよ」


 睨みつける私に、つり上がった目を細めて笑い返しながら、アイン兄上は首を横に振った。


「レイリア……私は、お前のことはよく知っているよ。お前の覚悟の強さも、アルファンス王子への想いも、よく知っている。何があっても、もうお前は揺らぐことはないだろう。試すまでもなく、ね」


「………なら!」


「--だが、アルファンス王子のことは、知らない」


 アイン兄上の声がワントーン下がり、細められた目が、冷え冷えとした感情を宿して開かれた。


「試したいのは、お前じゃなく、アルファンス王子だ。大切な妹を任せても良い相手なのか。何をされてもそうは確信はできないだろうが、せめて、その覚悟がみたい。……既に私は、あの王子には三度絶望しているのだから」


「……三度?」


「アルファンス王子は、二度お前を目の前で死なせかけた……そして一度は自らの手で、お前の心を殺しかけた。絶望するには、十分だろう」


 アイン兄上の静かな怒りに、思わず言葉に詰まった。

 ……婚約を拒否されたことはともかく、二度私が死にかけたことは、アルファンスのせいではない。

 だけど、そんなことを言っても、アイン兄上にはきっと通じないだろう。兄上が求めているのは、客観的な事実ではないのだから。

 私を見据えるアイン兄上の目は、独善的で、偏ったものではあるけれど、それでも確かな、私に対する深い愛情が滲んでいた。


「--それに関しては、言い訳のしようもないな。義兄上。貴方の責めは最もだ。俺はその怒りを甘んじて受け入れよう」





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