隠していること
自分がどれほど愛されているか知ったマーリーンなら、もう大丈夫だ。もうマーリーンは絶対に私との約束を違えることはないだろう。……きっと、これからは自分をもっと大切にしてくれる。
あまりに理不尽で、不条理な体験は、それでもマーリーンに新しい道を示した。自分を卑下していたマーリーンが、自分の価値を再認識するきっかけになった。……そのことが、マーリーンを間接的に巻き込んで閉まってるから私には、救いと言えば救いだった。
ーーそれでもなお、終わりよければ全てよしなんて、思えはしないのだけど。
「………まあ、今はそれで納得してやるか」
アルファンスは言葉とは裏腹に、全く納得が言ってない表情で舌打ちをした。
………だから、柄悪いよ! アルファンス! もっと王子様らしく……は、今更だけどさ!!
「ーー言っておくが、レイリア。本物の悪魔の力は、先日のカーミラ・イーリスの比じゃないからな。くれぐれも自分一人で勝てるだなんて勘違いするなよ」
「……へ……悪魔?」
精霊じゃなく、悪魔?
何でここで急に悪魔の話題が出るんだ?
アルファンスは私とラファの接触を勘ぐっているわけじゃないのか?
「……俺の考え過ぎなら、別に良いんだ。お前のことだから、カーミラ・イーリスの契約が簡単に解けたことで、自分の力を過信してるのじゃないかと思ってな。カーミラ・イーリスだって、火の大精霊の気まぐれがなければ危なかったことを肝に銘じておけよ。お前は自分が思っている以上に無力なのだから」
続けられたアルファンスの言葉は、不自然と言うほどではないものの、どこか違和感があった。
まるで失言か何かを誤魔化しているような感じがする。
ーーやっぱりアルファンスは何か隠している?
「……アルファンス。君、もしかして」
「ーーしまった。今日は、俺は学園長から呼び出されていたんだ」
追及しようと伝えかけた言葉は、アルファンスによって遮られた。
「とりあえず。お前は何か少しでも気になることがあったら、すぐに俺に報告しろよ? 絶対に、一人で勝手に動くなよ? 分かったな!!」
アルファンスはそう言い捨てると、さっさと私から背を向けて行ってしまった。
「………絶対に今、何かを誤魔化したよな」
私は遠ざかっていく、その存外広い背中を暫く睨み付けた。
……私だって、ラファとのことをアルファンスに言えないのだから、アルファンスが私に何か隠していても、お互い様と言えばお互い様かもしれない。
それでも、勝手だとは分かっていても、どうしようもなく胸の奥がもやもやする。
「悪魔、か……何か悪魔が関係する事件が、カーミラの件以外にも起こっているのか?」
だとしたら、それは大変なことだ。……私が首を突っ込まないよう、秘密裏に動きたいのも分かる。
分かる、けれど。
「……人に頼れと言うなら、アルファンスだって、もう少し私を頼ってくれても良いじゃないか」
懸念事があるなら、一人で抱えこまないで欲しいと思うのだ。
……私じゃ、役に立てないかもしれないことは分かっていても。
「ねぇ、ラファ……君は悪魔と言う種族を、どう思ってる?」
昼間のアルファンスとの件が引っかかって、ふとラファにそんなことを尋ねてみた。
【なんじゃ、いきなり? それも、わらわに主の価値観を教える為の、質問の一種か?】
「いや……単純に、私の興味、かな? 精霊と悪魔の関係を、私は知らないから」
どうやら思いがけなかったらしい私の問いかけに、ラファは眉をしかめて唸った。
【どう思うと言われても……どうも思ったことがないとしか言いようがないな。悪魔は基本的に精霊とは関わらぬからな】
「……そういうものなのかい?」
【悪魔が興味を抱いて積極的に関わろうとする種族は、この世で唯一人間だけじゃ。良くも悪くも、悪魔は人間以外に関心がない故、精霊にとっては自らが愛した人間が害されぬ限り、放置しても問題ない、どうでも良い存在なのじゃ】
そう考えると、人間と言う生き物は奇妙よのう。そう言ってラファは腕を組んだ。
【わらわ達精霊よりも、悪魔よりも、ずっと脆弱で寿命も短いのに、不思議とわらわ達を惹きつける……感情の種類こそ違っても、これほどわらわ達の心を揺らすのは、人間だけじゃ。悪魔が干渉したいと思うのも。……まあ、わらわの場合は、人間と言う種族は関係なく、アルファンスだからこそ、じゃがな!! 人間と言うだけで、火属性0の主になぞ感情を揺さぶられなぞいないからな!! くれぐれも自分が特別だなぞ勘違いするでないぞ!!】
………あ、うん。
そんなに顔を真っ赤にして否定しなくても、分かっているけど。
「……そうか。精霊と悪魔は関わりがないのか」
【もちろん、悪魔がわらわのアルファンスに害を成すようなら、わらわは全力で悪魔を排除するがな! 偉大なる火属性の大精霊であるわらわにかかれば悪魔なんぞ、どれほど高位であっても、ちょちょいのちょいじゃ!!】
「ははっ、ラファは頼もしいな」
【……信じておらんな。……このうつけ者めが】