DIP≠チートコマンド≠改造コード
「それで、アレはどんなイカサマなの?」
「……待てって、まずはコイツを引き抜く。ちょっと痛むぞ」
【Ranker Ranker】では、プレイヤーもモンスターもすべてに部位ダメージが存在する。
だからこの女の左足のように一定以上のダメージで破壊されてしまった部位は、たとえ回復魔法でHPを全回復しても、一定時間は治らない、骨が折れるようなものだ。
種族やジョブ、ステータスによって治癒時間は変わるのだが、……そう言えば、簡易設定のまま放置されている俺の種族とジョブはどうなっているのか。鏡が無いので分からないが、目の前の女のほんのり桜色じみた白い肌はエルフ系種族独特のもので、引き抜いた瞬間、細身の腿が小さく震えたが、女は悲鳴も上げずに言葉を続ける。
「……そもそもLv1のビギナーがココにいたことだって不自然なのに、あまつさえLv50ダンジョンのボスクラスを倒すなんて、どんなカラクリ? それはわたしにもできるイカサマなの?」
「……イカサマって、あれはそう言う類のもんじゃ」
――言いかけて、円柱の陰に潜む、その気配に気づく。
「だったらなに、チート? 天賦スキルだって言うのなら、その能力を」
「……あぁそうか、迂闊だったな」
「迂闊?」
と、女もそこで背後の気配に気付き、身を翻す。
……そうだった、ここはほぼ無限に敵が湧き続ける“モンスターハウス”。
円柱の陰から現れた3匹の【双頭のケルベロス】は、狼のような低いうなり声を上げ、不気味なほど静かに距離を詰めてくる。
「……まずはここから、場所を移すべきだったな」
「雑魚がわらわら……さっさと終わらせて、話の続きを聞かせてもらうわ」
そう言って身の丈ほどもあるハルバードを杖代わりに、立ち上がった彼女を片手で制する。
「いいから、お前は退がってろ。その足じゃあしばらく戦闘は無理だ」
「……“お前”じゃないわ。私の頭に【獅子乃】って名前が出ているのが見えないの?」
「あ、あぁ悪い。じゃあ獅子乃。その足じゃ無理だ、役に立たない、安全な場所まで退がっててくれ」
俺の言葉に、獅子乃は一瞬睨み付けるような眼光を向けたが、やがて何かを得心したかのようにうなずくと、おとなしく後ろにさがっていく。
「……まぁいいわ、それじゃあお言葉に甘えて。後ろからじっくり見せてもらおうかしらね、あなたのイカサマを」
……なるほど、そういうつもりか。
ただでさえ3vs1で劣勢だというのに、獅子乃の視線にも気を配るとなれば、自体はさらに厳しくなる。
……PL_ATK_100xはマズいか? あまりに不自然な勝ち方をすれば、よけいな疑念を招くことになるだろう。あまりやり過ぎず、それでいてこの状況を切り抜けられるような勝ち方を考えなければ……。
獅子乃が安全圏まで退いたことを確認してから剣を抜くと、正面に居た一匹が、唸りをあげてコチラに飛びかかってくる。
――それを難なくかわして二匹目、三匹目も同時にいなしながら、俺は反撃のそぶりも見せずにケルベロスたちに背を向けると、とある地点目掛けて走り出す。
「獅子乃! やっぱりこれ借りるぞ」
言いながら拾い上げたのは、剣の形に真っ黒い影が掛かったドロップアイテム。
ドロップアイテムは手に取るまでそのシルエットしか分からないが、拾い上げると同時に影が消え、本来の姿が現れる。
――そうして現れたのは大きめの刀身に白を基調にした装飾が施された剣。【断罪の剣】という名の長剣だ。
……これは凄いものを引き当てた。なにが凄いって、高レアリティのくせにこの状況ではまったく役に立たない武器をピンポイントで拾ってしまったのだ。とりあえず装備しては見るが……
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【断罪の剣】
■攻撃力7 → 24
■切れ味2 → 7
■付加スキル
・断罪
・ダメージHP吸収LV4
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おぉ、攻撃力は三倍に上がる。
とは言えミジンコがゾウリムシになった程度で、獅子乃と比べればそもそも0が2つは足りないはず。切れ味とスキルLVは十段階なので悪くないが……モンスター相手では肝心の断罪スキルが発動しないのだから、【断罪の剣】である必要が無い。
もう一つくらい拾ってみようか……いや、いらないと言ってしまった手前、それを後でダシに使われても癪だ。ひとまずコイツでこの場は乗り切ろう。
ならば善は急げとその場でDIP画面を開きかけて、獅子乃の鋭い視線に気づく。
俺の一挙一動をも見逃すまいとする彼女の視線は味方のそれとは思えないほど鋭くて……いやほんと刺さりそうなんだけど……味方だよね?
