狭い世界で泣く子ども
ラファは私の言葉に、戸惑いを露わに、首を傾げた。
【何もって……何を、思うことがあるんじゃ? 脆弱な人間が、火の眷属に迎い入れられること自体は、僥倖以外のなにものでもなかろう。主がいなければ、アルファンスとて喜んで応じた筈じゃ】
それが正しいと信じて疑わないラファに、溜息が漏れた。
「ラファ……私の件がなかったとしても、アルファンスはけして君の眷属になることに対して、首を縦には振らなかったと思うよ」
【……っな、何故じゃ!!】
「アルファンスはこの国の王子で……近い将来王になることが、定められているから。そして、王になることを幼い頃から自分の責任として受け入れているから。だからこそ、アルファンスは王としての職務を果たすまで、けして人間をやめることを選ばない筈だ」
出会った時から、アルファンスは自らの将来を決めていた。
いつか王になることを受け入れて、それに相応の努力をしていた。彼の日々の努力はけして、私への対抗心からだけではけしてないのだ。
この国が人間の国である以上、当然ながら王もまた、人間以外のものがなることは許されない。人外の王を許すことは、今までこの国が培ってきた体系を、歴史を壊し、「精霊」という多種族に、国の運営の介入を許すことになるからだ。
だから例えラファが、周囲の記憶を消去しないまま、アルファンスが眷属になることを許したとしても、きっとアルファンスはそれを受け入れなかっただろう。まして、全てを捨ててラファとただ二人で生きる道を選ぶ筈がない。
「……いや。もしそんな立場がなかったとしても、アルファンスは眷属にはならなかったかもしれないな」
どれだけ儚く、脆弱な存在だったとしても、アルファンスはきっと人間のままでいようとする。人間のまま自らの生を全うしたがるのではないかと、そんな風に私は思うのだ。……根拠という根拠はないのだけれど。
【――そんなこと、言って見ぬと分からぬだろう!! ……主はそんな風にアルファンスのことをすっかり理解しているように言うがなっ!! 言っておくが、傍でアルファンスを見ていた時間は、わらわの方がずっとずっと長いのじゃぞ!! わらわの方が主なんかよりずっと、アルファンスのことを理解している筈じゃ!!】
「うん。そうかもしれないね……それで、君は実際アルファンスに言ったのかい?」
【……っ】
「君は10年近くずっとアルファンスを見ていたかもしれないけど、たまに会う私よりも、ずっとずっとアルファンスと言葉を交わした回数は少ないよね? そもそもアルファンスに傍にいることすら、気付かれていなかったよね? そんな状態で、本当にアルファンスを理解していると言えるのかい?」
オブラードに包まずに告げたきつい私の言葉に、意気消沈して項垂れて泣きそうな顔になるラファに、ちくりと胸が痛む。……まるで小さな女の子を虐めているような気分だ。……いや、精霊基準ではあながち間違いでもないのか。きついな……。
だけどきっと、ラファにはきついくらいじゃないと伝わらない。……こんな風に彼女に苦言を呈す相手も、今までいなかっただろうし。
「……ねえ。ラファ。相手の言葉を聞かないで、勝手に深めた理解なんて意味がないよ。人はいくらでも表面上は取り繕うことが出来るからね。君のそれは、勝手で一人よがりな見解だ。言葉を交わして相手と向き合うことをしないで、本当に相手の気持ちを理解したなんて言えないんだよ」
私の言葉に、ラファはくしゃりと顔を歪めた。
……あ、まずい。これは……。
【――それじゃあ、どうすればいいんじゃ……!! わらわがいくら話すことを望んでも、アルファンスがけして応じぬのじゃ!! そんなわらわが、これ以上どうやってアルファンスを理解しろというんじゃあぁぁっ!!!!】
……ああ。やっぱり、また泣かせてしまった。
本当いじめっ子の気分だ。
胸が痛いを通り越して、心臓の辺りがきりきり締め付けられる。
……それなのに、これからもっとラファにとって、きつい言葉を言わないといけないなんて。
私は大きく息を吐いてから、その場で地団太を踏むラファを見下ろした。
「……ともかく。私はそんな君をアルファンスに近づけさせる協力はしないよ。だって、もしアルファンスが折れて、いったん君を許したとしても、君がこのまま変わらない以上、同じことの繰り返しになるからね」
そう。今のままじゃ、駄目なんだ。
アルファンスにとっても、ラファにとっても。
「ねえ、ラファ。……さっき君は、私がアルファンス以外の人間を大事にしていることを責めたけど、それはそんなに悪いことなのかい?」
【……っ当たり前じゃろ!! 大切な相手というのは、一人であるべきじゃ!! 複数の人間に心を注ぐなんていうのは、不誠実な尻軽がすることじゃ!!】
「……そんな風に思うからこそ、君の世界は狭いんだよ」
これはラファだけじゃなく、高位精霊全般に言えることかもしれない。
精霊の愛は、人間のそれより良く言えば一途で、悪く言えば視野が狭い。
心に決めた相手だけを見つめ、全身全霊で愛し抜く精霊の姿は、幼い少女が焦がれる恋物語のように、美しくて理想的に映る。……愛を向けられた相手が、同じ価値観を持って受け止めてくれる場合に限っては。