また巡り合えたら
「カーミラ……」
「……さっさと、どこへでも行って下さい。闇の中で勝手に一人彷徨うなり好きにすればいい。私はもう、止めませんから」
光は先程よりも一層大きくなって、カーミラに向かって近づいていた。
カーミラもまた、光を拒絶することもなく、一歩、また一歩と光に向かって進んで行く。
私はただ、その背中を呆然と眺めることしかできなかった。
このまま。
このままカーミラと別れて、終わりにしてしまっていいのか。
私が共に逝くことの他に、カーミラの為にできることは何もないのか。
『ミーア……俺の……俺のこと……覚えていて、くれるの?……忘れないでいて、くれるの?』
その時、不意に頭の中に、かつてのアーシュ・セドウィグの言葉が蘇った。
「……――カーミラ! ……私は、この先絶対に、君のことを、忘れないっ……ずっと、君のことを、君の手を振り払ったことを、ずっと抱えていくよ……!」
私は、自分がカーミラにした仕打ちを、理想の王子様になれなかった自分を、この先ずっと忘れない。
例え、生き返ることが叶わず、あの光の中に入ることになったとしても、罪の意識はきっと魂の中に刻みこまれたまま、次の生まで引き継がれる筈だ。
どれほど時間が経とうと、私はこの先ずっと、カーミラの幻影に囚われ続けるのだろう。
彼女を救えなかった……救わなかった罪を抱き続けるのだろう。
そのことが、カーミラにとって意味があるが分からない。
アーシュにとってのミーアと、カーミラにとっての私は違うし、アーシュとカーミラの考えが同じだとは限らない。
だけど、それでも私は彼女を忘れないことを、カーミラに伝えずにはいられなかった。
彼女が生きた証が、私の中に確かに残ることを、カーミラに知って欲しかった。
「……今度は一体何を言い出すかと思えば。本当、貴女は偽善者ですね。今までのことを全て忘れて、次の生を歩むことを決めた私には、もう前の世界のことなんてどうでもいいんですよ。私がいなくなった世界で、誰かが私を想って泣いたとしても、それを私が知ることはけしてないのですから。……貴女は私を想って言っているつもりかもしれませんが、自己満足も良い所です。それで、私を見捨てたことが帳消しになるなんて思わないで下さい」
振り返ることもなく、冷たい声ではっきりと言い放つと、カーミラはそのまま光に向かって足を進めた。
カーミラの言葉は、全てその通りで、私は何も言い返すことができなかった。
光はさらに大きく膨れ上がり、少しずつカーミラを飲み込んで行った。
「……それなのに……私は本当に愚かですね。貴女の偽善的な言葉を、それでも嬉しいと思ってしまうなんて。――それでもう十分だと満足してしまうなんて。私は本当に馬鹿だ……」
光に飲み込まれる直前、カーミラは初めて私の方を振り返った。
逆光で見えない筈のその表情を、何故か私はその時、はっきりと見ることができたのだった。
「……ねえ。レイ様。私は薄情なレイ様とは違うから、来世で惨めな目に遭っているレイ様と出会ったら、手を差し伸べてあげます。不幸で一人ぼっちなレイ様を、幸福な私が救い出してあげますよ」
カーミラは、笑っていた。
その紫水晶の瞳を細めて、私に向かって笑いかけていた。
「だから今度は……次にまた巡り合った時は――その時こそは、私の友達になって下さい」
その言葉を最後にカーミラの体はすっかり光に飲み込まれて、やがて見えなくなった。
「……カーミラ」
私は少しの間呆然とその場に立ち尽くしていたが、すぐにそんな時間はないことに気が付いた。
カーミラを飲み込んだ光はさらに大きさを増し、ゆっくりと私の方に近づいて来ていた。
私は光から背を向けると、何も見えない底なしの闇に向かってただ真っ直ぐに走って行った。
振り返ってはいけない。
後悔をしてもいけない。
今はただ、生きることだけを考えなければ。
無我夢中でただただ必死に走って行くうちに、やがて遠くから小さな声が聞こえてくるのが分かった。
――ああ。私は、この声を知っている。
遠い昔ここに来た時も、私はこの声を追って戻って来たんだ。
【……ア……リア……】
声が聞こえてくる方向を目指して、私はただひたすら走った。
覚えている。
思い出した。
【……レイ……ア……】
あの時私を呼んでいたのは、幼かった私より、さらに年少な、小さな小さな男の子。
自分を庇って瀕死の火傷を負った私を、エメラルドの瞳いっぱいに涙を溜めて、ベッドの傍らから必死に呼びかけていた。
生意気で。世間知らずで。私よりも年下の癖に、何だかやたら偉そうで。
考えなしに、大人でも使えないような強大な魔法を発動させて、コントロールに失敗した。
そしてその結果、私を傷つけてしまったことを、顔をくしゃくしゃにして泣きながら後悔していた。
「――レイリア!!」
フェルド家の屋敷で開催された舞踏会の夜、一度だけ会った、小さな――黒髪の、男の子。
「――……アル……ファンス?」
記憶の中の少年の姿が、一瞬アルファンスと重なって見えた。