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もう、要らない

 カーミラの必死の懇願に、胸が潰れそうになった。

 改めて、突きつけられる。彼女の一生の悲惨さを。


 可哀想、だ。……あまりにカーミラが、可哀想だ。


 どれほど、カーミラは孤独だったのだろう。

 そしてそんな孤独な中に現れた私の存在は、彼女にとってどれほど大きいものだったのだろう。

 自惚れではなく、私は確かに、彼女の人生の中で、ただ一人の特別な存在だったのだ。

 ただ一人、カーミラが心から好意を示せる相手、だったのだ。


 カーミラを、救えるのは私しかいない。

 ただ、共に光へと向かって歩いていくだけ。

 それだけで、私は悲惨だった彼女の人生を美しく終わらせてあげることができる。

 カーミラの人生に、救いを与えられる。


 私は仰向けに倒れたまま、視線を動かして光の方向を見た。

 先ほどより、何故か大きくなっていた光は、それでも変わらぬ優しい温かさを湛えて、私とカーミラを照らしていた。

 死は、もっと恐ろしいものだと思っていた。

 だけどあの光の先を進むことが死ならば、きっとそれは思っていたよりも怖いことではないのだろう。

 死は、全ての終わりじゃない。

 それは次の生へと移るまでの、ひと時の休息だ。

 あの光の中で、私達は魂を休めて、また別の存在として再生するのだ。

 あの光を見ていると、不思議とそんな確信が胸に芽生えてくる。


 カーミラと共に、光の中を進み、生れ変わる道を選ぶのが、最善なのかもしれない。

 ……否それこそが、きっと最善なのだろう。

 私にとっても、カーミラにとっても。


 罪も苦しみも、あの光の中に入ればきっと全て消え去る。

 まっさらな状態になって、またやり直すべきなんだ。

 また、全て一から始めるべきなんだ。新しい、生を。二人で。


 頬に生暖かいものが、伝った。


「……それでも……それでも、私は生きたいんだ……レイリア・フェルドとしての生を、諦められないんだ……」


 それがカーミラにとって、どれほど残酷な仕打ちだと分かっていても。

 その選択が間違っているかもしれないと、思っていても。


 私は何度だって、縋るように伸ばされた君の手を、振り払うんだ。……自分の感情を、想いを、君の為に捨てることさえ、できずに。


 ……私は何て、残酷で、ひどい女なんだろう。

 どこまでも私は、醜く、自分勝手なエゴイストだ。


「……ごめん……ごめん……カーミラ……ごめん……」


 ただ、ひたすら謝罪の言葉だけを繰り返す私を、カーミラは無表情に見つめていた。


「――本当。貴女は嫌になるほど残酷な人ですね」


 カーミラの指先が、そっと私の頬をなぞった。


「ひどい、人。……私の手を取ることは最後まで拒絶するのに、そうやって貴女だけは、死に行く私の為に、涙を流すのですから。……この世界でただ一人、貴女だけが」


 カーミラの言葉で初めて、自分が泣いていることに気が付いた。

 何を泣いているんだ……私が、涙なんて、流す資格なんてないだろう。

 最後の最後まで彼女を拒絶した私が、彼女の為に涙を流す権利なんてないのに。

 だけどどれほど止めようとしても、涙は勝手に溢れて止まらなかった。


「……ここは精神だけの場だから、体の反応に嘘はつけません。だから、貴女の涙も、欺瞞がない心からの涙なんでしょう。……どこまで、『お綺麗』なんですか。私の手は、取ってくれない癖に。私の一生の願いよりも、自分の感情を優先した癖に」


「……ごめん……」


 何も言い返すことができない。

 カーミラの言う通りだ。

 醜い勝手な人間な癖に、私はどこまで偽善者ぶるんだ……。


 手の甲で涙を拭って必死に涙を止めようとする私を、カーミラは暫く黙って、眺めていた。


「――ねえ、レイ様。人間の一生の中の幸不幸が、あまりに人によって差があり過ぎるのは、きっと生と言うものが、一つじゃないからだと思いません?」


 不意にカーミラが口にした言葉の意味を、私はすぐに理解はできなかった。


「……人間は生まれたその瞬間から、公平じゃない。レイ様のように生まれた時から恵まれて、愛される人もいれば、私のように何も持っていなくて、実の両親からさえも愛されなかった存在もいる。……人は、与えられたものを上手く活用して生きていくしかないにしても、前提条件があまりに不平等です。何故、私がレイ様じゃなかったんだろうと……私だって、レイ様のような立場だったら、きっと間違わなかったと、そう思わないではいられない」


 カーミラはゆっくりと首を動かして、光の方を向いた。


「……でも先程、あの光を見て思いました。人間が持つ不公平さというのは、きっと繰り返される生の中で是正されていくのだと。私のように不幸だった人間は、次の生で恵まれた立場を得て、レイ様のように幸福だった人間は、次の生でどんぞこの生を味わって……そうやって、全ての不公平は調整されていくのだと……皆平等になるように帳尻合わせされるのだと、そんな気がするのです」


 そう言ってカーミラは私の上からどけて、その場でゆっくりと立ち上がった。


「来世のレイ様はきっと、私以上にもっともっと不幸な目に遭う筈です。そして幸福な私は、きっとそんな貴女を見て、今の貴女のように『お綺麗』な顔で憐れむのでしょう。……だから、もういいです」


 光に照らされて表情が見えないまま、カーミラは私から背を向けた。


「貴女なんて、もう要りません。……私は一人で、行きます」


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