アルファンスの憂鬱7
「……わ、わかった……ありがとう?」
レイリアの顔が、一気に耳まで赤くなった。
つられるように、自分自身の顔まで真っ赤に染まったのが分かった。
……普段はどれだけ取り乱しても、王族らしい返答を紡ぎだす俺の舌は、レイリアに関することだけは本当ぽんこつだ。
「……わ、分かれば、いい……」
そっぽを向いて手を離してから、慌てて今の状況を考える。
……これが、レイモンド卿の誕生日プレゼントなら、確かに何よりもありがたい誕生日プレゼントだ。
だが、今はパーティの途中。あまりここに長く滞在することもできない。
ならば、ここにいられる時間を最大限つかって、不足しているレイリアを補給しなければ、なるまい。
「……その、最近はどうだ?」
「あ……ああ、お妃教育のことかい? まあ、それなりに順調だよ。ただ、やっぱり女性らしさと程遠い日々を送っていたから、そう言った所ではなかなか矯正に苦労しているけど」
「……そうか。でもまあ、お前なら半年あれば十分だろ」
「……買被り過ぎだよ。でも、ちゃんと合格もらえるように、頑張るね。……アルファンスは?」
「ああ……俺も、思っていた以上に課題が山積みで、あくせくしているが、まあ、何とかやっている」
――違う違う違う!
こんな、伝言鳥があれば、十分間に合うような会話をしたいんじゃない!
そうじゃなくて……目の前にレイリアがいなければ、できないことを……そう、はっきり言えばもっとレイリアに触れたい……!
……ああ、何で俺、さっき手離したんだ。
どうして、さっき恥ずかしいことを言った勢いで、触れてもいいかくらい言わなかったんだ。い、今更、改めて言いにくいぞ。
……まずい、時間がない。
どうする? ……どうするんだ、俺!?
「……あ、音楽が変わったね」
レイリアの言葉にふと耳を澄ませて、パーティ会場の曲がこの部屋まで届いていることに気がついた。
社交ダンスとしては、ポピュラーな曲だ。
「私、この歌、結構好きなんだ」
……そうか。この手があったか……!
俺は咳払いをすると相変わらずまともに視線を合わせられないまま、レイリアに向かって手を差し出した。
「……せっかくだから、一緒に踊ってみるか?」
社交ダンスなら、ごく自然にもう一度手を触れることが出来る。
体を密着させて、近くでレイリアの息を感じられる。
……そ、そして終わった後なら、そのまま自然に抱きしめて、キスすることだって、できるじゃないか! うん!
俺は下心で少しにやつく口角を、押さえ込みながら、レイリアの解答を待った。
しかし
「……ああ、ごめん。アルファンス。今日は、まだやめておくよ」
……へ?
唖然と目を開きながらレイリアを見ると、レイリアは苦笑いをしながら頬を掻いた。
「学生時代、男性パートばかり踊っていたから、まだ完全に切り替えられていないんだよね。入学前は女性パートもちゃんと習っていたはずだから、恥ずかしい話なんだけど。ダンスの先生に合格を貰ったら、その時はまたお願いするよ」
……そうだ。レイリアはこういう奴だった。
俺は一人、頭を抱えた。
確かに学園主催のパーティは、ずっと女に囲まれてダンス強請られていたもんな……他の男は勿論、婚約者である俺が入る隙も与えられない勢いで。
そりゃ、女性パートも忘れるよな……。
「……ところで、アルファンス。時間は大丈夫なのかい? 久しぶりにアルファンスに会えたのは嬉しいから、私としてはもっと話していたいけど、主役の君があまり席を外すわけにもいかないだろう?」
「……そうだな。時間はない」
時間が、ない。
ダンスという遠回しな手段は封じられてしまった。
こうなったらもう、俺は腹を括るしかない。
俺は覚悟を決めて、両手を広げながら、レイリアを見据えた。
「――だから、抱きしめさせろ。レイリア。……お前が足りない」
……こうなったら、もう、一度の恥も二度の恥も同じだ。
この二か月で俺はどうしようもなく、レイリアが欠乏している。
今補給しなければ、四か月後の俺自身の生命に関わる。
……恥なんて、気にしてられるかっ!
「……あ、ああ、うん」
再び顔を赤くしたレイリアは、どこかぎこちない動作でうなずくと、俺に近づいた。
どこまでも貴族らしいスマートさとは程遠い、恥ずかしいやりとりであるが、もういい。
今の俺には、甘いムードなんて出す余裕はないのだから、仕方ない。
完全に開き直った俺は、そのままぎゅっとレイリアの体を抱き締めた。
人工的な甘い白粉や、香水の匂いに交じって、懐かしいレイリアの香りが鼻孔を擽った瞬間、何だか泣きそうになった。
レイリアだ。……レイリアが今、間違いなく俺の腕の中にいる。
「……会いたかった」
二か月にも満たない、短い別離の期間。
たったそれだけ離れただけで、会いたくて会いたくて仕方なかった。
この香りが。
この肌の温度が。
この声が。
レイリアの全てが、ただひたすらに恋しくて、仕方なかった。
「……私も、会いたかったよ」
そっとレイリアの手が、俺の頬に添えられ、少し下の位置から見上げられたサファイアの瞳に俺の姿が映し出された。
「誕生日おめでとう。アルファンス。――十八年前に、君が生まれてきてくれたことに、私は今心から感謝しているよ」




