デジャブ
向けられるラファの真っ直ぐな好意に、胸が詰まった。
だって、私は……。
「……私は、君を利用したのに」
アルファンスは私の都合の良いように解釈してくれたが、結局私はラファよりもアルファンスを取ったのだ。
そこにどんな複雑な想いが合ったとしてもアルファンスの為に、ラファを利用した事実は変わらない。
ラファにそんな風に言って貰える資格なんか……。
【アルファンスに、わらわと話す機会を作らせる為じゃろう!! ……じゃが、そうじゃなくても、わらわは構わぬ……!!】
「……ラファ?」
【主とアルファンスになら、利用されても構わぬ!! 主とアルファンスの気持ちがどうであろうと、わらわは主達が好きじゃ!! 特別に、大好きなのじゃ!! ……利用するというなら、すればいい。どんな形であれ、好きな相手の役に立てるのなら、本望じゃ!!】
はっきりとそう言いきって、そのまま私の胸元にしがみつきながら、ラファは再び声をあげて泣き出した。
私が生きていて嬉しいと。
生きている私に、これからもずっと傍にいて欲しいと。
何度も何度も繰り返しながら、ラファは私の胸にその額を擦りつけた。
どこまでも、真っ直ぐで純粋なラファの言葉に、いつの間にか私の目からもまた、涙が零れていた。
「……ラファ。私も……私も、君が好きだよ」
ラファの赤い髪を、指先でそっと撫でる。
先ほどは気づかなかったが、柔らかくて指通りが良かったラファの髪は、ごわついて乱れていて、それがこの一週間のラファの心労を表しているかのようで、よけいに泣けて来た。
「アルファンスに対する【好き】と違っていても……それでも私は、真っ直ぐで純粋な君が、確かに【好き】なんだ……」
……ああ、私は馬鹿だな。
ラファに、アルファンス以外の人間を大切に想うことは悪いことじゃないと諭しておきながら、今逆にラファからそのことを教えられているじゃないか。
アルファンスが憎んでいた彼女を、カーミラと同じように大切な相手を傷つけた相手を、好きになってはいけないと気持ちを封じることこそが、私の世界を狭めることだったのに。
アルファンスに対する【好き】
ラファに対する【好き】
形は違っていても、優先順位は違っていても……それでもその感情はどちらも確かに胸に存在していたのに。
「君が好きだよ。ラファ。……だから、一緒にやり直そう?」
そもそも、私が彼女の世界を広げるのだという考え自体が傲慢だった。
ラファがいたから、私は私自身を再構築できた。
ラファがいたから、私の世界は広がった。
教えられているのは、私の方だ。
「一緒に世界を学んで……一緒に世界を広げて行こう? 君が知らないことは、教えてあげる。だから、ラファ、君は私の知らないことを教えてくれ」
【……わらわが、主に教えられることがあるのか】
「たくさん、あるよ。……でも、無理に考えなくてもいい。君と一緒にいて、話すだけで、私は色々教えてもらっているのだから。……今、この瞬間もね」
【そうか……!! なら、なんだって教えてやる!! ……ふふん。わらわはレイリアの先生になるのじゃな。それは、なかなかどうして、気分がいいぞ!!】
さっき泣いたカラスが、もう笑った。
私の胸元から降りて、機嫌良さそうにぴょんぴょん跳ね回るラファに、私の口元からもまた笑みが漏れた。
【――ああ。そうじゃ。アルファンス】
そこでラファはようやく、たこ殴りにするだけして放置していたアルファンスに向き直った。
叩かれた箇所をさすりながら、どこか所在なさ気に立ち尽くしていたアルファンスの肩がびくりと跳ねる。
【……わらわは、レイリアが好きにはなったが、かと言って主への想いが変わったわけではないぞ。今でも主はわらわの特別で、一番の『好き』じゃ。女心をちっとも解さぬ、大うつけであってもな】
「………」
【じゃが、今となっては主をわらわの眷属にしようとは、思わぬ。……主の気持ちをわらわに向かせられるとは思わぬし、レイリアを悲しませるのも、わらわの本意じゃないからな。加護は変わらず与えるが、その見返りを主に求めたりはせぬ】
「……ラファ」
ラファはそこでアルファンスと私を交互に見やった後、にっと歯を出して笑った。
【――じゃから、アルファンス。レイリア。主らの子どもができたら、わらわにくれ】
「「え」」
アルファンスと私の声が重なった。
――こ、子ども!?
【ああ、もちろん無理じいはするつもりはないぞ。あくまで、主らの子が応じたらの話じゃ。……主らの子ならば、どちらに似ようがわらわにはきっと、一層特別な『好き』になる気がするのじゃ。属性だけはアルファンスに似て欲しいがの】
「いやいやいやいや!! ラファ、そういう話じゃなく!! 子どもって……私とアルファンスの子どもって……!!」
【? 何を狼狽えておるのじゃ、レイリア。主らは婚約者なのじゃろう? 人間は、結婚すればいつかは子を為すものじゃないのか?】
「……いや、そうだけど!! そうだけど、その……」
子どもができるということは、当然それなりの過程があるわけで。
私とアルファンスが、結婚して夫婦になって……その……その。
ああ、駄目だ!! これだけでもう、顔が沸騰しそうだ!!
「……アルファンス!! 君も、何かラファに言ってやれよ」
アルファンスもアルファンスで耳まで真っ赤にして黙りこくっていたが、私の言葉にハッとしたような顔をして、そっぽを向いた。
「……まあ。本人の意志次第だな。生まれた子が全てを捨ててでもお前を選ぶというのなら、俺は反対はしない」
……て、違う!!
いや、違くないけど、私が求めていた反応と違う!!
あれ、私がおかしいのか!? 私が過剰反応なのか!?
【そうか!! なら……】
【――――だめええええええええええええ!!!!!!】
視界が一瞬にして純白に染まった。
……あれ、何かデジャブを感じるぞ。




