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送る言葉

「まあ、長くて退屈なお決まりの学園長の話だから、一人考え事をしちゃう気持ちもわかるけどね。最後くらいはちゃんと聞いてあげなさいよ。……ほら、普段は真面目に聞いているあんたが注意散漫だから、さっきから学園長、悲しそうにこっちを見ているわよ」


「……いや、まさか……」


 いくら静かな卒業式会場だからと言って、隣にいるマーリーンに辛うじて聞こえる程度の声しか出していないのに、学園長まで響くわけもない。

 講堂内には全校生徒が勢ぞろいして、かなりの人数になっているし、スピーチに夢中な学園長が私の様子なんて気付くはずが……。


「……あるね。今、視線があったよ……」


「……あんたは、ただ突っ立てるだけで目立つのよ。もう少し自覚しなさい」


 マーリーンに耳打ちされて、慌てて背筋を正す。

 学園長はそんな私を暫くじっと横目でにらんだ後、ごほんと咳払いをした。


「――それでは。そろそろ聞いている卒業生の集中力も切れている頃合いかとも思うので、これにて私の祝辞の言葉を終える。諸君の今後の活躍を、心からお祈りしている」


「……あーあ。あんたのせいよ。レイ」


「……いや、たまたまだよ。たまたま、ちょうどスピーチの内容が終わっただけさ」


 うん。そういうことに、しとこう。……なんせ、今日は卒業式。この学園で過ごす最後の日だ。

 最後の最後で学園長を怒らせただなんて思いたくないから、私の精神衛生上の為にも気のせいだと思っておこう。


「――それでは続いて、送辞の言葉を。在校生代表フーネルク・デオッケ」


「はい」


 進み出たのは、私が知らない痩せぎすの眼鏡の男の子だった。

 送辞は、二年生の中で最終試験の首席だった者が行う伝統になっている。

 私自身、去年ああやって前に出て、送辞の挨拶を読んだっけ。

 一年経った今となっては、ただただ懐かしい。


「卵から孵った鳳凰の雛が、成鳥となって大空を華麗に飛び立つがごとく、先輩の皆様がこの学園から飛び立っていく日がやって参りました。まだ成鳥になり切れていない、未熟な私には、大きく羽根を広げていらっしゃる今の先輩たちの姿がとても眩しく見えます。そして、先輩たちの姿が立派であればあるほど、刻一刻と近づいていく別れの時が思い出されて、今にも胸がはじけ飛びそうです」


 フーネルクが朗々と読み上げた文章は、流暢でそれなりに美しかったが、同時にどこか形式的でおざなりでもあった。

 本の中に書かれていた例文を、そのまま暗唱したかのようだ。

 ……でも、実際経験した身からすると、難しいんだよな。送辞の言葉って。

 あまり砕け過ぎても顰蹙を買うし、先輩の答辞より立派でもそれはそれで困るし。

 個人的な誰かではなく、全ての先輩に向けて語らないといけないし。


 噛んだりとちったりしないだけ、フーネルクは頑張っている方じゃないかな。

 ……私の時は、最後少し噛んで、慌てて「このように未熟な身ですが、来年には先輩たちのように落ち着きある大人を目指したいと思っています」って、付け足したんだっけ。

 ……なれて、ないなあ。落ち着きある大人になんて。


「――以上を持ちまして、私の送辞を終わらせて頂きます」


 最後まで形式的な言葉の畳重ねて、フーネルクの送辞の言葉は終わった。

 同じように形式的な


「それでは答辞の言葉を――卒業生代表、アルファンス・シュデルゼン」


「はい」


 フーネルクの入れ替わりで出てきたのは、アルファンスだった。

 卒業前の最終試験で堂々の首席であり、かつ王族であるアルファンス以上にこの場の適任はいないだろう。

 アルファンスはぴんと背中を伸ばして前に出ると、その場で深く一礼をした。

 王族であるアルファンスが頭を下げる場面はめったに見られないこともあって、少しだけ周りがざわついた。


「本日は、私達卒業生のために、このような盛大な式を開いてくださり、ありがとうございました。また、先ほど学園長、在校生代表からあたたかい祝福の言葉を頂き、胸がいっぱいです。本当にありがとうございました」


 アルファンスの口から出た答辞の言葉も、やはり形式的なものだった。

 ……やっぱりどうしても、そうなるよな。

 卒業式だし。型からはみ出るわけにはいかないよな。


「――と、まあ、お決まりな言葉を重ねて締めるべきかとも思ったが、やっぱりやめておく。そんなお仕着せの言葉は、卒業してからいくらでも吐くことになるからな。まだ完全に卒業してしていない、今、この時は俺は皇子である前に、アルファンス・シュデルゼンという一生徒だ。……十七歳の、ただのガキだ。この学園の中では、まだな」


 ……え?


 今度はあからさまにざわつく講堂の生徒達を前に、アルファンスは笑った。


「そんなに驚くことでもないだろう。……今までだって俺は、散々醜態を晒してきたにだから。同じ時を過ごしてきた卒業生はもちろん、下級生だって俺の馬鹿なうわさくらいは聞いているはずだ。自分の婚約者に対して対抗意識を燃やして、喚き続けた醜聞をな。だったら、今更最後にもう一つくらい、悪い評判を増やしても、今更だろう」


 ……アルファンス、君は一体何を考えているんだ。


「四年間……俺は、ずっと周りにみっともない姿を見せ続けてきた。この箱庭の中で許される範囲の『子ども時代』を、俺はそうやって四年間堪能したんだ」


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