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囚われの姫君6

【……ありがとう。レイ】


 アーシュはそう言って、泣きそうな顔で笑った。


【--ねえ、セドウィグ家の領地って、今はレイのお兄さんのものなんでしょう? もしレイが良ければ、時間がある時にまた俺に会いに来てよ。俺、レイともっと色んなこと話したいんだ。レイなら、ディアンヌも歓迎するって言ってるし】


「……ああ。必ず、来るよ」


【あと、レイのお兄さんに………いや、何でもない】 


「途中でやめないでくれよ。気になるじゃないか。兄上がどうかしたかい?」


【いや、良いんだ。今さらだ。……俺には『どうかミーアをよろしくお願いします』なんて言う権利はないから】


 自嘲したように笑って、首を横に振るアーシュの姿に、私はしばらく押し黙った。


「……心配は、いらない。ヨルド兄上は誠実な男だ。必ずミーアを幸せにしてくれると、妹の私が保証するよ」



 三ヶ月前の、ヨルド兄上とミーアの結婚式を脳裏に思い描く。

 純白のドレスを身に纏ったミーアは、輝くように愛らしく幸せそうだったが、それ以上に幸せそうだったのは他ならぬヨルド兄上だ。

 普段は強面な上に感情が顔に出づらく、「金熊」と言う異名で恐れられている勇猛な騎士であるのに、何というか……どこもかしこも完全に緩みきっていた。ヨルド兄上の感情が読める家族だけではなく、兄上が所属する騎士団の人達も信じられないものでも見るような顔でざわついていたから、その浮かれっぷりがよくわかる。

 ヨルド兄上は、小さくて愛らしいのに、芯が強いミーアにすっかりめろめろだし、ミーアもミーアでそんなヨルド兄上を愛情がこもった眼差しで見据えていた。

 必ず二人は幸せなると確信できる式だったし、その確信は三ヶ月が経過した今でも揺らいでいない。


【そっか……なら、良かった】


「今度来る時は、ヨルド兄上と二人で来るよ。……ミーアと一緒でなければ、ディアンヌも許してくれるはずだろう」


 ……まあ、その時はヨルド兄上に一発くらいは殴られるかもしれないけど。という言葉は、敢えて言わないでおこう。

 私もミーアもアーシュのことをヨルド兄上にうち明けたわけではないが、学園から今回のことの報告を受けたお父様を経て、ヨルド兄上はアーシュの事件の顛末を知っている。


『……本当は……少し、複雑なんだ……ミーアを、湖にやるのは……』


 ヨルド兄上は眉間にくっきりと皺を作りながら、私にだけこっそり心中を漏らしてくれた。

 ……それでもミーアに、湖のことを追及するそぶりも見せず、彼女を一人で湖に行かせるヨルド兄上は、優しくて男らしい人だと私は思っている。アイン兄上と違い、尊敬に価する兄だ……いや、アイン兄上だって普段はとても尊敬しているのだけど……あのシスコンだけは本気で何とかしてくれ。そのうち本当、口をきかなくなるぞ。


【ありがとう。レイ。ミーアの旦那さんに会ってみたかったんだ】


「……事前にディアンヌには、兄上の守護獣である水熊ゾルゲから、話を通してもらうようにするよ。……ディアンヌも、一発くらいなら黙認してくれるだろう」


【? よくわからないけど、助かるよ】


「……それじゃあ、また」


【みずのこ、こっちだよー】


【ぼくたちがあんない、してあげる!】


【ついてきて】


 不穏な未来に気づかず、兄上に会えることを能天気に喜んでいるアーシュから目をそらして、楽しげな水の下位精霊と共に北東を目指す。

 ……第三者の私が、どうこう言うことでもないと思うけど。


「……君は一発くらいは、殴られてしかるべきだと思うんだよ。アーシュ」


 「幼なじみを忘れたくない」と泣いたミーアの涙を思えば、それくらいは甘んじるべきだよな。男として。





【みずのこー。あとすこしだよ】


【ここをぬけたら、でっかいのはらにでるよ】


【のはらをまっすぐいけば、まちだからね】


「ありがとう。みんな」


 ……この時間なら、式には十分間に合いそうだな。

 アッニリハなら、すぐに魔力による速度強化がされた辻馬車が拾える。

 できるだけ飛ばしてもらって、王宮を目指そう。


「……よし、もう森を抜けるな。案内はここまでで良いよ。ここまで、ありがとうね」


【どういたしまして】


【みずのこ、すきだから、たのしかった】


【あーしゅのおともだちの、みずのこ。またあそびにきてね】


「うん、近いうちにまた来るよ。その時はよろしくね」


 案内してくれた水精霊を一人一人を撫でながらお礼を言って、一人森を後にする。

 森を抜けた瞬間、木に覆われた広い青空が見えてきた。

 ……良い、天気だ。朝は小雨が降っていたけど、もうすっかり結婚式日和だな。……っ!


「--ふはははは!!!!! さすが私の天使、こんなに早く森を脱出するとは思わなかったよ!! さあ、お兄様からの最後の試練だ!!」


 高らかに響き渡る三下丸出しの台詞と共に、広い野原の地面が盛り上がり、高い土壁が次々と出現した。


 --こ、これは地属性の中級魔法【土迷路】……にしても、これはあまりに大規模過ぎるだろっ!! アイン兄上の魔力は規格外なんだから加減してくれよ!!


 

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