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さよなら。愛しい子

 まっさらな綺麗なものが好きだ。

 綺麗なものが、汚く染まりつつある状態も好きだ。

 汚く染まったものが、一層黒く染まっていくのを見るのが好きだ。


 まっさらな綺麗なものを、綺麗なままで破壊すれば、それを愛した人間達の嘆きがより大きくなるから。

 綺麗なものが堕ちて行く様子を見るのは、胸がわくわくするくらい、とてもとても楽しいことだから。

 救いようがないまで汚れた存在が、誰にも救われないまま壊れて行く様子は、とても愛らしいから。


 何でもいいんだ。

 人間だったら、何でも。

 だって、僕は人間が大大大好きだから。

 人間ほど、愛おしい存在は他にはいない。


 ――だって、彼らは、他のどの生き物よりも、僕に愉悦を与えてくれる。


 その、醜くも美しい、一生をかけて。


「どうして……どうしてなの……救ってくれるんじゃなかったの……レイ様……レイ様……レイ様……」


 ああ。可哀想で、可愛い、僕のカーミラ。

 誰も君を救いあげてはくれなかったね。

 生まれた時から不幸の中にいた君は、最後の最後まで不幸で可哀想なままだったね。

 可哀想。

 可哀想に。

 王子様を夢見て、裏切られた、独りよがりな悲しい女の子。

 僕は、そんな可哀想な君が愛おしくて、仕方ないよ。


「……許さない……許さない許さない許さない許さない許さない裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者……殺して、やる……私を救わないレイ様なんて、殺してやる……っ!!」


 暗い牢獄の中、一人狂気を孕んだ目で殺意を口にするカーミラの前に立って、そっと微笑みかける。

 残念ながら、カーミラは僕の声は聴けるけれど姿までは見えないから、目の前にいる僕の存在に気が付いていない。

 見せようと思えば、見せられるんだけど……まあ、いいや。

 どこまでも不幸なカーミラを、ここで怖がらせてしまっては、本当に可哀想だし。


 感覚が伝わらないのは分かっていたけど、それでも僕はその小さな体を静かに抱きしめた。

 僕の、愛し子。

 僕が、その体に闇を注ぎ、十年以上もの間慈しんで来た、可愛い子。

 君と、過ごした日々は本当に掛け替えのない、愉しいものだったよ。

 理不尽な不幸と自己憐憫に満ちた君の生は、本当に僕を悦ばせてくれた。


 だから、契約は果たされなかったけど、僕は君の願いを叶えてあげよう。


【――その、魂と引き換えにね】


 耳元でそっと囁くと、僕は実体化させた腕をカーミラの胸に突き刺した。

 何が起こったのか分かっていないのだろう。カーミラは驚いたように目を見開いたまま、鮮血を胸元から溢れさせて、その小さな体を痙攣させた。

 ……ああ、ごめんよ。カーミラ。痛かったね。すぐに楽にさせてあげるから。

 僕はその心臓を握りしめて、一息で破壊すると、動かなくなったカーミラの体内をまさぐって、その魂を取り出した。

 僕が年月をかけて真っ黒に染めたカーミラの魂は、見惚れる程美しかった。

 本当は、そのまま瓶に入れて保管でもしておきたい所だけど、決まりだから仕方ない。


【カーミラ……不幸だった君の来世が、幸福に満ちたものであることを祈るよ】


 ……最も、君が来世を迎えられる日は、僕が滅びる日まで有りえないのだけど。

 終わりが定められてない僕の生の終焉まで、君の魂が欠片でも残っているといいね。

 僕は、暴れるカーミラの魂に優しく口づけると、そのまま一口で飲み込んだ。


【さて……完璧な契約ではないから、やれることは制限されるけど、これであの子を壊すことは出来るな】


 全く、悪魔というのは難儀な生き物だ。

 決められた規則に沿わなければ、人一人の命を奪うことも出来ないだなんて。

 いくら莫大な力を持っていても、これなら、いつでも好きな時に何人でも殺せる人間の方がよほど脅威じゃないかい?


 ……まあ、愚痴を言っても仕方ない。ちっぽけな世界の歯車に過ぎない僕は、大いなるものが決めた規則のもと、精一杯僕の生を愉しむだけさ。


【さあ、レイリア・フェルド。――君はどんな愉悦を僕にくれる? どんな命の終わりを、僕に見せてくれるのかな】


 カーミラの傍で垣間見た、子どものようにまっさらな魂の持ち主を脳裏に描いて、にんまりと笑った。


 ねえ、レイリア。……カーミラのように不幸なばかりの、愛がない生を送る子がいるのに、君みたいに幸福なばかりな、愛された生を送る子もいるなんて、不公平だと思わないかい?

 だったらさ、不公平な分、最後くらいは不幸な子の願いを叶えて、不幸に死んでくれてもいいんじゃないかい?

「優しい」君なら、きっと納得してくれるよね。


 僕の可愛いカーミラの為に、お願いだから、死んであげて?


【――っあはははははははははは】


 ああ、愉しい。愉しい。愉しい。

 どうやって、彼女の生を終わらせるか、考えるだけで、笑いが止まらない。


 これだから、悪魔はやめられないんだ。




 マーリーンの体も完全に回復し、完全にいつもの日常が戻って来た。

 王城に連行されて以来、その後の詳細は知らないカーミラに対する罪悪感は、薄まることがなく私の胸の中にあったが、それでも段々心の折り合いはつけられるようになっていった。

 繰り返される、いつもと同じような毎日。

 カーミラの事件が起こる前と、何も変わってはいない。


【うう……アルファンス……どうしてじゃ……】


 ――ただ一つ、その日常の間で頻繁に、泣いている炎の大精霊を見掛けるようになったことを除けば。


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