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光に溶けた君を想う

 すぱーんという大きな音と共に、フェニの体が私の上から吹っ飛んで行った。


 ちょ、アルファンス!?


 転げることなく、華麗に床に着地したフェニが、叩かれた頭を押さえながらアルファンスを睨み付ける。


【何すんだよ、むっつり!!】


「何は俺の台詞だ!! お前、レイリアに向かって、何言おうとしているんだ!!」


【だって、どうせ散らされる純潔なら、いっそ僕の手で、と思って当然だろ!! 大丈夫。僕も経験はないけど知識だけはあるから、きっと優しく……痛あ!!】


「もう、お前しゃべるな口を開くな馬に戻れ。まだ卑猥なことを口にしない分、馬の姿の方がましだ!!」


 再びぎゃあぎゃあと喧嘩を始めるアルファンスとフェニを眺めていたら、何だか笑えてきた。


「……ふふ……君達、仲が良いね」


「【断じて仲は良くない(よ)!!】」


「そういうところが、だよ。……息ぴったりじゃないか。はははっ」


 まるで仲が良い兄弟の喧嘩を見ているみたいで、何だか微笑ましい。

 アルファンスって実際、誰かと喧嘩している時が一番いきいきしているよな。

 ……駄目だ。何だか、ツボに入った。


【……レイリア。それだよ。そうやって、君が笑っていてくれること。それだけで僕は、十分なんだよ】


 ベッドの脇に近寄って、そっと私の手を握りながら、フェニは微笑んだ。


【君の笑顔は、僕の角一本分じゃ足りない程、価値があるのさ】


「……さっきと言っていることが違うだろうが。何今更格好つけてるんだ。変態馬」


【うるさいなあ。むっつりは黙っててよ!! あんなの、ジョーク、レイリアに笑ってもらう為のジョークに決まっているだろ。ユニコーンはいつだって、純潔の乙女の味方なのさ。自分で乙女を穢したりなんかしないよ。……まあ、レイリアが応じてくれるのなら、やぶさかでもないけど】


「やっぱり半分くらいは本気だったんじゃないか!!」


 ……また、始まった。

 まずいな。笑いがぶり返しそうだ。

 口元に手を当てて笑いを噛み殺していると、不意に背中に温もりを感じた。


「……ラファ?」


【……わらわを忘れるな。レイリア。淋しいじゃろうが】


 そう言って、額をぐりぐりと背中に押し付けてくるラファに、胸がきゅんと鳴った。

 ……しかし、流石精霊。全然動きが分からなかったな。


【ああ――!! 火の大精霊ずるい!! レイリアの添い寝は、僕の役目だよ!!】


【ふふん……主はそのままアルファンスと喧嘩していれば、良かろうも。レイリアはこれから、わらわとお昼寝じゃ】


【君こそ、愛しの王子様といればいいだろ! あと、子どもなんか期待しないで、諦めずにもっとむっつり王子にアタックしてくれよ!! 眷族でも何にでもして、レイリアの前からこいつを消してくれれば全ては丸く収まるんだよ!!】


「……突っ込みたい所は山ほどあるが、取りあえず変態馬。ラファはともかく、お前だけは絶対レイリアの添い寝は許さん」


 戻って来てくれて嬉しいと、生きていてくれて良かったと言ってくれる大切な存在達に、どうしようもなく、胸が温かくなった。




「――レイリア!! あんたは一体どれだけ私の心臓に負担を掛ければ気が済むのよ!!」


 真っ赤に泣き腫らしたマーリンは、部屋に飛び込んでくるなり私の体を痛い程に抱き締めてくれた。




「……前回は見舞いに来れなかったが、今回は許可を貰えて良かった。……ちょうど先日郷里に戻った時の、土産があったんだ。しっかり食べて栄養をつけて、早く良くなれ」


 肩にヘルハウンドを乗せたザイードが、そう言って何かの干し肉を差し出した。(……何の肉かは、何となく聞けなかった)




「レイ様!! ……元気になったようで良かったです……!! お見舞いにチエニーの実のパイを焼いて来たんです。……あと、この花。先程、保健室の扉の所に置いてあって。……この花、セドウィグ家の領地にしか生息してない花なんですよ」


 片手にはパイの箱と、片手には見慣れぬ水色の花を抱えたミーアは、そう言って泣きそうな顔で微笑んだ。




 私が目を覚めたことを聞いた生徒達は、次から次へと見舞いに訪れてくれた。


「一人五分だけ、って言ってるのに。これじゃあ、レイリアちゃんが休む時間もないわね」


 そう言ってネルラ先生が困ったように笑っていた。


 お父様や兄上達からの伝言鳥も、一斉に送られてきた。

 込められてメッセージは、目覚めたことに対する神への感謝と、愛の言葉。……それから、次回対面した時のお説教を匂わせる、不穏な言葉がそれぞれ最後に録音されていた。

 ……次実家に帰る時が、正直怖い。




 生きてここに戻って来ることが出来て良かった。

 これからも、大切な人達と一緒にいることが出来て、本当に良かった。

 心から、そう思った。




 ――そして、そう感じれば感じる程、ただ一人、光の中に消えて行ったカーミラのことを想わずにはいられなかった。


 自分の幸せを噛み知れば噛みしめる程に、その代償として切り捨てた、一人ぼっちの彼女を想った。

 伸ばされた手を、二度も……違うな。生と死の狭間で、私は二回あの娘を拒絶したから、三度だ。

 三度も私はカーミラの手を振り払ったんだ。

 大事なもの天秤に掛けて、私は三度、彼女を見捨てた。

 そして、苦い物が込み上げる度、思い出すのは最後のカーミラの言葉だった。


「――ねえ。アルファンス。体調が完全に回復したら、一緒に行って欲しい場所があるんだ」


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