その眼光から逃れるように円柱の死角に回り込んだところで、俺は再びDIP画面を開いた。
DIP。
DIPスイッチ、DIPフラグ、DIPコマンドなどなど……様々な呼ばれ方をするこの電子フラグは、元々アーケードゲームの筐体や基盤に物理的に付けられていたスイッチがその語源であるらしい。
古株の先輩に聞いた話では、昔はそのディップスイッチをON/OFFすることでゲームの難易度や残機、果てはデバッグモードの起動など色々な設定を変更していたらしいが、その名残が残る俺の命綱、DIPについて平たく言うならば“開発用のチートコマンド”のようなものだ。
例えば何百とあるボス討伐クエストで、ボスを倒したらちゃんとクエストクリアになるかどうかを確かめるのに、一々まじめに戦っていたのでは時間がいくらあっても足りない。
そんな時間の効率化に活躍するのがDIPなのだ。
……ダメージの増幅から各種ポイントのカンスト、情報ログの表示まで、開発中に用意された200を超えるDIPフラグが俺の秘密兵器であり命綱。あとはコレをどう使い分けていくか……
黒バックに白文字の簡素なDIP画面から、すでにONになっていた
・PL_ATK_100x
・PL_NO_DAMAGE
の2つのフラグのうち、あまりに目立つPL_ATK_100xをOFFに。代わりに
・PL_ATTACK_ALL_CRITICAL
をONにする。
――すると、白銀のエフェクトが俺の体を包み込んだ……りはしない。
あくまで開発者用の機能だから、専用エフェクトなんて用意されてない。なんの反応も無いせいで本当に機能しているのか不安になるが……まぁ試してみるしかない。
――死角から飛び出すと同時、飛びかかって来た一匹目に剣を合わせると、ケルベロスの双頭をかすっただけの一撃は――稲妻が走るようなド派手なエフェクトとともに、ぶっ飛んだケルベロスのHPバーが、瞬く間に半分を割り込む。
――返す刀で二匹目、三匹目の頭を剣で払うと、触れた瞬間雷鳴のようなSEが響き、一匹はダウン、もう一匹は円柱に叩きつけられ追加ダメージが入る。
「クリティカル!? それもあの速さで三連続なんて……!」
驚くように声をあげたのは獅子乃だ。
クリティカル。他のゲームではかいしんのいちげきなんて呼ばれたりもするが、RR世界では確率によるランダムではなく、きゅうしょにあたった場合にそれが発生する。
たとえば目玉を剣で貫いたり、心臓をハンマーで叩き潰すような、弱点部位に効果的な攻撃をすることで通常の何倍ものダメージが発生し、ド派手な音とエフェクトが戦闘を盛り上げる。まさに今俺がやったとおりだ。
――ぶっ飛んだ三匹のうち、一番近くにダウンしていたケルベロスに追撃――と同時にまたしてもエフェクトが煌めき、HPバーとケルベロスの残骸が黒い霧となって消し飛ぶ。
残る二匹は、ほぼ同時に飛びかかって来た。
一瞬早く飛び込んできた一匹を空中で貫くと、そのまま絶命したケルベロスは黒い霧へと変わり、その奥から吠えたけるように突撃してきた最後の一匹。僅かにかすったその牙から若干のダメージを受けるが、引き換えに突き立てたクリティカルの一撃。その一撃で、すべてのケルベロスが霧へと変わった。
――そうして再び鳴り始めたLvUPのファンファーレに、俺は一つ息をついて剣を収めた。
「……ありえない」
と獅子乃が呆然としているのは、それだけ信じられないことを俺がやってのけたからだ。
都合、六連続のクリティカル。
本来ならば、一回のクリティカルだって簡単にできるものではない。一流の手練れが得意の武器を使って、それでも稀に起こるかどうかのボーナスシステム。
だから六連続なんて到底人間業ではないのだが……それは決して不可能でもないのだ。
実際俺はこの目で、とあるテストプレイヤーが目にも止まらぬ速さで連続クリティカルを出し続ける場面を目撃したことがある。……あれには開発陣も焦った、そいつに合わせて難度を上げたら、今度は他の誰もがクリティカルを出せなくなって、プレイヤー担当が夜な夜な泣きながら調整していたっけ……とかしみじみしてしまうが、ともかくここで重要なのは、相応の実力があれば連続クリティカルも不可能ではない、ということ。だから俺は、獅子乃にどれだけ追及されようと、しらばっくれることが出来るのだ。
「片付いたな」
再び静けさを取り戻した神殿内で、恐る恐る獅子乃の方を伺うと、ぶつかった視線は、より一層いぶかしげなものになっていた。
「……あなた、本当にビギナーなの?」
これはこれで、チートとは別の疑念を生んでしまったらしい……これ以上監視の目が厳しくならないうちに、やれることはやってしまった方がいいか。
そう思い立ったところで、獅子乃が「いらないなら捨てていく」と言い張るドロップアイテムを一通り回収し、神殿奥の扉からモンスターハウスを抜け、獅子乃に一言断りを入れてから、メニューを開く。
まずはドロップアイテムの確認と、DIPのおかげでやり放題なステ―タス振り分け。問題はどうやって獅子乃に怪しまれずにそれをやり遂げるか……そんなことばかりを考えていたから、俺はまるで気づいていなかったのだ。
――この時すでに、重大な異変が起こっていたこと、そしてそれが俺のプランを大きく狂わせていくことに、俺はまるで気づいていなかった。




