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囚われの姫君5

【--やあ、レイ。久しぶり】


 湖の中に立つ、思いがけない懐かしい姿に目を剥いた。


「アーシュ!? 久しぶり、だな。……というか、君に会えるとは思わなかったよ」


 ディアンヌの元に連れて行ってもらうように水の下位精霊に頼みはしたが、アーシュに会わせてもらえることまでは正直期待していなかった。

 ディアンヌの独占欲の強さは重々理解しているし、実際ミーアは何度湖に足を運んでもアーシュの気配を微かに感じることしか出来なかったと聞いている。

 私も前に一度見舞いの花の礼を言いにここに来たが、その時は気配すら感じられなかったから、今回もその前提で、いかにディアンヌを湖から引きずり出すかが次の課題だったわけだが……この展開は予想外だった。


「もうあれから一年か? ……しばらく見ない間に、ずいぶんと精霊に近づいたな……」


 顔や姿には、直接的な変化はない。

 だが、声も気配も、今のアーシュはすっかり人間のそれとは違っていた。

 私の言葉にアーシュは小さく苦笑いを浮かべて、肩をすくめた。


【ディアンヌの眷属になってから、内側からどんどん作りかえられいったからなあ。ディアンヌ曰く、完全な精霊としては、まだまだ全然足りないらしいけど】


「……その、ディアンヌは、君が私とこうして会っていることを承知しているのかい? 怒ったりとかは……」


 ……こうしている間もずっと、湖から鉄砲水が飛んでくるんじゃないかと、はらはらしているんだが。

 私はあの時の攻防を忘れていないぞ。


【大丈夫。大丈夫。ここまで精霊化が進行したら、何をしたってもう人間に戻れないからさ。ディアンヌも大分安心したみたい。俺が人間だった頃の知り合いに会ったら、人間に戻りたがるんじゃないかってずっと心配してたみたいだけど、元々俺戻る気なんてさっぱりなかったしね。今の状態でレイと会うくらいなら、ディアンヌも許してくれたよ】


「……ミーアは?」


【は、無理みたい。てか、俺もミーアと顔合わせたら泣いちゃわない自信ないし。俺とディアンヌが落ち着くまで、もうちょっと待ってって、ミーアには言っておいて。来るたび話しかけてくれて嬉しい、ちゃんと話は聞いているからね、っても】


 ……うーん。やっぱりディアンヌは独占欲が強いな。本音を言えば少し引くが、束縛されているアーシュは幸せそうだから、まあ良いのだろう。


「……私に怒っていないなら、どうして君の愛しい人は、湖から出て来ないんだい」


【そりゃあ、ディアンヌはあの時レイのこと本気で殺しかけたんだから、出て来れないでしょ。しかも、アルファンス王子に封印されかけたのを、間接的にレイが守ってくれたわけだし。……合わせる顔がないって言ってたよ。後、改めてお詫びと、お礼も伝えてくれって】


「……私のことに関しては、今さら良いんだけどな」


 元々私がいなければ、アルファンスもディアンヌを封印しようとしていなかったわけだし。

 私の行動自体、善意からではなく、あくまで自分の理想を貫く為のあれだったわけだし。


【久しぶりの邂逅だから、俺としてはもっとゆっくり話したいんだけど、レイは時間がなさそうだね。先回りした下位精霊から、話は聞いているよ。森の出口を探しているんだって?】


「ああ。一刻も早く、王宮に戻る必要があるんだ」


【王宮に行くなら、距離的には北西を目指すのが最短なんだけど、あっちは小さな村があるだけだから、交通の便を考えるとアッニリハの町に続く北東の道の方が良いと思うよ。下位精霊に案内させるから、着いて行ってよ】


「ありがとう。アーシュ。助かったよ」


【いーえ。これくらい、恩返しにもならないって。……あ、レイ。ちょっとだけ待って。行く前に一言だけいい?】


 既に北東へと足を踏み出しかけていた私は、アーシュの言葉に振り返った。

 アーシュは蕩けるような甘い笑みを浮かべながら、言葉を続けた。


【学園での男装姿も気に入っていたけど、そう言う格好をしているレイはすごく綺麗だね。……相手はアルファンス王子、かな。どうか、お幸せに】


「……恋人に聞こえる場所で、別の女を綺麗だとか言ったら駄目だろ。ディアンヌが怒るぞ」


【大丈夫。俺が世界で一番綺麗だと思うのはディアンヌだし、世界で一番幸せになって欲しいと思っているのはミーアだから。ディアンヌもそれがわかっているから、レイを少し褒めたくらいじゃ動じないよ】


 ……そのわりには、風もないのに、水面が揺れたけどな。

 

 まあ、いい。せっかくだから、私も一つ言い残しておこう。


「アーシュ。ディアンヌ。……正直言えば私は、君達の愛を全面的に肯定はできない。それを肯定することは、君達の愛の為に他の誰かが傷ついたことを肯定することになるから」


 ディックの死を。ミーアの涙を。

 全て「愛の為に仕方がなかったもの」として、肯定することはできない。……というか、したくないというのが正しいのかもしれない。


「だけどあくまで第三者に過ぎない私は、否定する権利もないと思っている」


 その権利があるのはきっと、彼らの愛によって傷つけられたものだけだから。私がどうのこうの言うことでもないんだ。


「そして、正しい正しくないは置いておいて……あくまで個人的な感情として言わせてもらうなら」


 アーシュと私が、共に過ごした時間はほんの僅かだ。

 会っていた時間全をて合わせても、二時間にも満たないだろう。

 ……それでももし、彼のことを「友人」と言わせてもらえるなら。

 下位精霊の言葉通り、アーシュもまた、私を友人だと思ってくれているなら。


 ただ、これだけは伝えておきたい。


「どうか、末永く幸せに。……君達がここで幸せでいてくれることを、私も心から祈っているよ」



 

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