ファーストキスは知らぬ間に
光魔法による回復は限度がある。
どれ程有能な使い手だって、死者までは生き返らせることは出来ない。
全身を血で濡らして既に冷たくなりつつある、レイリアの状態は、既に何の手を施しようもない段階だった。
「……俺が……俺が、もっと早くラファに力を請うことができたら……っ!!」
血塗れのレイリアの体を掻き抱きながら、ただただ己の愚かさに絶望した。
カーミラ・イーリスが悪魔によって殺された時点で、悪魔がレイリアに手を出す可能性も想定の内にあった。
それでも俺は、「召喚に失敗した、使えない契約者に腹を立て殺した」という専門家による見解の方を鵜呑みにして、それほど堅固な警戒態勢をレイリアに強いていなかった。
起こるか分からない悪魔の襲撃を知らせることで、レイリアが自分のせいで、カーミラ・イーリスを殺してしまったのではないかと苦しむのが嫌だった。
その結果が、これだ。――俺は、馬鹿だ。大馬鹿だ。
自分のつまらない確執さえ捨ててしまえば、レイリアを助ける術は、すぐ傍にあったのに。
「レイリア……レイリア……」
また、守れなかった。
守れないだけでなく、今度こそ失ってしまった。
まだ俺は何も……何も、レイリアに伝えられていないのに……!!
絶望に浸る俺の前で、ユニコーンが突然嘶いた。
そして、その角を近くにあった岩に勢いよく打ちつき出した。
……こいつも、レイリアを守れなかった自分自身に絶望しているのだろうか。
「……そんなに打ち付けていると、自慢の角が折れるぞ……」
俺の言葉にユニコーンは明らかに侮蔑交じりの視線を寄越して、さらに勢いよく角を打ち付けだした。
……違う……? こいつは、単に八つ当たりで岩に角を打ち付けているわけではなく……。
「――【ユニコーンの角】……! そうか、こいつは、わざと……!」
聞いたことがある。
ユニコーン自体の稀少性と、人に慣れない凶暴な性質から、滅多に出回らない万能の妙薬。
重度の病も傷もたちどころに治すそれは、まだ死後時間が経っていなければ、死者さえも蘇らせると言う。
今、レイリアの為にこいつは、ユニコーンの証明とも言えるその角を犠牲にしようとしているのだ。
唖然と見つめることしかできない俺の前で、その角が音を立てて折れた。
ユニコーンは角を口に咥えて俺の元に持ってくると、そのまま俺の前に投げた。
レイリアに使えと言うことなのだろう。
俺は躊躇うことなく、その切断面を齧った。
歯が折れそうなくらい硬かったが、それでも何とか一口大にして口に含むことができた。
動かないレイリアの顎を掴んで上に向かせた。
本当に効果があるのかは分からない。
それでももし……もし、レイリアを蘇らせることが出来るのなら。
また、レイリアが生きて笑ってくれる可能性があるのなら。
俺は開きっぱなしだったレイリアの口に自身の口を合せると、そのまま舌で奥に押しやるようにして、口内のユニコーンの角の欠片をレイリアに飲み込ませた。
「――アルファンス……!? き、君、その、私に……キ、キスしたのかい?」
「……非常事態だ。仕方無いだろう。些細なことは気にするな」
気にするなって言われても……気にするよ!!
だって、頬や額はともかく、口同士でキスしたことはないんだから……。
私のファーストキス……いや、嫌じゃない。けして嫌じゃないけれど……!
命に比べたらファーストキスの一つや二つ、がたがた言うことじゃないとも分かっているけど!
一人赤面して狼狽える私にアルファンスは、呆れたような、苦渋を飲み込む様な、何とも言い難い複雑な視線を投げ掛けて話を続けた。
「……幸いにして、お前は瀕死ながらも息を吹き返したから、胸元の傷口に角の断面を擦りつけながら、即刻ネルラ先生のもとに運んだんだ。それでもなお、お前が生きて目覚めるかどうかは五分五分だったから、ネルラ先生の光結界に加えて、専用の道具で煎じた残りの角も一週間の間定期的に摂取させて続けて、今ようやくお前が目覚めた。……残りの角もすっかり使い切って、やっとな」
アルファンスの言葉に、私は胸元に手を当てた。
一瞬にして風穴が空いたそこは、今はもうすっかり塞がっていて、結界の効果もあって痛みも感じない。
だけど、私は本当に危なかったのだ。
フェニが自身の角を提供してくれなければ、あのまま光の先に進む以外の道はなかったのだ。
改めて実感した、自身の死の可能性の高さに、自然と体は震えていた。
そんな私にアルファンスは痛みを耐えるかのように顔を歪めた。
「……すまない。レイリア。……俺はお前を守れなかった……」
そう言って深く頭を下げたアルファンスに、正直とても戸惑った。
「……いや、アルファンス……君が謝ることじゃないだろ」
「いや……俺の責任だ。……悪魔の襲撃の可能性を想定していたのに、そして、万が一そうなった時も、お前を守れる術を持つことも出来たのに……俺はお前の為に、何もしていなかった。お前の為に角を犠牲にしたユニコーンがいなければ、お前を死なせてしまっていた。……守ると、決めていたのに……今度こそお前を守ると決めていたのに……!」
ただただ自分を責めるアルファンスになんて言葉を返せばいいのか、分からなかった。
アルファンスは、何も悪くない。
寧ろ、悪いのは、油断して簡単に悪魔の拘束を許した私の方だ。
だけど、それをそのまま口にしても、今のアルファンスにはきっと伝わらないだろう。
一体何と言えば、アルファンスはこんな風に、苦しそうな顔をしないでくれるのだろう。
無事に目が醒めて良かったと、ただいつものように笑って欲しいのに。
「……だからレイリア。俺は次こそは……否、これからはずっと、ただお前を守り続けることにした。お前がけして危険な目に遭わないように、俺はこれからはずっと、傍でお前を見守っている。……お前が俺を忘れてしまっても、ずっと」
「……え」




