愚かな妬心
……まずい。
まずい、まずい、まずい!!
これ、アルファンス完全に怒っているよ!!
「……ラファ。お前か? お前がレイリアに近づいたのか? 俺との間を取り持って貰う為に」
そう言ってアルファンスは、ラファのもとに静かに近づいて行った。
【……ア、アルファンス……わらわは】
「レイリアを、落とすのは簡単だったろう? こいつは、馬鹿なお人よしだからな。お前がその姿で、少し泣いて見せたら、すぐに協力を了承した筈だ。なぁ?」
【――違う!! レイリアは……レイリアは】
「甲高い声できゃんきゃん喚くな。耳障りだ」
アルファンスはけして怒鳴り声をあげることはなく、ただ淡々と言葉を紡いだ。
だけど逆にそれが、氷のように冷たいその瞳が、何よりもアルファンスの内に宿した怒りを如実に表していた。
「だけどラファ、残念だったな。俺は例えレイリアになんて言われようと、お前を許すことはないぞ。……既にイカれた水精霊の時に、駄々をこねる子どものようだと諭されてなお、俺の気持ちは変わらないからな。……ああ。もしかして、それも見ていたから知っているか。ストーカーのように姿を消して、俺の周りを勝手について来ていたのだものな。……胸糞が悪い。見ていたと言うならいい加減察しろよ」
【アルファ……】
アルファンスはそっと、屈みこむとラファの耳元に口を寄せた。
「――大嫌いだよ、お前なんか。昔も今も、ずっとな」
睦言を紡ぐ距離で告げられた拒絶の言葉に、ずるりとラファの体が崩れ落ちた。
「ラファ!!」
「……言いたいことはそれだけだ。これに懲りたら、もう二度と俺に近づくなよ」
そのまま背を向けてその場を去ろうとしたアルファンスの肩を、慌てて掴む。
……やっぱり、このままじゃ、駄目だ。
ラファの為にも、……そして、アルファンスの為にも。
「待ってくれよ、アルファンス……!! 話を聞い……」
「――俺に、触るな」
ぱしりと音を立てて、手を振り払われた。
唖然と自分の手を眺める私に、アルファンスはほんの少しだけ唇を噛んで眉を寄せてから、ラファに向けたのと同じ冷たい瞳を向けた。
「……俺は言ったよな。碌なことにはならないから、高位の精霊には近づくなと」
「言われた、けれどっ」
「……お前は本当に、俺の話なんてちっとも聞かないんだな。そんなにどうでもいいのか、俺に言われた言葉なんて」
「っそんなことないよ! ただ、今回は、私なりに考えた結果で……」
「どうでもいいんだよっ!! お前は俺のことなんて、本当はっ!!」
初めて声を荒げたアルファンスの顔は、今にも泣きださんばかりに歪んでいた。
「だからお前は、俺の気持ちなんて考えずに、簡単にラファに近づけるんだろっ!! ラファを許せだなんて言えるんだろっ!! 許せない俺こそが、悪いとっ!! 俺が受けた十年も前の心の傷なんて、引きずる方がおかしいと、そう思えるんだろっ!!」
「ちが……」
「――カーミラ・イーリスのことは、許せない癖に……っ!! 赤毛の女を傷つけた相手は許せないくせにっ!!……どうして、俺のことは……」
……アル、ファンス?
感情のままに叫んでから、アルファンスはハッとしたように口元を抑えた。
そして感情を飲み込むようにぎゅっと目をつぶると、そのまま私から背を向けた。
「――-失言だ。忘れろ」
「……アル、ファンス……」
「レイリア……暫く俺に、近づくな。今の状態の俺は、お前の顔を見ただけで怒鳴りつけてしまいそうだ」
そのまま足早にその場を去って行くアルファンスの背中を、声を掛けることも出来ず、ただ呆然と見守ることしか出来なかった。
何と言えばいいと言うのだ。確かに今、アルファンスを傷つけたというのに。
【レイリア!! わらわのことはいいから、アルファンスを追ってくれ!! 今のアルファンスを一人にしてはいけない気がするのじゃ!!】
隣でラファが叫んだ言葉は、あまりに的外れな言葉だった。
今の私は、アルファンスに傷つけられたラファが心配で、ここに残っているわけではない。
……正直に言えば、自分でも酷いとは思うが、ラファのことはすっかり頭から抜けていたくらいだ。
私はアルファンスのことしか、考えていなかった。そのうえで、アルファンスに掛けるべき言葉が思いつかないで、一人立ちすくんでいただけだというのに。
「……あ……そうか……そういうことだったのか……」
――今、やっと、分かった。
私がなぜ、カーミラを許せず、ラファを許すべきだと思ったのか。
認めたくない、身勝手な自分自身の姿が、答えを教えてくれた。
私はラファの方に視線をやることもしないまま、ただアルファンスの背中だけを追って駆けだした。
「待ってよ!! アルファンス!! 君にどうしても話したいことがあるんだ!!」
「来るなっ!! レイリア!! ……今は一人にさせてくれ」
アルファンスの足は速い。……だけど単純な足の速さだけなら、私の方がもっと速い。
私は相当息を切らせながらも、何とかアルファンスの手を掴むことに成功した。
「はは……捕まえ、た」
捕まえた腕を引き寄せて、にっと笑みを浮かべると、アルファンスはようやく足を止めてくれた。そのまま荒れた息を整えていると、アルファンスは再び泣きだしそうな表情を浮かべてから、空いている手で自身の顔を覆った。
「……頼むから、今の俺の顔を見るな。相当みっともない顔をしている」
「……いやだ」
「レイリア!!」
アルファンスの言葉を無視して、無理矢理顔を覗きこむと、アルファンスは唇を噛んで視線を逸らした。
「……みっともないだろう。情けないだろう。笑ってくれて構わない。自分でも愚かだと思うのだから。――この状況で、あれほど悲惨な目に遭った赤毛の女を、羨むだなんて」