姫と従者
予約の掲載にてご奉仕中~
酒場での三人の再会から一夜明けて。
特に急ぎの用事もなかった神音は、その日から護に依頼された行方不明者の捜索を始めるべく、必要なものを買い揃えるためにカンバルのメインストリートを歩いていた。
話を聞く限りでは戦闘区域の魔物は余裕を持って闘える相手だったが、だからと言って準備を疎かにしていい理由にはならない。常に予想外の事態に対処できるようにしておくことこそが生存の確率を高めることになると、この1年で学んでいた。
「お・・・おい、あれ!」
「うわ、マジか!?」
護から示された場所はカンバルからそう遠いところではない。朝一番に準備を済ませて出立すれば、昼過ぎには到着するであろう距離だ。もちろん徒歩で向かうわけではなく、整備されている街道馬車を使う。
現地に着いたら日が暮れるまでに周囲を軽く探索して、今日は近くの宿場でのんびりするつもりだった。『夜目』のスキルを持つ神音なら一晩中でも続けて動くことは可能だが、生憎とそろそろ『月回り』が危険な領域なのだ。あえて危険を冒す必要性などどこにもない。
月回り、というのは文字通りヴィシャスワーズにある紅、蒼、そして黒の三つの月が順番に巡り巡ることを指す。
その中でも黒の月が空に昇る時には、世界に存在する魔物が数段階強化され、かつ凶暴になってしまうのだ。実際には定期的な周期はないので何とも言い難いが、黒の月だけはある程度の法則性を持って現れる。それが近日中だろうと言われていた。
だが、その最中でも魔物が非戦闘区域に立ち入ることはない。だからこそ、明るいうちに目的地に向かうつもりだったのだ。それなのに。
「もしかして、夢幻泡影の龍宮寺氷那じゃないか!?」
「あの人がそうなんだ~」
「うわ、ミスった・・・カメラ持ってないぞ!」
「綺麗な人ねぇ・・・」
「俺、サイン貰ってこようかな?」
なぜか、神音の少し前を氷那が歩いていた。
確かに昨晩『一緒に行く』と宣言をしていたが、彼女が一緒に行ったのではわざわざ護が神音に依頼をした意味がない。第三者が偶然を装って調査をすることでギルド間の抗争に発展するリスクを少しでも減らそうというのに、GMがいなくてもSGMがその場にいては誤魔化しがきかなくなるというものだ。
ましてやどちらかと言えば直情型の龍宮寺兄妹の、口ではなくて先に手が出る方の氷那。発見されれば即座にその刀で交渉に入ることは目に見えていた。
「神音、薬関係は全部買った?買い漏れとかない?」
氷那が言ったら必ず実行する、困ったレベルの有言実行者であることは分かっていたから、朝早くに出立しようと思っていたのだ。その後追い掛けてくる可能性も考えられなくなかったが、そこは護に期待して苦労させるつもりでいた。
「あのさ、氷那ちゃん?」
「私を『ちゃん』付けで呼ばないで。・・・・・何?」
「何であんな朝っぱらから、宿屋の前にいたわけ?」
二人と居酒屋で別れた後、別棟の宿屋を拠点にしている神音は明日が早いことをゲンに告げて、すぐに眠りについた。
酒が入っていたので起きられるか心配だったが、何とか朝日が昇る頃には目を覚まし、身支度を済ませて外に出たのだが―――――
「ゲンさんにお願いしておいたの。『神音が出掛ける様子を見せたらすぐに連絡をください』って。30分以内には行くから、それまで引きとめておいてって」
「・・・あ、そうだったんだ」
納得すると同時に、深く溜め息をつく神音。どうりで早くに出るから気にしないで寝ていてくれ、というつもりで声を掛けておいたのに、きっちりと起きていてタダで朝食を振る舞ってくれたわけだ、と。
「装備の点検とかは、ちゃんとした?」
「子供とか『初心者』じゃないんだから、大丈夫だって」
あれは大丈夫か、これはどうしたと立て続けに言われていると、昨晩のことをふと思い出す。『一緒に行く』宣言の後に必死になって止める二人を前にして、さも当然のように彼女は言ったものだ。
『―――――だって、心配だもの。神音は強い、って兄さんはよく言うけど、私はそれを実際に見てないし。うちのギルドの頼みごとで死なれでもしたら、寝覚めが悪くなるじゃない?』
