32.〈次元断〉
迫り来る魔物の集団を見て、フェリシテが叫んだ。
「リザードマン! しかも狩りの途中か、厄介な!」
トカゲの頭部に人型の胴体を持つ魔物だ。手には剣や銛を持ち、革の鎧を身につけ武装している。弓を持っている奴までいるようだ。〈エンサイクロペディア〉を開いた。
『名称:リザードマン
分類:魔族 強さ:Rank D-
川辺に住む二足歩行するトカゲの魔物。全身は鱗で覆われているため頑丈。身体能力に優れ多くは戦士となるが、稀に魔法を使う個体もある。知能は人間と同程度だが、固有の言語を持ち人類共通語を介さない。
熱に弱いため冶金や鍛冶はしないが、手先は器用で狩猟で得た革を加工するくらいの技術は持つ。また石を削って刃物なども作れるが、大抵は人間から奪った金属製の武器を使っている。
大抵は集団で行動しているため、強さはRank Dだと心得ねばならない。』
……もろに集団、つまり大熊と互角の相手か!
集団行動が多いということは、連携が得意な種族なのかもしれない。そう考えて見ると、確かに近づいてくるリザードマンたちは秩序だった様子で距離を詰めてきていた。まるで統率のとれた軍隊のような雰囲気だ。
「白亜、奴らは熱に弱いらしい! 射程に入ったら炎で攻めるぞ!」
「そっか、変温動物だね!」
僕とフェリシテは白亜の言葉に首を傾げるが、そういえば爬虫類は変温動物か。そんなのを理科で習ったような気がするぞ。もしかしたら氷にも弱いのかもしれないな。
白亜とともに前に出て、剣を構える。フェリシテがすぐ後ろで弓に矢をつがえたのが気配で分かった。
「カケル、数を減らす方向でいくぞ!」
「分かった。強敵だ、距離を取って弓で戦えよ?」
「フェリシテちゃん、前衛は私たちに任せてね!」
フェリシテが「ああ!」と威勢よく応えた。同時に「……というかハクアたちなら余裕だと思うぞ」という呟きが聞こえるが無視する。リザードマンたちが弓を構えたのだ。こちらの魔法の射程からはやや遠いが、まったく届かないわけではない。
「――〈死点撃ち〉」
先頭のリザードマンの肩に、バアン、と白い光が弾け矢が舞った。フェリシテが射る方が早かったのだ。
革の鎧で覆われているにも関わらず盛大なダメージエフェクトを見せた矢は、弓術〈死点撃ち〉の効果である。〈死点撃ち〉は前提が〈弓術〉と〈生物解体〉だけあって、その効果は狙った相手の弱点を突くというものだ。ただ単に弱点を突くのではなく、狙った相手のどこに当たっても脆い部分に命中させるのと同様にHPを減少させるのだ。
攻撃が鎧や分厚いか皮革などに当たった場合、HPはほとんど減少することはない。だが〈死点撃ち〉はそのような装甲がなかったかのようにHPを削る。ただしあくまでHPを大きく削るだけであって、HPが尽きた相手に〈死点撃ち〉を使っても硬い部位を貫通して怪我を負わせるようなことはない。
「――、――!!」
先に射掛けられたリザードマンたちは、しかし慌てず矢を放ってきた。だが戦端が開かれて攻撃を始めたのは、何もフェリシテとリザードマンだけではない。僕と白亜も、また魔法を唱えていた。
「「〈フレイム・ランス〉!!」」
声を重ねて同時に撃ったのは、何も合わせたことではない。たまたまだ。しかしここぞというタイミングで一致した魔法の唱和が、僕と白亜の相性の良さを表しているに違いない。愛だよ、愛。
まるで馬で走る騎士が構えているかのように、炎の突撃槍が、ゴウ、と音を立てて飛ぶ。その槍が二本。リザードマンの戦士たちに突き込まれた。
ドオン、と炎が爆ぜる。
同時。リザードマンたちの放った矢もまた空気を裂いて、僕らに降り注いだ。
