アルファンスの憂鬱5
狸と評するにはスマート過ぎるレイモンドに内心で毒づきながらも、俺は可能な限り一番にこやかな笑みで応えた。
「運命の神が、私にとってもレイリアにとっても、最も幸福になれる道を指し示してくれるでしょうから、ご心配なく」
状況を考えれば、敬称を付けた方が良いのかもしれないが、敢えてレイリアは呼び捨てにしておく。俺は王子で、レイリアはその未来の妻だ。これくらい無作法にも当たらないだろう。
……絶対、婚約破棄なんて未来は来させないから、陰険舅は黙ってろ。
そんな心の声が通じたのか、レイモンドは口元に笑みを浮かべたまま、器用に片眉を上げた。
「……それにしても、あの幼かった殿下が、もう十八とは。私も年を取るものですね。このように逞しく成長されたアルファンス殿下ならきっと、突然パーティに悪魔が乱入したなんてことがあっても、ゲストに傷一つ負わせずに撃退下さるのでしょうね」
ぐっと、奥歯を噛みしめた。
……ここで、カーミラ・イーリスの悪魔の件を持ち出してくるのか。こいつは。
「……ご心配なさらずとも、万が一にもゲストの方が危険な目には遭わないよう、国精鋭の兵達を隣室に控えさせてあります。私の出番はないかと」
「いや、しかしいくら精鋭の兵といえども、悪魔の相手が出来るものは少ない。……やはりその時は、悪魔に対して唯一有効な火魔法の使い手であるアルファンス殿下のご活躍が必要なのではありませんか?」
「……そうですね。もし、本当に悪魔が出たならば」
脳裏に浮かぶのは、悪魔に心臓を貫かれた瞬間のレイリアの姿。
それをただ見ていることしか出来なかった自分自身に対する絶望と、レイリアを失うかもしれない恐怖。
俺は湧き上がった感情を飲み込むように唇を噛むと、真っ直ぐにレイモンドを見据えた。
「アルファンス・シュデルゼンの名に誓って、俺の目の届く範囲では、もう二度と誰も悪魔に害させはしません――その為の力が、今の俺にはあるのだから」
もう二度と、誰も傷付けさせはしない。
もう、二度とあんな想いを抱くのはごめんだ。
俺の言葉にレイモンドは暫く黙り込んでから、小さく笑った。
「……私の娘も?」
「レイリアなら、悪魔だけじゃなく、全てのものから守ってみせます」
「ふっ……口だけじゃないことを期待していますよ」
そう言って、レイモンドはポケットに手を入れた。
差し出されたのは……城の、鍵?
「……アルファンス殿下が、パーティに退屈して、城内に探索に出たりなさらないように、陛下と相談して殿下用の休憩室を用意しました」
「……パーティの主役である私が、抜けるわけないでしょう」
……大体自分の城を探索して何が楽しいんだ。
ここでまた、火事のことをあてこすってくるか。
「誕生パーティなど、貴族同士の交流の方便のようなものなので、少し席を外すくらい構わないと思いますがね。まあ、アルファンス殿下が、最後までパーティの主役としての面子にこだわるなら、それもいいでしょう……ただ」
「ただ?」
「休憩室には、私からアルファンス殿下へのちょっとした誕生祝いを用意してあります。……受け取るも受け取らないも、貴方の自由ですが」
フェルド家当主からの誕生祝い……ろくなものの予感がしないな。
そう思いながらも、俺は一応差し出された鍵を受け取った。
鍵に彫られている番号で、どの部屋のものなのかは分かる。……まあ、五分もあれば往復できる所だな。
「まだ、十八になったばかりの殿下が、パーティの間中拘束されているのも、酷でしょう? どうぞ、無理をなさらずに」
そう意味深に言い残して、レイモンドは去って行った。
……これは、数時間のパーティの間も王子らしい姿を維持できない青二才と馬鹿にされたとみるべきか。
それとも分かりづらいだけで、純粋な親切だと取るべきか。
その場に残された俺は、鍵を片手に暫くの間、煩悶した。
「……今なら、少しくらい抜けても大丈夫そうだな」
結局悩んだすえに俺は、用意された休憩室に足を運ぶことにした。
レイモンドの親切心を信じるわけではないが、例え何らかの罠であったとしても、大貴族フェルド家の当主にして未来の義父のプレゼントを無視するわけにもいくまい。
どうせ罠と言っても、命に係わるものではない筈だ。その辺りでは、レイモンドは信用出来る。
レイモンドは俺個人は嫌っているかもしれないが、父上と国に対する敬愛はおそらく本物だ。レイリアに対する愛情も、勿論。
自分の好悪で、俺を不当に傷つけはしないだろう。……笑い話に出来る範囲を超えては。
俺はそっと会場を抜け出して、鍵に振られた番号の部屋まで、足を運んだ、
「……ここだな」
休憩室と言われた部屋には、警備も置かれていなかった。
俺は少しだけ緊張しながら、鍵穴に鍵を差し込む。
……レイモンドなら明けた瞬間、何か降って来てもおかしくないから、慎重に行こう。
俺は、開錠した扉をそっと開け……
「……っ!」
……中の光景が見えた瞬間、すぐに扉を閉めた。
ばくばくとうるさい心臓を落ち着かせながら、ぴったりと扉に背を当てる。
こめかみから流れた汗が、頬を伝った。
部屋の中には……俺が今まで見た誰よりも美しい、金色の髪の女性が立っていた。
―――娘の婚約者の誕生日祝いに、女を用意するって、なにを考えているんだ、あの狐親父……っ!




