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ウンディーネの実態

 一瞬少しだけ驚いたように目を見開いたフルーリエ先生だったが、暫く黙り込んだままコーヒーを口に運ぶと、大きく息を吐き出して口を開いた。


「――諦めな」


「え……」


「ウンディーネに憑かれた男がいたんだろう? 人間にはどうしようもできることじゃないさ。諦めな。……幸か不幸か、精霊は人間を自らの眷族に迎えいれる時、一切その人間の痕跡を消すからね。人が一人消え去るだけで、何も問題なく世の中は回るはずさ」


「そんな……」


 黙って、アーシュが消えていくのを見ていろというのか?

 そんなのって……。


「同意がない、一方的な精霊からの恋慕だったら、いくらでも対策の取りようがあるのさ。実際『火の愛し子』の時は、そうだったしね。憑かれた方の拒絶の意志が強ければ、精霊はどうしようもないし、無理強いもできない。……だけど、ウンディーネの場合は、前提が違う。彼女達は、自らの愛を『受け入れてくれた』人間を、深く深く愛し抜く。逆を言えば受け入れられなければ、彼女達は動かない。……ウンディーネの精霊憑きが起こってる時点で手遅れさな。人間側が精霊の愛を受け入れた時点で、そこに契約は生まれるのだから」


「でも……でも、人間側が、ウンディーネの正体を知らない場合は……」


「知らなかったから仕方ない? それが許される理由になるのならば、悪魔と契約して身を滅ぼす人間なんかいないさ。知らないことは、免罪符にはならない。……相手が人間じゃなければね」


 フルーリエ先生は、そう言って苦々しげに長い白髪を掻き毟った。


「……何年か前に、あんたと同じことを聞きに来た生徒がいたよ」


「え……」


「紺色の髪で、愛し子でこそなかったけれど水属性が顕著に強い、随分と見目が良い生徒だった……その生徒は、婚約者がいるのにウンディーネを好きになっちまったらしい。それでもやはり家には逆らえないと、ウンディーネとの関係を清算しようとしたんだが……まあ、結果は推して図るべきってとこだね」


「それは、もしかして……」


「あんたも噂で聞いたことあるかもしれないね。セドウィグ家の長男坊のことさ。溺死状態で見つかったて話だけど、まあウンディーネの仕業さな」


「先生は、そのことを誰かに……」


「言う訳ない。精霊のせいだと分かったところで何になる? 時代錯誤な精霊狩りでも始まって、精霊の怒りを買うだけさ。彼らは嫌いな人間には寛容だけれど、敵対する人間には容赦がない。精霊同士の結束は強いから、気性の荒い火の精霊辺りから暴れ出して、ウンディーネが住んでいるセドウィグ家の領地は悲惨なことになっただろうね」


 何でもないように言うフルーリエ先生の言葉が、私には信じられなかった。

 人が一人亡くなっているのに、何故それ程平然としていられるのだろう。

 そして下手すれば、また一人亡くなるかも知れないのに。


「……あんたは知らないかもしれないけど、契約によって縛られるのは何も人間だけじゃない。人間と愛し合うことは、ウンディーネ自身にとっても命賭けの行為なんだよ」


「え……」


「愛した人間に裏切られた時……ウンディーネは相手を殺すか、自身が消え去るかのどちらかの選択が迫られるのさ……自らの死を選んだ場合、周辺一帯の水が枯渇するというおまけつきでね」


「周囲一帯の水が、枯渇……」


「水は生命の根源だ。多くの生き物が死に絶えるか、住み処を追われるだろう……性根が優しいウンディーネは沢山の生命を道連れにした自らの死を選べない……だから彼女達は大抵は愛した男を殺して、その記憶を忘れる道を選ぶ。人間はその選択を非道だと誹るけれど、そこまでウンディーネを追い詰めた男とウンディーネ、どっちが非道なんだろうね」


 フルーリエ先生の言葉に、私は何も言い返せなかった。精霊のことをよく知らない……記憶することすらあまりできない私には、人一人の存在を消し去ろうとし、それが叶わなければその命を奪おうとするウンディーネは、「悪」にしか思えなかった。最悪の場合は、ウンディーネを滅ぼすことさえ考えていた。

 けれど、フルーリエ先生の話をきくと、ウンディーネをどう捉えれば良いのかが分からなくなった。

 姿も見えず、声も聞けない「精霊」という存在。

 だけど、そんな精霊達にも人間のように感情があって。自らの定めに苦しんでいて。

 誰かを愛する気持ちは、人と変わりなくて。


 ……自分が何をすべきかが、分からなくなった。


「私は、精霊がとても愛しいのさ。人より純粋で真っ直ぐで、欺瞞がない精霊達が。……だからこそ、私は人間の味方はしないよ」


「……それほど精霊がお好きだったのに、何故フルーリエ先生は風の精霊の眷属になる道を選ばれなかったのですか?」


「人としての生に興味があったからねぇ」


 フルーリエ先生は昔を懐かしむように目を細めた。


「『風の愛し子』と呼ばれた私を、クオルドは幼少の頃からずっと眷属に迎えたがっていたさ。だけど、私はそんなクオルドの情熱を受け入れられなかった。クオルドのことは幼い頃からずっと愛していたし、人間でなくなること自体は嫌だと思ったことはなかったのだけどね」


「……それは人の生を、知りたかったからですか?」


「私は欲張りなんだろうね。精霊を愛する一方で、同じくらいの強さで『知識』を愛していたのさ。私は知りたかった。人間という立場から見た『精霊』の存在を。人間側からの精霊についての考察が、私が実際クオルドや他の風の精霊と交流して感じるものとどれくらい違うものなのか、知りたかった。そして私の考えを、知って欲しくもあったのさ。……まあ、読んだのが、精霊に好かれる素養がない人間の場合は、いくら私が伝えてもすぐに忘れてしまうんだけどね。結局」


「クオルドさんは、それに納得を……?」


「納得も何も、クオルドはそれを受け入れるしかないのさ。私が応と言わなければ、無理やり眷属に迎え入れることもできないのだから。……まあ、未だにしょっちゅうゴネられはするけれど。それでも人間の生を全うするまでは、待ってくれるとは言っているよ」


 フルーリエ先生の言葉を肯定するように、再び優しい風が吹いた。

 ……アーシュとウンディーネも、こんな風な関係になれれば全てが丸く収まるのかな。

 こんな風に、互いの生を尊重しあって、受け入れれば。


「まあ、望む場所に自由に行ける風の精霊と、自分が生まれた水場から離れられないウンディーネとは、また違うから変な期待はしない方がいいよ。平民出の私は独身を貫いても大した問題はなかったけれど、お貴族の坊ちゃんじゃあ、そうも行かないだろうしね」


「……そうですか」


 ……まるで心を読んだかのように、駄目出しして来るな。フルーリエ先生。

 ありがたいと言えばありがたいけれど、色々詰んでる状況なだけに心が折れそうだよ。


「……もう一つ伺っても良いですか?」


「ああ。いくらでも気が済むまで質問をおし。いくら全てが終われば忘れちまうとは言え、人一人の存在が消えていくことを諦観するのは辛いだろうからね。自分で納得がいくまで話を聞くといい」


「いえ……あんまりたくさん質問をしたら、大事なことから忘れてしまいそうなので、もう一つだけで結構です。……精霊を見ることも、声を聞くこともできない者が、一時的に精霊と交流する方法って、ありますか?」

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