どうやら向こうは強い弓ではないらしく、威力を稼ぐために頭上に向けて放ったようだ。だが空から落ちる矢の元に、フェリシテはもちろん僕も白亜も既にいない。フェリシテは一矢を放った後に見を低くして草むらに向けて走っていたし、僕と白亜は魔法を放つと同時に前に向けて走りだしていた。リザードマンの矢が真っ直ぐこちらに向けられれば〈フレイム・ランス〉が薙ぎ払うし、頭上に向けた曲射ならば移動することで回避できる。
熱気が頬を焼く。息苦しくなるほどの炎の残滓に、思わず顔をしかめた。隣を走る白亜は、僕より平気そうで羨ましい。〈温度操作〉という新しいスキルのおかげだろう。彼女の回りは常にエアコンが効いているかのように、快適な温度を保っているのだ。
リザードマンの一体が黒焦げになって四肢を丸めて死んでいた。更に二体が深手を負っている。半身を焼かれただけで済んだようだが、火傷があるところを見るとHPは削りきったらしい。
他のリザードマンも炎に巻き込まれてHPを減らしたはずだ。陽炎のように揺れる空気が、攻撃魔法の威力を物語る。上位属性は伊達ではない。
その中へ切り込んだ。
僕は気が引けたのだが、白亜が平気で突っ込んでいくものだから、僕も怖気づくわけにはいかなくなったのだ。ここ、まだ熱いっての。
弓を捨てたリザードマンが腰の鉈を抜き、焼けつく空気に負けじと天に向けて吼える。
……なるほど、戦士だな。
息を止め、長剣を一閃した。刀身が大きく弧を描いて鉈を弾き飛ばすと、間髪入れずにその腕に刃を添わせる。
「――――ッ!?」
刃物とは引くことで切断するものだ。押し当てられた鉄剣が摩擦熱により分子結合を解く。
白い光がこぼれ、流れるように剣がリザードマンの腕を切断した。局所を集中的に攻撃することで、HPがゼロになったかのように怪我を負わせられるようになることがある。この現象はHPを大きく減らした状態で起きやすくなるもので、今のリザードマンたちが相手ならばこれを狙って腕や足を切り落とすことができた。高まった〈剣技〉スキルのお陰で、この辺の技巧は頭で考えるまでもなく発揮される。
……数が多いからな。戦力を減らすのが優先だ。
もっともこの戦い方は慎重すぎたようで、すぐ横の白亜が見せた剣術によりそれを気付かされた。
「〈氷纏剣〉――ん!」
白亜がオリジナル剣術〈氷纏剣〉を使っていた。熱された空気で息苦しいだろうに、よく技名を言うことができたな。僕の根性が足りないのか。
白亜の剣が氷をまとい、一瞬にして何倍もの大きさになった。僕の剣などとは比べ物にならない大きさで、それは両手で持つ中でも特に巨大なグレートソードのごとき威容を誇る。白亜の氷属性の剣術は、極端なパワー型なのだ。
それが振るわれた。もはや鈍器で殴りつけるような有り様で、リザードマンたちが構えるチンケな武器ごと叩き潰す。
ゴシャ、と音を立てて何かが砕けた。リザードマンが立てた音なのか、それとも一度振るうごとに壊れる〈氷纏剣〉の刀身が立てた音なのか。それとも両方か。
……もう変温動物だから氷が弱点、とか関係ないよなこれ。
でも便利そうだしカッコイイから、そのうち僕も真似させてもらおうと思っている。
白亜が剣を氷塊から抜き、次のリザードマンに向けて構えた。同時に、まだ立っているリザードマンの足元にフェリシテの〈影縫い〉が刺さる。その好機を逃さず、白亜が動きを止めた一体に斬りかかった。白い光が散り、リザードマンのHPを減らす。
……いかん。ボサッとしてたら全部もってかれる。
腕を切り落とされたリザードマンが、素手で掴みかかってくるのを長剣で迎撃する。残りHPが少なかったのか軽い手ごたえとともに、ガ、と白い光が砕けて、僕の剣先がトカゲの白い喉元に突き刺さった。
念のため剣先をねじ込み、敵の息の根を止める。……止めた。よし次!
