アルファンスの憂鬱3
「……アル。お前、やつれてないか? ちゃんと睡眠時間は確保してるのか?」
「作業効率を考えて、一日六時間は睡眠時間を確保するように努めております。寝付けない時もありますが、目を瞑って体を休めているだけで、それなりに休息効果があると昨今の研究機関では言われてますので、体を壊す可能性は少ないかと。その分、余った時間に集中して勉学や業務をしておりますので、寧ろ作業効率的にはベストな状態かと思われます。現在の進捗としては目標の三割が終わった所……二か月弱の現時点では、目標通りのペースではありますが、少し余裕を持って終わらせたいので、以後ペースを上げていこうと思ってます」
「……そ、そうか。いや、お前が体を壊さないなら良いのだが……あまり無理はしないように」
無理はしていない。少なくとも仕事に関しては、かなり体に負担を掛けないようにペース配分している。
……ただ、ただ、レイリアが不足しているだけで……!!
ラファは怒って週一くらいしか顔を見せなくなったせいで(なお、レイリアの所は相変わらず毎日訪問しているらしい……憎い)、結局俺のレイリアの補給は相変わらず、週一の伝言鳥だけになっている。
二か月近く、まともに言葉を交わしてすらいないんだぞ?
正直そろそろ本当に禁断症状が出そうだ。……辛い。
レイリアに会いたい。
一目でいいから顔が見たい。
……そろそろ、ディールに土下座してでも出奔したくなっているのだが、どうしたものか。
「……ところでアル。お前、明日が何の日か覚えているか?」
「あー……なんかの祭典の日でしたね。そう言えば」
ほぼ一日父上と一緒に行動する必要があって、国民の前に顔見せしないといけないという予定は一応覚えている。
だけど、祭典はそれなりの頻度で行われる為、詳細まではきちんと把握できてないんだよな。今の状態では。
「……しっかりしろ、アル。お前の誕生祝いの式典だろ」
「あ――……」
そう言われれば、そうだった。
学生時代は式典を免除されていたから忘れていた。
「……たかだか誕生日を、国の規模で祝わせるって、よくよく考えれば滑稽な感じがしますね」
「仕方ない。それが王族ってものだ」
「……スピーチって一言で良いのでしたっけ」
「国民に対してはそれで構わないが、午後の貴族を読んだパーティではもっとしっかりしたものを作成する必要があるな」
「貴族相手のスピーチ原稿って面倒臭いですよね……古典の引用やら、過去の偉人の名言やらを組み入れて、婉曲的かつ詩的に表現しないといけなくて。……この慣習なんとかできませんかね」
「そう言うことはお前が王になってから、言いなさい。たかがスピーチとはいえ、古くからの慣習を打ち破るのは色々面倒だぞ。慣習に縛られる老年者を御してまで、それを変える意味があるかが問題だな」
「……そうですね。俺が王になって大きな改革を成し遂げる時に一緒に、変えますよ。小さな慣習を変える方に意識が囚われてくれれば、大きな改革に対しての反対から意識を逸らせられるかもしれませんし。……まあ、相乗効果で余計反感を買うかもしれませんが、それはそれで」
「……お前が王になった後に、何を企んでいるのかは、今は聞かないでおこう」
「そうして下さい」
ザイードと、俺は約束した。
俺が王になったら、闇属性の民の意識改革を行い、他属性の人々との関わりを変えると。
それは、この国のあり方を根本的に変えかねない、大事業だ。
大きな反発は承知の上。
そのうえで、今から少しずつ計画を練っておかねばなるまい。
「リスクを承知で選ぶ道なら、私は反対はしないさ。……私が王を引退した後ならば、な」
「今は?」
「当然、反対する。……今のお前が考えつくようなことは、大抵は過去の私が考え付いて、リスクと天秤を掛けて切り捨てたことだ。私が王であるうちは、アル、お前には好き勝手させないぞ。どうしても早急に事を成し遂げたくば、私の首を物理的に切るつもりでいるんだな」
手刀で、自らの首を叩く父上の姿に、思わず顔が歪んだ。
「……父上を殺す未来とか、冗談でも考えたくないないのですが」
「だが、それが必要になる時もあるかもしれない。……私はそれなりに賢明な王だと自負しているが、万能ではない。見る視点によっては、極悪非道な愚王と取られかねないことだって、国の為に必要だと思えば、平気で行ってきた。後世の歴史次第では、私を殺した人間が英雄と讃えられることだってあるだろうよ」
「…………」
「お前が思っている以上に、私が座っている玉座は血に塗れている。だから、お前が将来何らかの選択の末に、私を殺して王位を奪おうとしても、恨みはしない。……だが、一時のつまらん感情で王位を望むのは止めてくれ。子どもの教育を間違ったと思いながら、死を迎えることだけはごめんだ。その時は、私こそが子殺しの罪を負うことになるかもしれないぞ」
父上の言葉はふざけた調子で発せられていたが、向けられるその瞳はどこまでも真剣だった。
王になることの重さを、改めて実感させられる。