これは信用されてない証拠だろうな、とまた一つ溜め息をつく。
氷那の言葉を借りるならば、護とて神音と一緒に闘ったことはないし、見せたこともない。それでも護などは神音が時折見せる武器やら立ち居振る舞い、もたらす情報でその強さを認めて信用してくれているのだが、良い意味で現実主義者、悪い意味で疑り深い氷那は認めてもくれないし、信用もしてくれないというわけだ。
「ってか、隣にいるの誰だよ?」
「見ない顔だな・・・」
「何であんな男と一緒に歩いてるんだ!?」
ついて来られて頭が痛いのもあるが、こうして連れ立って歩くと耳も痛い。
トップギルドのSGMという肩書、そして隠れ親衛隊が結成されるほどの美貌を持つ氷那のことを知らない者は、使徒の中ではモグリと言われるほどだ。道を歩けばこうして方々から視線を投げかけられ、時には声も掛けられる。彼女を口説こうとする者もいる。
好奇の視線を一身に受けてもどこ吹く風だし、挨拶や応援の声にはにこやかに応えるし、歯が浮くようなお世辞は無視するし、強引に腕や肩を掴まれようものなら即座に刀の峰で無礼打ちの刑に処されるのだが。
一方の神音のことは、逆に知っている者の方が少ない。
誰とも行動を共にせず、独りでまだ誰も足を踏み入れないような戦闘区域や迷宮の奥深くまで入り込み、護や氷那やゲンといった特定の人物以外とは会話どころか、ほとんど接触しようともしない。
誰もが知る使徒のアイドル的存在と、誰も知らない無名の男と。一緒に歩いてれば陰口の十や二十はすぐに聞こえてくるし、場合によっては難癖をつけられることだってある。
「ほーら、武器見せてよ。早くっ」
それすらも気にしないのだから、度量が大きいのか、神経が太いのか。もちろん本人に言えば激怒されるのは分かり切っているので、何も言わずに少しだけ苦笑した。
「はいはい・・・っと」
右手を差し出したままの格好で急かしてくる氷那を目の前にして、神音は何もない空間に手を伸ばす。
「―――――『武器召喚』」
呟くと、その手が僅かに発光する。それは一瞬のうちに球状化したかと思えば次の瞬間にはぐにゃりと歪み、細長い棒の形になったところで始まった時と同じように急速に収まった。
後に残ったのは鈍く青い光沢を持つ金属が穂先になっている、一本の槍。ついさっきまで何も持っていなかった神音の手の中には、数秒ほどで彼の獲物が握られていた。
「ふぅん・・・これ、何て武器?」
「『亀甲鮫の槍』だよ。耐久値が高い・・・というか、少しずつだけど自己修復するから重宝してる」
それを驚きもせずに見ている氷那。と言っても、当然知っているからこそ驚かないのだが。
「そうなんだ。でも相変わらず、どマイナーなスキル使うわよね・・・『武器召喚』なんて、隙ができるだけで使いでがないと思うけど」
その言葉に対しても、神音は苦笑するしかない。
ヴィシャスワーズでは武器を扱う際に対応した『武器マスタリー』のスキルを持たなければならず、武器ごとに使用の熟達度が存在している。
使徒が持つことができるスキルの数には制限がなく、本人の力量と知識と創意工夫次第でいろいろなことができるようになる。そのために複数の『武器マスタリー』を持つことは不可能ではないが、武器ごとの熟達度はそれぞれに適応した武器を使ってはじめて上昇するものだ。
つまり、強くなりたいのであれば同じ武器を使い続けた方がよほど効率が良い。使い続けるのであれば常に持ち歩けばいいだけの話だし、『武器召喚』はネタか気まぐれで複数の武器を持つ者が持ち運びの利便性を高めるためだけのスキルだとされている。
「いいんだよ、これはこれでじゅうぶんに役に立つんだから」
「何に役に立つんだか・・・まあいいわ。武器は大丈夫なようだし、もう行きましょ」
自分で話し始めた割にはすぐに興味を失くして歩き出してしまった氷那を、神音は三度苦笑して追いかけるのだった。
既に日本にはいない友畑ですが、全力ご奉仕真っ最中です。
まさに『デート』ではなく、主に付き添うお付きの者か保護者同伴での遠足準備ですね(笑)
氷那は一応ヒロインなんですが・・・二人が良い関係になるのは、もう少し時間がかかりそう。。。




