消せない罪
火だるまになって悲鳴をあげる誘拐犯達の姿に、にやりと口端が上がった。
『安心しろ……死にはしないさ。髪の毛と、皮膚の表面くらいは持ってかれるかもしれないがな』
制御の腕輪がある限り、どれほど強力な火魔法を使っても、相手が重篤な火傷を負うことはない。
だがどれほど制限されていようが、「味わう死の恐怖」は、同じだ。
今の俺の言葉は、火に包まれている誘拐犯達の耳には届いていないだろう。
奴らは、一撃必殺と呼ばれる通常の【火炎龍舞】を食らったと思っている。
いうならば、その効果は幻影魔法に近い。
肉体に大きな被害はなくても、精神には大きな被害を与えることができるのだ。
奴らが恐怖心から効果が増幅されて感じる、火の熱に耐えきれなくなって気を失うのもきっと時間の問題だろう。
だからこそ、俺は上級魔法が好きなんだ。
最小限の攻撃で、最大限の効果を得られるからな。
しかし……こんなことまで考えられる俺って、本当天才なんじゃないだろうか……!
わずか五歳にして。この聡明さ! そして上級魔法を使いこなせる実力!
やっぱり俺は、中身が多少王族らしくなくても許されるくらい、特別な人間だ!
未来の王になるに相応しい男だ!
……ああ、自分の才能が怖い!
『……あなた……』
悦に浸っている俺を、いつの間にか立ち上がっていたレイリアが信じられないものを見るような目で見ていた。
ふっ……そうだろう。さっきまでガキと見下していた相手が、こんな天才的才能の持ち主だったんだからな。
見掛けで判断した自分の愚かさを、せいぜい恥じればいい。
『なんだ? 礼なら……』
『……っあなた! なんて危険な魔法を使うのよ!』
だが俺に待っていたのは、賞賛の言葉ではなく、一発の強烈なビンタだった。
『……な、何をするんだ! お前!』
『あんな強烈な魔法使ったら、死んじゃうじゃないの! 誘拐犯だからって、あそこまでするのはあんまりよ!それにあなたはまだ未熟な子どもなんだから、魔法が暴走して、火事になる可能性だってあるのよ! もっと、よく考えて魔法を使いなさい!』
俺は赤く腫れた頬を抑えながら、怒りでわなわなと唇を震わせた。
この女……助けてもらって、何だこの言い分は!
大体、そんなこと言われないでも分かっているに決まっているだろ!
これだから、大人ぶった馬鹿なガキは嫌いなんだ!
『この腕輪がある限り、絶対に重傷にならないように出来ているから大丈夫なんだよ!』
『…っ駄目だわ。私の水魔法じゃ、この火を消せない』
『だから、話を聞け!!』
仕方ない……この馬鹿に、いかに俺の魔法が安全か分からせてやる為に、一度魔法を消すか。
俺は不承不承、放った【火炎龍舞】を解除しようとした。
だけど、その時ふと、暴れた誘拐犯の体から燃え移った火が、隣のカーテンに燃え移りかけていることに気がついた。
……だが、まあ、あれくらいならまだ腕輪の制御の範囲内だ。
【火炎龍舞】を消せば、一緒に消えるはず。
そう、思った瞬間だった。
『うあああああああああああああ』
焼死する恐怖で錯乱した誘拐犯が、強力な風魔法を放ったのは。
あまりの風圧に、その場に倒れ込んだ俺は一瞬呆けた後に、起こった事態の深刻さに気がついた。
『……火がっ!!』
顔を上げた時には、既にもう遅かった。
カーテンに引火して、俺の支配から離れかけていた火は、誘拐犯から放たれた風魔法によって完全に変質してしまった。
俺の支配から切り離されて、ただの【火種】と化した炎は、風の中に含まれた酸素によってますます大きくなり、邸に燃え移る。
錯乱した男が、風魔法を滅茶苦茶に放ち続けたことが、事態を悪化させた。
時間にすれば、ほんの、数秒。
わずか数秒で、辺り一帯は火に包まれていた。
『……っほら、だから言ったでしょう!! 完全に暴走しちゃったじゃない!!』
『……ちがう……俺のせいじゃ……俺のせいじゃ、ない……』
誘拐犯が、風魔法の使い手でなければ。
カーテンに火が引火しなければ。
誘拐犯が、血迷って風魔法を繰り出さなければ。
こんなことには、ならなかった。
俺のせいじゃない。
……俺が、俺がこの事態を引き起こしたわけじゃない!!
『……誰のせいだとかは、取りあえず今はどうでもいいわ!! 取りあえず、逃げるわよ!! お父様達に、事態を知らせなければ!!』
自分がしでかしたことに対するショックで呆然と立ち尽くす俺の手を、乱暴に掴むとレイリアは火の中を駆けだした。
レイリアに引かれるままに足を動かしながらも、俺の頭の中はひたすら自分の引き起こした事態に対する言い訳でいっぱいだった。
自分は悪くないと、ただひたすら、それだけを考えていた。
……だから、気付かなかった。
火に熱された装飾用の甲冑が、風の勢いで自分に向かって倒れて来ていたことを。
『……っ危ない!!』
次の瞬間、誘拐犯とは違う甲高い悲鳴が、あたりに響き渡った。
布繊維と、肉が焼ける音と共に、焦げた臭いが広がる。
だけど、それは、俺のものではなかった。
『……どうして』
俺は自分に覆いかぶさった柔らかいものを見上げながら、叫んだ。
『どうして、お前が、俺の上にいるんだ……!!』




