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囚われの姫君3

「レイリア……お前は、そこまでお兄様のことを考えてくれていたのか」


 ……効果有りだな。声色からして、これは明らかに感動している。

 あと一押しだ。


「お兄様……どうか私の夢を叶えて下さい。お兄様と共に、一生に一度の思い出を作りたいんです……」


 水魔法で潤んだ瞳で、心持ち上目遣いの状態を意識しながら、まっすぐに兄上の目を見つめる。

 媚びを売るようなわざとらしい仕草は、自分でやっていてげんなりするが、今は我慢だ。アイン兄上にはきっと、大げさなぐらいがちょうどいいはず。

 アイン兄上は少し黙りこんでから、思案げに眉をひそめて顎に手を当てた。


「……だが、私の天使よ。今のシチュエーションだって、お前の夢の一つであることには違いないだろう?」


「………え?」


「お兄様は分かっているよ。お前は昔から好きだっただろう? --絵本の中の【囚われの姫君】が」


 妙に艶っぽい笑みを浮かべながら私に近づいてきたカイン兄上は、そっと手を伸ばして、親指の腹で私の目尻にたまった水を掬い取った


「物語では常套だものな。悪者に攫われたか弱いお姫様が、王子様の救出を待つ演出は。……まさに、お前の今のシチュエーションじゃないか。嬉しいだろう?」


「いや……私は」


「守られ、助けを待つことしかできない可愛らしいお姫様に、本当はずっと憧れていたのを、お兄様は知っているよ。アルファンス王子のせいで、絵本の世界への憧れが変な方向に暴走してしまったが、本来のお前は繊細でとても女の子らしいのだからな。そうだろう? 私の天使。お兄様には嘘はつかなくて良いんだよ」


「違……」


「可愛いお前の為だったら、お兄様はいくらでも悪役を演じてあげるからね。喜んで、お前を救い出しに来た王子様に打ち倒されてあげよう。……まあ、王子様が、悪役の試練に耐えられないくらい、脆弱で未熟だった場合は話は別だがな。そんな弱い王子では、お前を守れないから、私がお前を攫ったままでも仕方ないだろう?」


 ……なんか話が変な方向に行ってしまったぞ。まずいな。なんとかして、軌道修正しないと。


「……お兄様。私は今、絵本のお姫様の話はしていません。私の夢はあくまでお兄様から結婚式でエスコートしてもらうことで……」


「--だが、片方の夢を叶える為に、別の夢を犠牲にする必要もないな。うん。せっかくレイリアが私のエスコートを望んでくれているわけだし」


 アイン兄上は両手で私の手を握り締めると、熱い眼差しで私を見つめてとんでもないことを言い放った。


「……よし、レイリア! これからお兄様と教会へ行って、二人だけで結婚式をしよう! 私がエスコートの役目も、新郎の役目も、神父の役目も全部担ってあげるから。せっかくの花嫁衣装だ。その格好で、今から二人だけで、一生に一度の思い出を作ろう? ね?」


 ……………………。


「……お兄様。とうとう頭がおかしくなりましたか。私達は兄妹ですよ」


「そんなことは知っているとも! いくら私が世界で一番、レイリアのことを愛していても、兄妹は結婚できない。だが、思い出作りの一環として、形だけの結婚式を行うことくらい、許されるだろう? 妹を心から愛し、慈しんで来た兄の、可愛らしいわがままじゃないか。--さあ、私の天使。アルファンス王子に会う前の頃のように、『お兄様のお嫁さんになりたい』と言っておくれ!!」


「勝手に記憶を捏造しないで下さい。そんな事実は一切ありません」


 駄目だ、このシスコン……私が思っていたよりも、重症だ。

 

 ……そんなんだから、とっくに結婚適齢期は過ぎているのに、未だ独身なんですよ! アイン兄上は!


「さて、こうしてはいられない。そうと決まれば、今すぐ空き教会の手配をしなくては」


「ちょ、ちょっと待って下さい! アイン兄上!」


「お兄様と呼んでくれと言っているだろう? ……ああ、そうそう。これだけは伝えておかねば」


 駆け足で部屋を出たアイン兄上は、扉の隙間から半分だけ体を乗り出すように振り返った。


「レイリア。お前はこれから、王族の一員になるのだから、涙の一つや二つ魔法なしで流せるようにならなければならないよ。下手な演技をする姿も愛らしかったが、私のようにわざと騙されてくれる相手ばかりでもないだろう? 王族なんて、貴族以上に駆け引きが必要な立場なのだから、お前はもっと内面を隠すことを覚えなさい。潔癖な王子様でいられたお前の子ども時代は、もう終わったんだから」


 それだけ言い残すと、アイン兄上はさっさと部屋を出て行ってしまった。


 --私の演技、ばればれじゃないか……っ! くそっ、何の為に羞私は、恥に耐えたんだ!


「……そうだ! 扉!」


 アイン兄上が去った扉を、慌てて開こうとしたが、押しても引いてもびくともしなかった。

 鍵がかけられている様子もなかったから、おそらく魔法で通過対象を限定しているのだろう。思わず舌打ちが漏れる。


「……まあ、とりあえず。アイン兄上が出て行ってくれただけ、よかったか」


 邪魔者は消えた。

 兄上が戻ってくるまでに、何としてでもここから脱出しなければならない。


「……兄上は、勘違いをしているよ」


『絵本の王子様はね、お姫様がピンチになると助けに来てくれるの。だけど、それはね、ほとんどが最後の最後であることが多いんだ』


『うん。それまではね、お姫様が一人で一生懸命、か弱い民を助けようと頑張っているの。で、たくさんたくさんがんばって、国民からも慕われているお姫様に、自分ではどうしようもできない事態が起こった時に初めて、王子様が現れてくれるのよ。頑張ったお姫様だからこそ、王子様が救ってくれて、好きになってくれるの。だから王子様と結ばれるには、その前に自分よりか弱い人たちをたくさん救わないといけないのよ』


 懐かしい、いつかの言葉が脳裏に過ぎり、自然と口元には笑みが浮かんでいた。


「……私は、ただ守られて待っているだけのお姫様に憧れたことなんて、小さい頃から一度もないんだよ」


 王子様と結ばれる為には、その前にお姫様はたくさんたくさん頑張らないといけないのだから。

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