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天賦スキル

「……うるさいわ」

都合6週目のファンファーレが鳴り出したところで、根気よく声を掛けるタイミングを待ってくれていた女も、さすがに苦情を投げつけてきた。


一方俺は、意気揚々と簡易設定のまま放置していたステータス振り分けを始めようとしていたのだが、女の声にその手を止める。


「……これ、止められないの? いい加減、耳障りなのだけれど」

そう言ってじっとりとした視線を向ける彼女のHPバーは、すでに8割方回復している。――ついさっきまで、死にかけていたのにも関わらずだ。

この異常性こそ、俺がこいつを一人目の仲間候補に選んだ理由であり、彼女がもつ天賦スキルの能力なのだ。


そもそもRR世界には、ステータスの振り分けによって覚えられる汎用スキルと、ゲームスタート時に与えられる天賦スキルが存在する。


「錬成確率UP」や「詠唱時間短縮」など分かりやすい名前が付けられた汎用スキルと異なり、わざと抽象的な名前が付けられた天賦スキルは、スキルを持っている本人ですらその効果が分からない。

――プレイヤーが冒険の中で、自身の天賦の才能に気づいていく――

そんなフレイバーを持った天賦スキルは、俺がこの女の回復量をみて効果を推測したように、冒険の中で異変に気づき、スキルの正体を解き明かしていくものなのだ。


……なのだが、何を隠そうこのゲームのスキル管理をしていたのは俺だ。

スキルを作ったわけではないが、エクセルでそれらを一覧管理していたから、汎用スキルならその発動条件から補正パラメータまで詳細に覚えているし、天賦スキルだって、すぐれた効果を持った一部の強スキルはよーく覚えている。

だから、この女の天賦スキル「季怒哀楽」が、プレイヤーの感情によって4種類の効果を発揮する強スキルだということを、俺は知っていたのだ。……体力が自動回復しているということは、彼女の心は今、静かに落ち着いているのだろう。

まだ彼女の太ももには弓矢が突き立ったままで、痛々しくその左足を引きずっているというのに……大した精神力だ。


「どうしたんだ? その足」

「……見てわからない? 罠よ。第六層で突然足場が崩れて、モンスターだらけのこの神殿に放り込まれたと思ったら、その中にまで罠が仕掛けてあるなんて。……このダンジョンは、本当に底意地が悪いわ」


……つまりここは、第五階層のモンスターハウスか。

俺が来た時には敵の数も大分減っていたから気付かなかったが、よくよく見れば部屋の至る所に未回収のドロップアイテムがキラキラと光っている。

本当に一人で片づけたのだとすれば、やはりこの女、相当な実力者だ。そしてそんな女を追いつめるとは……我ながら芸術的な罠配置だ。


「……欲しいならあげるわよ」

と、女は苛立たしげに吐き捨てる。

……どうやら俺が、もの欲しそうにドロップアイテムを見ていたのだと思われたらしい。実際は、どの罠がコイツを仕留めたのか、起動した罠と残りの罠の場所を目で追っていただけなのだが……まぁそう答えるわけにもいかない。


「あぁいや、そんなつもりで見てたんじゃないんだ」

「あら、いらないの。……どうしてかしら? Lv50ダンジョンのドロップアイテムなんて、ビギナーからすれば喉から手が出るほど欲しい物のはずなのに。……それともなにか、そんな物が必要ない理由でもあるのかしら?」

女の問いかけは、あからさまな揺さぶりだ。

俺の天賦スキルを探っているのか、あるいは素性を疑っているのか……どちらにしろ、はぐらかすしかないだろう。正直に事情を話すなんて選択肢は、はなから存在しないのだ。


ログアウト不能になってしまったこのゲームで、最も嫌われている存在は何か……それは間違いなく俺たち“開発者”だろう。

デスゲームと化したこの世界で、現実への不安もゲーム内での不満も、すべての怒りは、こんな事態を引き起こした“開発者おれたち”に向けられる。

だから正体がバレれば一貫の終わり、それならいっそチーターとでも思われていたほうが何百倍もマシ。だから俺は、彼女のゆさぶりには取り合わず、彼女の左足、痛々しく突き立つ弓矢に話題を移した。


「それ、抜いてやろうか?」

「……は?」

「その左足に刺さった弓矢だよ、手荒にやれば傷が広がっちまうし、自分で抜くっていうのも、中々勇気がいるだろ」

「……結構よ。あなたにそんなこと、心配される筋合いはないわ」

「ま、まぁそうなんだけど……」

……実際その罠を仕掛けたのは俺なのだから、負傷の原因は俺にあるわけで……なんて負い目と罪悪感から「矢傷は摘出しないと治りが遅くなるぞ、遠慮しないで見せてみろ」と食い下がった俺の手を、女は冷たく叩き落とした。


「……構わないでと言っているでしょう? それ以上わたしに一歩も近づかないで。……助けてくれたことには感謝しているわ。でも、アナタはどこか普通じゃない、その訳も話せないような相手と慣れ合うつもりなんて、さらさらないの」

そう突き放した彼女の表情には、明らかに強い拒絶の色が見てとれる。

……めんどくせえ。めんどくさい女だが、せっかく見つけた手練れだ、そうやすやすと逃がしたくない。このゲームをクリアするには、強力な仲間が必要なのだから。


「……分かった。ならこうしよう、お前の質問には答える、なんならココから生きて帰る手助けもしてやる。……だから代わりに、お前のその足を治させろ」

俺からの予期せぬ提案に、女は一瞬唖然としたような表情を浮かべる。


「……なんなのその私の足への執着心、脚フェチ……? とんだ変態ね……」

「違えよ! 違うけどもうそれでいいから、さっさと足を見せてみろ!」

……少し逡巡してから、女は呆れたように一歩、二歩と歩み寄ってくる。不愛想なその表情はほんの一瞬、クスりと笑っていたような気がした。

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