白亜が二体のリザードマンを相手に苦戦していた。一体は鉈を振るう普通の戦士だが、もう一体は三叉矛を振るう一回り大きい戦士だった。この群れのリーダー格だろう。差し詰めリザードマン・リーダーってところか。
「お前の相手は僕だ!」
「――? ――ッ!」
リザードマン・リーダーは何事か叫んで三叉矛を大きく振るい、白亜を牽制しながら僕の方へ向き直った。やる気らしい。もしかしたら名乗りを上げたのかもしれない。そういうことなら、
「――松田翔。参る!」
目の前の戦士が、トカゲのくせにニヤリと笑った気がした。
◇
相手の技量は不明。他人のステータスを覗くことのできる〈ディテクト・ステータス〉は〈情報魔術〉レベル5の魔法だし、そもそも魔物にステータスはないはずだ。雰囲気からするとかなりデキる奴っぽいが。
……まあ戦えば分かることか。
「〈ファイア・ボルト〉」
「――――!!」
牽制のために放った火矢の魔法は、敵に当たる前に弾け飛んだ。稲妻のように振るわれた三叉矛によって撃ち落されたのである。
「、〈ファイア・ボルト〉」
「!!」
二連発。だがこの程度で隙を見せる相手ではないらしい。リザードマン・リーダーは難なくこれも迎撃し、身体ごとぶち当てる勢いで槍を突き込んできた。
単純に重量任せの一撃は脅威で、大きく避けるしかなかった。相手の得物が槍であることを考えれば、小さく避けても引く穂先で傷を負うかもしれない。横になぎ払われても厄介だ。距離をとるしかない。
だが敵も心得たもので、距離を詰めて次の突きを放ってくる。当然避けるが、
――このままだと駄目だな。
こちらは大きく避けねばらないのに対して、向こうは小刻みに突くだけでいい。長期戦になればどちらが体力を消耗するかは目に見えている。
一気に間合いをつめて剣で斬るか?
駄目だ。体格で負けている以上、距離を詰めた後に体当たりでもされれば劣勢に陥るのは目に見えている。硬い鱗のある種族のこと、そのくらいはやってくるだろう。
ならばここはやはり、魔法で――
「これは撃ち落せないぞ。〈サンダー・アロー〉」
「――、!?」
放たれた青白い光を放つ細矢は、やはりリザードマン・リーダーの三叉矛により迎撃される。しかし今度のそれは、二度も撃ち落された火矢とはものが違った。
バチリと白い光が散って、敵が苦痛に顔を歪める。見るからに金属製の三叉矛、さぞ電気は流れ易いことだろう。電流は槍の穂先から腕を伝って、胴体から接地した足元へ流れたはずだ。
そして敵は手元を見て驚きに目を見開いていた。恐らく反射的に槍を手放そうとしたにも関わらず逆に手が槍を握りしめたのだろう、リザードマン・リーダーは己の身体が思い通りに動かないという不測の事態に困惑している。
HPは確かに外傷からは身を守ってくれるが、意外と抜け道が多い。受けたダメージを衝撃に変換してしまうこともそうだし、感電もそうだ。感電による肉体の損傷はHPが肩代わりするのだが、電流による筋肉の収縮は防ぐことができない。
ガクガクと小さく震えるリザードマン・リーダーに向けて、飛び込む。致命的な隙を見せた敵に向けて、一撃を見舞った。
「――〈死点突き〉ッ!」
「――――っ」
フェリシテの弓術〈死点撃ち〉を参考にして生み出した剣術、〈死点突き〉だ。〈剣技〉と〈生物解体〉を前提にした剣術で、効果はパクリ元を見ての通り折り紙つきである。
剣先がリザードマン・リーダーの胸元に吸い込まれるように穿たれ、白光が爆発する。
二度目の突きを放とうとして、目の前の敵が麻痺から立ち直っていることに気づいて下がった。手応えからすると、まだまだHPには余裕がありそうだ。タフな相手である。
だが勝負はついたも同然。なぜなら白亜とフェリシテが、残る一体をちょうど倒したのだ。
「――、――!?」
見るからに狼狽しているリザードマン・リーダーを尻目に、僕は止めを刺しに動く。このまま睨みあってると白亜とフェリシテに横槍を入れられそうだからだ。手こずってるなんて思われたくないしな。
剣を下段に構え、手元に神経を集中させる。
「〈次元断〉!!」
がむしゃらに突き出される槍をかいくぐり、胴を薙ぐ。まだまだ残っているだろうHPを無視して、リザードマン・リーダーを両断した。
空中に黒い斬撃の痕跡を残して。